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相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

大江健三郎の文章は難しい?

 現在2015年1月23日19時02分である。

 入院している間、本当に良いことが一杯あった。その1つに、新聞社の記者の人が入院してきて、貴重な話が聞けたことがあった。
 なんとその人は、小柴さんがノーベル物理学賞をもらったことで有名になった、スーパー・カミオカンデへ向けてニュートリノを発射する、筑波の粒子加速器に取材に行ったことがあったのだ。
 その人は、こんな風に話してくれた。
「その加速器っていうのはですね、中に入る時、全員が1つずつ鍵を渡されるんです。そして、入ってみるとコンクリートのものすごい壁があって、『これが電磁石なんです。』って言われた大きな塊がありましてね。」
 これは、聞いているだけでワクワクする話だった。
 私は、
「その加速器では、陽子とか電子なんかを加速するんです。ニュートリノは中性なので、加速は出来ないんです。私の親友に、昔、『ニュートリノが、光速を超えた。』っていうニュースが流れた時、『どうやって加速するの?』って聞いて教えてもらったんですけど、陽子や電子をぶつけて、その時副産物として飛び出してくる、ニュートリノを利用するらしいんです。その、『光速を超えた。』っていうのは、実験ミスだったんですけどね。」
と、説明した後、
「その誤報が流れたとき、多くの物理学者がそれを信じなかったんです。なぜ、信じなかったか、というのが、小柴さんがカミオカンデで、マゼラン星雲で起こった超新星爆発の時、星が光ったのが見えた後ニュートリノが来たと観測結果を報告してたからなんです。だから、小柴さんってノーベル賞あげておいて良かったんです。」
と、大切なことを話した。
 その記者の人は、さらに、
「その加速器から出るときは、全員鍵を返すんです。もし、1つでも鍵が戻ってないと、内部に人がいるってことになって、装置を動かせないそうなんですね。放射能を浴びるとか・・・。」
と言う。本当に見てきた人にしか話せないことだろう。
 私は、加速器なんて、一度も見たことがなかったが、その話を聞いていて、目に映像が映るような思いだった。こんな貴重な話を聞かせてくれたので、私は当然プレゼントを渡した。
「小柴さんは、あんな立派な業績を挙げたから赦されてますけど、本当は法律違反をしているんですね。後になって弟子が話してましたよ。」
と話した。
「法律違反ですか?」
と聞いてくるので、
「実験で、アルミニウムが大量に必要になったとき、弟子達に1万円札を何枚も渡して、『これを、1円玉に両替してもらってこい。』って言ってるんですね。これって、法律違反なんです。」
「1円玉って、アルミなんですか?」
と知らないので、
「1円玉はアルミニウムで出来ていて、それを作るのにものすごく電気が必要なんです。だから、電気のカンヅメなんて言われている位なんです。それで、アルミニウムを買うより1円玉を溶かす方が安いんです。だから、1円玉を溶かすのは法律で禁止されているんです。小柴さんがノーベル賞取ったから、弟子がもう大丈夫だということで、発表したんですね。」
と、説明した。


 やっぱり、普通の人たちは、科学のこと知らないんだなあ、とつくづく感じたのであった。


 さて、その人は結構小説を読んでいた。それで、私は以前から気になっていたことを聞いてみた。
「あの、私は、子供向けの本しか読んだことがないので分からないのですが、大江健三郎の文章って難しいんですか?」
 これに対しその人は、次のように答えてくれた。
「難しいですね。文章が破壊されてますね。主語と述語の対応なんて考えて書いてないですね。」
 これは、面白いと思った。それで、
「えっじゃあそういうところは、読者に補えって言っているんですか。」
と聞き返した。
「そうですね。私は大江と桑田が日本語を壊したと思ってます。」
と、その人は言った。
 その瞬間、私はなぜ、大江健三郎さんからお返事をもらえなかったかが分かった。
 今から10年以上前、図書館で、大江健三郎の『「新しい人」の方へ』

「新しい人」の方へ (朝日文庫 お 40-4)

「新しい人」の方へ (朝日文庫 お 40-4)

の中の、
賞をもらわない九十九人
を読んで感動し、すぐさまその本を買い、全部精読した後、『「自分の木」の下で』

「自分の木」の下で (朝日文庫)

「自分の木」の下で (朝日文庫)

をただちに買い、2冊とも日本語の見本だと思った。だが、後者の中で一カ所、私は、
「珍しい、大江健三郎が日本語間違えてる。」
と、書き込んだところがあった。
 今、手元には文庫の方しかないので、それで説明すると、
百年の子供
という短編の伊丹でのコンサートの話のところである。私の本では、

 このコンサートの旅から帰ってすぐ、地方の放送局から伊丹万作が-日本で映画が作られはじめてすぐに、それこそすばらしい作品を監督した人です、いまテレヴィでやるヴァラエティー式のものとはもちろん違う、しっかり組み立てた喜劇映画に力をいれました-生まれて百年、という番組のヴィデオを送ってもらいました。

となっている。もう分かったと思うが、ダッシュ“-”で注釈を入れた場合、その部分を省略しても、意味がつながらなければ、日本語としておかしい。ところが、
伊丹万作が生まれて百年、という番組のヴィデオを送ってもらいました。」
では、話が違うではないか。もちろん、このカギカッコの中だけの日本語は、間違った日本語ではない。だが、文脈の中で判断すると、生まれて百年を監督したのが、伊丹万作なのだ。そして、送ってもらったのは、大江健三郎達のはずなのだ。だから、私は大江健三郎さんに手紙を書き、
「×伊丹万作が、○伊丹万作の」
とすべきではないでしょうか。と書き、
「私は、ものすごく丁寧に読んだので、他に日本語として通じないところはなかったと思います。日本語の見本のような、素晴らしい本をありがとうございました。もしかしたら、大江さんは、わざと一カ所だけ間違いを作り、それを指摘してくる子供を待っているのかも知れないな、と感じました。」
というものを送ったのだった。
 私は、大江健三郎さんは、どういうつもりだったのだろう、と思っていた。


 この疑問が、その記者の人の言葉で、やっと氷解したのだった。大江健三郎は、日本語の文法に重きを置いていなかったのだ。意味が伝わるのなら、誤植があってもかまわなかったのだ。
 私はその記者の人に、
「なーんだ。大江健三郎は、主語と述語がメチャクチャでもいい人だったんですか。そういえば、今、思い出しましたけど、ノーベル文学賞取ったばかりの頃に、1つだけ、『僕が本当に若かった頃』という短編を読んだことがありました。出だしのところが日本語が複雑に入り組んでいて、修飾する先がややこしいな、と思ったの覚えてます。そこ過ぎたら、スラスラ読めて、なんだ、出だしだけ難しかったな、みんな、最初だけで難しいって言ってるんじゃないかなって思いましたね。」
と本音を話した。図書館で借りたのは単行本だったが、安い文庫を紹介しておく。

 私が、ノーベル物理学賞か、アーベル賞でも取って、大江健三郎さんに直接確かめる機会が訪れたら良いのだが、なかなか難しいね。誰か、目の見えない人に土星を見せたり、耳の聞こえない人に、ドヴォルザークの新世界交響曲のケルテス/ウィーン・フィルの演奏を聴かせてあげられないかな。そうすれば、私が、量子力学を医学に応用した人間の一人として、ノーベル物理学賞をもらえるんだけどもなあ。

 私には、自分のことも大切だけど、これからの未来の子供達のために、戦争と人種差別と宗教対立とテロのない世界にするために、皇太子様を口説き落として、雅子様を外務省に借りてくると同時に、私自身は理論物理学者として、平和になった世の中でも残る、障害者の問題と痴呆症の問題の解決のために、世界中の科学者の統制のとれた行動を指揮したいと思う。
 化学者にも、生物学者にもできない、物理学と数学の恵まれた才能を持った人間として、私には使命があると思う。これは、統合失調症の妄想ではないと思う。初めはキチガイだと思っていただろうが、横浜市立みなと赤十字病院の看護婦や看護士の人も、私が、信じられない集中力で、ぶっ通しで8日間取り組み、11重ナンプレを解いてしまったのを見て、ただのキチガイではない、ということに気付いただろう。
 あと、私が必要としてるのは、私を受け入れられるポストである。普通の肩書きではダメだ。お金より、人とのパイプラインが欲しい。テロが起こるたびに、人を救わなければならない。そんな時、お金は無力だ。相手のボスに、私とは戦わない方が良いと思わせられるだけの人脈を作っておくこと。
 こういう時、いつも私は、ミハイル・セルゲーヴィッチ・ゴルバチョフを思い出す。彼のどこがすごかったか。それは、暗殺されなかったことだ。誰もが皆、
「アイツだけは、殺せない。」
と思えてしまう人間になること。それが、私の理想である。
 これ以上書くと書きすぎになるので、ここまで。

 現在2015年1月23日21時35分である。おしまい。