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相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

この世界の本当の姿は?3

 現在2015年3月4日18時32分である。

 私は、この題名で、すでに2回投稿したことがある。


この世界の本当の姿は?

この世界の本当の姿は?2


 だが、それらは、このブログを閉鎖したときに、失われてしまって、紙に印刷した形でしか、残っていない。それにもかかわらず、この2つを、いずれ復活させるといって、宣言しているのは、それら自体が立派な投稿だからではなく、それに対してつけられた、コメントが素晴らしいので、絶対残しておきたいと、思っているからなのである。

 それらを復活させるのは、いずれ時間の出来たときにするとして、この世界の本当の姿がどうなっているのか、ということについて、現在の私がどう思っているかを、改めて、書いておこう。


 今回入院していたとき、私が博識ぶりを発揮していたので、患者の一人の男の人から、

「雑学君」

と、呼ばれるようになった。
 私は、

「雑学がある、なんて言われても、私は、全然嬉しくないよ。」

と、いつも応えていた。
 私には、世の中に、
『図解雑学』
などということを謳って、多くの本が売られているのが、いつも許せないことに、思えていたからだ。
 なぜ、許せないかというと、例えば次の本を、私は全部読んだ。

『図解雑学「相対性理論」』

 なぜ、読んだかというと、正しいことが書かれているかどうか、ちゃんと世間の人に相対性理論を理解させられるものかどうか、を確かめるためだった。

 だが、読んで、呆れてものが言えないほどだった。
 それを、読んで以来、私が、自分の知らない分野のことを、知りたくても、絶対、『雑学』として書いてある本では、勉強するまい、と思った。
 どんなに大変でも、専門書を読まなければならないのだ、と痛感したのである。


 さて、私は、博識ぶりを発揮すると共に、どんなことにも、前向きに取り組む姿勢を貫いていた。

 薬を飲むときでも、7錠全部が表なら、喜ぶし、6錠表で1錠裏でも、きっといいことがあるという。

 そして、7錠全部裏でも、

「人生に、悪いことばかり起こったりしない。きっと裏目にはでないよ。」

と言った。
 普通、入院生活というものは、退屈なものなのに、掃除のおばさんにも話しかけて、

「以前、トイレ掃除の仕事を習ったんですけど、その時その先生が、トイレの中の用具を置いておく専用の部屋をSK(えすけー)と言うんですけど、松田さんに突っ込まれないように調べたんですけど、なぜなのか分からなかったんです、と言ってたんですけど、なぜかご存じですか?」

と、質問した。
 そうしたら、そのおばさんは、ものすごいベテランだったので、

「もしかしたら、不清潔のSeiKetsuかも知れないわよ。」

と、答えたのだ。
 これには、私も脱帽だった。そのおばさんとは、退院するときまで、仲良かった。私に、ハグしてくれた女の人、が現れたときも、

「いつも、あなたの部屋の前で待っているんだから、優しくしてあげなさいよ。」

なんて言ってくれた。

 前向きに生きていると、なんでも良い方に動く。


 前向きだったのは、それだけに留まらない。
 私が、テレヴィを見ているとき、誰かが、

「他のチャンネルを見たいのですが。」

と言ったら、どんなに見たいものをやってても、

「もちろん、いいですよ。」

と言ってチャンネルを譲ってあげた。

 また、

「お風呂は、30分以内にして下さい。」

と、言われても、

「お風呂場が2つあるから、人数からいって、一人が1時間入っても、絶対大丈夫です。私は、30分では、ゆっくりお湯につかれません。」

と言って、予約表に名前を書くとき、次の30分があいている欄に名前を書き、次の欄に、『介助』と書いて、60分予約を取り、ゆったりとお風呂を楽しんでいた。

 他の人に、

「よく30分で、お風呂が終わりますね。」

と聞いたら、

「ほとんど、シャワーで済ませてます。」

と応えてきたので、

「たまには、『介助』と書いて、ゆっくり入ったら、いかがですか。」

と勧めた。

 その『介助』の方法は、看護婦さんから教わった方法だったのだ。


 あるいは、誰かが、

「向こうの本棚には、何か面白い本がありますかねえ。」

と聞いてくれば、

「例えば、渡辺和子(わたなべ かずこ)という人の、『置かれた場所で咲きなさい』っていう本はいいですよ。なぜ、その本がいいかっていうと、この人のことは、私、前から、尊敬しているからなんです。なぜ、尊敬しているかというと、私は高校2年の時、『ひとを殺すのはいけないことだ。』って証明したくて、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んで、原稿用紙10枚使って、必死に説明して、『ひとを殺すのはいけないことじゃないけど、殺すべきではない。』って書いたんです。ところが、大学にいたとき、テレヴィを見ていたら、この渡辺和子っていう人が、『なぜひとを殺してはいけないのでしょう。』ってインタヴューされていたんです。それに対して、『それは、ひとを殺しても、人間は幸せにはなれないからです。』って応えたんです。私はそれを聞いて、『私は、原稿用紙10枚で、それを言いたかったんだ。この人は、一言で、それを言ってしまった。』って衝撃を受けて、尊敬するようになったんです。その人なんですけどね、当時読んだその人の本には、『私にも、すがりついていきたい背中があります。』って書いてあったんです。ところが、この病院に入院してきて、その人の新しいその本を開けたら、一番最初に、『修道者であっても、キレそうになる日もあれば、眠れない夜もあります。』って書いてあったんです。それを読んで、『あの人進歩したな。』って改めて、尊敬したんです。だから、あの本は、お勧めです。」

と言って、理由付きで、本を紹介した。

 その本は、次の本である。
渡辺和子著『置かれた場所で咲きなさい。』

置かれた場所で咲きなさい

置かれた場所で咲きなさい


 余りにも、私が、博識ぶりをひけらかすので、最初の人は、

「雑学王君と呼ぶことにするよ。1面クリアだ。」

と言った。

 そして、ある時、

「なぜ、そんなにプラス思考になれるの?」

と、聞いてきた。

 私は、

「それは、私が、ものすっごく幸せな家庭に育ったからだよ。」

と、おそらくそれが本当だと思うことを言った。

 その人は、

「欲しいおもちゃは、なんでも買ってもらえたの?」

と言った。

「そういうことではないよ。」

と応えたが、その人には、分からなかった。

 その人は、

「君は、もしここで、おれが自殺しようとしたら、どうする?」

と言った。

 私はプラス思考だから、

「自殺は止めないよ。でも、この病院にはあらゆる場所にカメラがあるから、自殺しようとしても、誰か、助けに来るはずだよ。」

と言った。

「君は、止めないのか?」

と言うので、

「患者同士で、何かするわけにはいかないんだよ。」

と言った。
 そう言いながら、私はさっきの渡辺和子の本を、夢中で読んでいた。

 そうしたら、その人は、車椅子に乗っていたのだが、その車椅子から床へ、身を投げたみたいなのだ。とにかく、その人は、倒れていた。私は、絶対この病院だから、誰か来るだろうと思って、本を読み続けていた。すると、2分ほどして、看護婦さんが来て、

「どうしたの?」

と、聞いている。

 私に、

「何があったのですか?」

と、聞くので、

「私、本当に知らないんです。」

と応えた。

「なんで、こんな自分の体を痛めつけるようなことするの?」

なんて、怒られたりもしていたが、最終的に今まで姿も見たことのなかった、ガードマンさんまで駆けつけてきて、総勢10人くらいで、その人を助けて、病室に運んで行った。

 私は、やっぱりこの病院には、何重もの、安全体制が敷かれているんだな、と安心した。



 後になって、その人が、かわいらしい鶏の親と子供の絵を描いたとき、私が、

「このヒナには、母親がいないじゃない。」

と言ったとき、

「おれには、母親がいなかったんだ。」

と、応えたので、ああ、そうだったのかと思い、

「私には、君の気持ちは、分かってあげられないんだろうな。」

と正直に話したのだった。


 私が、幸せな家庭に育ったというのは、どこまでも、本当である。

 父と母は、少なくとも、子供の前でけんかをしたことは、なかったし、社長の娘さんが、父を好きになったというので、その娘さんが、幼かった私を含めて、私達家族を、ハイキングに誘ったということもあった。母が、
「あの娘さんが、お父さんのことを好きなのよ。」
と教えてくれたが、父が浮気するなんてことは、なかった。
 もちろん、父が暴力を振るったこともなかったし、離婚の危機なんて夢にも訪れなかった。
 母が、ちょっと働きに出たい、と言ったときは、妹は良さそうに思っていたのかも知れないが、私が、働かないで欲しい、と言ったので、母は、その時は、働かなかった。後に、私が大学生になってから、もういいわよね、と言って、働いていた。私も、その時は、もう良いと思うようになっていた。だが、その時でも、小さいとき、母が働かないでいてくれたことを感謝していた。
「おもちゃを何でも買ってもらえた。」
なんて、とんでもない。
 私も、男の子なら誰でも欲しがるように、ラジコンカーが欲しいと言った。だが父は、

「欲しかったら作れ。」

と言った。もし私が、父のように、将来技術者になるような、電子工作の本を読んで、ラジオなどを作る子供だったのなら、本当にラジコンを作ったかも知れない。

 だが、私は、動作原理の分からないものをとりあえずつなぎあわせて作る、ということの出来ない人間なのだ。ラジコンを作るなら、マクスウェルの電磁気学を理解しなければ、ならない。そんなこと、中学生の私には無理だった。結局私は、ラジコンカーというものを買ってもらえなかった。

 こんな、話もある。
 ハレー彗星が来るというので、天体望遠鏡を欲しくなった。だが、父の答えは分かっている。それで、文房具屋さんをやっていた父方の祖父から受け継いだ、レンズのセットがあったので、カレンダーの裏を墨汁で塗りつぶし、それを丸めて、本当に天体望遠鏡を作った。
 もし、天体望遠鏡を自作したことのある人なら、これを読んで、私が本当に天体望遠鏡を作ったのだなと信じられるだろう。
 私が、もし、作っていなければ、ただ、カレンダーを丸めて、と書いてしまうのだ。
 だが、それでは、光が乱反射してしまって、望遠鏡にならないのだ。黒く塗りつぶさなければならない、ということを知っていることこそ、私が本当に作ったという証なのだ。
 そして、実はもっとすごい証拠があるのだ。
 私は、今でも、その時作った、ラムスデンという信じられないほど旧式の接眼レンズを使っているのだ。焦点距離20mmだから、私の望遠鏡だと、75倍になる。後に、フェラーリの親友とただ一人の女性の親友といっている人から、焦点距離15mmの素晴らしい接眼レンズをプレゼントされたので、100倍にしたいときはそれを使うが、倍率を下げたいときは、今でもラムスデン式の接眼レンズなのである。紙を丸めたところに、レンズを押し当てただけなのだが、それでもちゃんと、煌めく土星が見られるのだ。これほどまでに、光学の知識があるのに、私が撮る写真が、見られたものじゃない、というのは、人間には、才能があるかないか、どの方面の才能を持っているか、ということの見極めが、いかに大切かを物語っている。

 このように、私の父は、期待をかけていたのもあり、私には厳しかったのだ。

 だが、厳しくされても伸びたのは、幸せな家庭だったからだ。

『他の人を信じられる。』

というのは、才能のようなものであるとともに、伸ばさなければ、伸びないものである。

 私は、よく思うのだが、高校生などが望まない妊娠をした時、大切な生命だから、と言って無理して育てるのを、必ずしも良いとは思わない。確かにそこまで信じ合え、生命を大切にする姿には、感動も覚えるが、私の父のように、きちんと収入があり、安定した幸せな家庭というものを、高校生がどうやって生まれてくる子供に与えられるのだ。どうやったって無理だろう。そして、どんなに愛があっても、ある程度の物がなければ、子供に、「ものすっごく幸せな家庭に育ったからだよ。」と言わせるだけの環境を与えることはできない。生命を殺すのは辛くとも、生まれてくる子供に幸せを与えるために妊娠中絶という道を選ぶ勇気も、誉められるべきものだと思う。その後、失地回復のために、幸せな家庭を築くことこそ、人生においては、正しい選択だと思う。


 入院していた患者の人の中には、本当に不幸せを被っている人が、他にもいた。

 高校生になっていた娘さんを亡くしたという、女の人もいた。

 その人は、救いを求めるために、ハグされちゃった、の投稿で書いた、牧師を目指している女の人、の話しを聞いて、キリスト教の信者になろうかしら、なんてことも言っていた。

 私は、やめた方が良いのに、と思いながらも、布教の邪魔をするべきではないと思って、黙っていた。

 それからしばらくして、その娘さんを亡くした女の人に、信者になるんですか、と聞いた。その人は、

「私には、無理だと思えて、キリスト教徒になるのは、やめました。」

と言った。それで、私は、思っていることを言った。

「もし、あなたが、キリスト教徒になると、娘さんが死んだことも、神さまの望まれたことだ、と信じなきゃならないんです。でも、あなたには、それは無理でしょう。やっぱり、娘さんが死んだのが良かったなんて信じられないでしょう。そういう人には、宗教は、駄目なんです。」

 その女の人は、

「私も、そう思いました。」

と答えた。


 私にとって、ひとの死とは、どう映っているのか。

 一般相対性理論を理解し、量子力学の知識のある私にとって、生命というものは、あるとき生まれたものではない。宇宙が誕生したときから、存在したのである。
 私が死んでも、この心、精神は残る。

 ただ、私はこの結論だけを、安易に小さい子供に、示したくはない。子供には、平和な世界を求め、苦しみながら死んでいっている人を救うために、医学を目指したり、科学を目指したり、芸術を目指したり、スターの座を目指したりして欲しいのだ。
 初めから、自分は死んでも大丈夫なんだ、などという結論だけを、知ってもらいたくない。
 では、ひとが生きるとは、どういうことか。
 大学にいたとき、分子生物学の先生にこの難問をぶつけたとき、最後の授業でその先生は、ちゃんと答えてくれた。


 心や精神ということでなく、DNAの受け渡しを続けるものを、分子生物学では生物と定義し、研究するのだと。
 宇宙の歴史で、ある瞬間、DNAが、自分と同じものを複製することが出来るようになった時、生物が生まれたといえる。


 素晴らしい解答だった。私はその最後の授業で、感動していた。その先生は、私のためだけに、その話をしてくれたのだった。

 私は、心や精神は残ると言った。だが、どんなにそんなものが、残っていても、10の23乗個の分子からなる、この生命体が残っていなければ、他の人と今のように触れあうことはできないのだ。

 もちろん、常に前向きな私であるから、死んだ後の人達同士は、交信し合えるものと、信じている。

 だから、あの娘さんを亡くした女の人も、歳をとって死ねば、きっと先に行っていた娘さんに会えると思う。

 だが、それは、このアボガドロ数の数だけ集まった、分子の有機体同士の出会いでは、ないのだ。

 もう一回、あの時に戻って、触れあいたいと思っても、10の23乗個の分子を集める技術は30億年以上かけて、進化してきたこのプロセスをたどることなしには無理に近いのだ。

 私は、無理だとは言わない。もしかしたら、出来るかも知れない。

 藤子不二雄以外の人が書いた『ドラえもん』の最終回は、壊れてしまったドラえもんを、ロボット科学者になったのび太が治し、再会する、という話だそうだ。

 私も、自然科学の良心として、科学を用いて、もう死んでしまった人を、分子を集めて構成するということが出来るのなら、実行したい。

 それが、科学の最後の使い道だと思うから。

 これを、神への冒涜だ、などとくだらないことを、私は考えない。

 娘さんを亡くして悲しんでいるお母さまに対して、その娘さんを取り戻してあげることの、どこが神への冒涜だ。そんなことをいう神なんてものは、いなくて良い。

 これが出来ることなのかどうか。

「出来る。」

というのが、私の世界観だ。

 でも、

「今は、まだ出来ない。」

というのも、私の現実である。

 もう、これ以上書くのは、よそう。

「私は、科学の力を信じている。」

 これを表明することで、子供達と夢と希望を共有するのが、私の良心の示していることである。

 今日は、ここまで。

 現在2015年3月4日21時55分である。おしまい。