現在2015年7月16日22時15分である。
まゆゆ、この投稿は、何日かに分けて、読んで。
一昨日(7月14日)に、指原莉乃さんのことをツイートし、昨日(7月15日)のツイートで、
「明日、種明かしするからね。」
とツイートして、今朝の0時35分からの『僕らが考える夜』という番組を録画しておいて、眠った。
そうしたら、録画してあった番組で、渡辺麻友さんが、タイムリーなことを言っていたので、今日の投稿は、充実したものになった。
まず、指原さんのことをツイートしたというのは、
「指原さんが、知恵を尽くして、なんとか、頑張って、地位を手に入れ、
『逆転~ピンチを待て~』
という本を昨年書いて、オリコン・ランキングの新書・タレント本・自己啓発書の3部門で1位を獲得したということで、そのエッセンスをまとめた。」
というページのリンクを張り、
「こういうページは、研究するべき。次に指原さんの本なんて絶対買うな。3番目に『揶揄』という肝腎の日本語を『比喩』と書いているから、この人の結論なんて気にするな。」
と、まゆゆ、に、ツイートしたことを指す。
このツイートの種明かしをしようとしていたところに、
『僕らが考える夜』
で、
「麻友選手は、玉の輿に乗りたいですか?」
と、指原さんに質問されて、まゆゆ、が、
「玉の輿には、乗らない。」
と答え、さらにみんながからかっていたら、
「馬鹿だねー。まゆゆは正解なんだよ。アイドルとして、答えが。」
と、クリス松村さんに一蹴されてしまった。
これだけで、大笑いしていたのに、さらに後半、
「まゆゆ、は、どんな人がいいの?」
と言われて、
「普通に、会社の社長さんとか。」
なんて答えたものだから、
「会社の社長は、普通じゃない。」
と、突っ込まれ、慌てて、
「玉の輿っていうくくりで、みたら・・・」
と、防戦したら、
「そういう時は、『夢を追っている人』って言うの!」
と、指導までされてしまった。
もちろん、台本があるのだろうが、まゆゆ、が、本当にいじらしい。
これで、今日の投稿は、がぜん面白くなった。
まゆゆ、が、私を検討できるように書いておくと、研究者というのは、本当に名誉だけの職なのである。
例えば、お給料なんて、やっと生活できるかどうか。
万が一にも、ノーベル賞がもらえても、たった1回、1億円がもらえるだけ。
しかも、受賞者が3人いる場合には、3等分。
それどころか、ハッブルのような場合もある。
多分、まゆゆ、の世代だったら、小学校の時に、
「ハッブル望遠鏡」
というものを、習っただろう。
そう、宇宙に浮かんでいる、天体望遠鏡だ。
あの名前の元になっている、エドウィン・ハッブルは、ものすごいたくさんの業績を残した天文学者。
その最初の素晴らしい業績が、アンドロメダ大星雲が、我々の銀河系の中にはない、ということを、初めて証明したこと。
多分、まゆゆ、は、
「我々の銀河系は、アンドロメダ大星雲のような格好をしているのですよ。」
と小学校で習っただろうけど、あんな教え方ができるのは、ハッブルのお陰。
とんでもなく素晴らしい天文学者だと分かるでしょう。
ところが、ノーベル賞委員会は、なかなかハッブルに賞を与えなかった。
なぜだと思う?
「天文学は、物理学でないから。」
というのが、理由だった。
でも、ハッブルは、次々に業績をあげる。
しまいには、物理学者までが、
と言いだし、ノーベル賞委員会も重い腰を上げ、規約を改定し始めた。
そして、さあ、賞をあげようとしたとき、ハッブルは死んでしまった。
これは、ノーベル賞委員会の大汚点の一つ。
だけれども、私は、ハッブルは、幸せだったと思う。
なぜかというと、私は、ハッブルの幼き日の話を知っているから。
ハッブルが小学生だったある誕生日、野外に大きな天体望遠鏡の小屋を持っているおじさんが、ハッブルに、
「お誕生日に、何でも一つ、プレゼントをあげよう。何がいい?」
と聞いた。
「僕に、今晩、あの望遠鏡を使わせてくれない?」
と、ハッブル少年は、尋ねた。
「分かった。いいよ。」
と、おじさんは、答えた。
夕方、ハッブル少年は、服のポケットに入る限りたくさんビスケットやクラッカーなどのお菓子を詰めて、現れた。
おじさんは、少年が、小屋で遊びたいのだろうと思って、そのまま、安心して帰った。
さて、翌朝、おじさんが行ってみると、ハッブル少年は、すべてのお菓子を食べ尽くし寝ていた。
遊び疲れて寝てしまったのかな、と思ったおじさんは、望遠鏡を見て、驚いた。
ハッブル少年は、一晩中、星の観察をしていたのだ。
なぜ、そんなことが、分かるんだと思う。
ハッブルは、一晩中、星や銀河を観察していて、明け方になると、空が明るくなってきて、段々星が見えなくなる。それでも、見える星を見ようと思うと、もう、明けの明星しかないんだ。だから、ハッブルの使っていた望遠鏡は、金星の方向を、向いていたんだね。
それ以来、そのおじさんは、ハッブル少年に、
「自由に、望遠鏡を使っていいよ。」
と言ったそうだよ。
こんな星や銀河の好きなハッブルだもの、メダルや1億円なんて、今さらもらわなくても、ものすごい業績こそが、最高のプレゼントだっただろうね。
まゆゆ、研究者って、こういう人だよ。
私は、ハッブルのような業績を、少なくともまだ、まったくあげてないけど、それでも、私を選ぶ?
ここまでの序奏が付いて、いよいよ主題の登場。
私のような人間と結婚して、幸せになれるには、どうなっていなければならないか。
貧しくても、心の中が幸せになれる人にならなければならない。
1日、400円の文庫本の小説、例えば、中島敦の『山月記』だけで、幸せが買える人にならなければならない。
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そうなるためにはどうしたらいいか。
『世界一周旅行』
素晴らしいアイディアじゃない。
やってみな。
本当は、新婚旅行で行きたいけど、その前に、まゆゆ、が、自分を磨いておくのなら、大歓迎。
「AKB48」
良かったね。いい経験になった。もし、AKB48に入ってなきゃ、私と出会わなかったしね。
とにかく、色んな経験をして、人間として、豊かな発想ができる人にならなきゃ。
豊かな発想とは、例えばね、私が入院していたとき、こんな会話をした。
看護婦さんが、
「この薬を飲むので、水をくんできて下さい。」
と言ったので、
「私に、下手に、『水』なんて言ったら、大変なんですよ。
何度の水か?
綺麗な水ってことか?
だとすると純水か?
純水なんてことになったら大変なんですよ。
普通に中学校なんかで、先生が、『純水ですよー。』って言って持ってくるのは、触媒使って、イオンの一部を取り除いただけだから、まだ混ざっているものがある。
そうだとすると、『蒸留するか?』ってことになりますが、空気中に不純物がある。
だから、本当の純水なんて、有り得ないんです。
もう困って、エイチ・トゥー・オーというか?
重水だったらどうする?
って言って、追及し始めちゃうんですから。」
と、面白がりながら、話したら、
「『水』だけで、そこまで、できますか。」
と、看護婦さんは、笑っていた。
まゆゆ、が、私と結婚した場合、私からこういう話を聞くだけでなく、まゆゆ、自身が、物理学でなくてもいいから、何かで、これが出来なきゃいけない。
それは、私を満足させるためではなく、まゆゆ、自身と子供のためなんだ。
さて、この主題の展開のために、控えめに第2主題が登場する。
先週の土曜日(7月11日)、また数独を解くために、新聞を買いに行った。
それを読んでいたら、13面に、
「遠回りしようよ 萩本欽一さん大学で」
という記事があった。
74歳になった欽ちゃんが、社会人入試に合格し、学んでいるという話だった。
この中に、面白い話がいっぱいあるのだが、まず1つ、
「振り返ったら、みんながやっていることはしない、という一点だけは貫いてきたね。世の中には優れものが大勢いる。僕なんかがマネしてもかなわない、とわかってたから」
を見てみよう。
ぶっちゃけキャラが、跋扈する世界で、まゆゆ、は、正統派であり続けた。そして、1位になった。
その、まゆゆ、が、
「この世界では、真面目に頑張ったものが、馬鹿を見る。」
と言う。
「私は、『初めての正統派』というパイオニアだった。だから、成功した。でも、他の人間が、二番煎じをやっても、絶対失敗するぞ。挑戦できるなら、やってみろ。」
まゆゆ、は、そう言いたいかのようだ。
私は、そこに、天才を見たのだ。
さて、展開部に入る。
欽ちゃんのように、年取ってから大学に行っても良いのではないか?
誰でも1度は、感じることなのではないだろうか。
だが、私は、断言する。家が貧しいとか、親が片方とか、そういうどうしようもない不利な条件がなければ、若いときに、大学へ行っておけ。
なぜそんなことを言うのか。
それを、なぜ大学入試は大変か、という話と、絡めて話そう。
「小学生に選挙権を」の話をしたとき、京都大学理学部は、日本で3番目に入るのが大変な学部だという話をした。
もし本当に、京都大学理学部が良いところなら、もっとみんなが入れるようにして、多くの人に、物理学の良い教育をしたら?
普通の人ならそう思う。だが、それが駄目なことを私に説明した人がいる。
あの数学者で作家だった、森毅(もり つよし)である。
森毅が、ある本の中で、こんなことを書いていたのだ。
京都大学で、入試をするとき、易しい問題を出すと、秀才がいっぱい入ってくる。ところが、難しい問題を出すと、ものすごい駄目なのと天才が入ってくる。
森毅がすごいのは、なぜそうなるのかを、分析しているところだ。
森毅の分析によると、難しい問題に受かるのは、天才だけだからだ、という当たり前の考え方だと、易しい問題のときに天才が入ってこない理由が、分からないという。
そして、実は、難しくて、普通の人が解けないような問題を、偶然、解いちゃって、受かってくる、ものすごい駄目なのに注目する。
そういう駄目なのを、野球などと同じように、『補欠くん』と呼ぶ。
そして、『補欠くん』は、補欠にまわされるくらいだから、駄目なんだけど、偶然にしても京都大学の超難問を解いてしまうくらいだから、1万打席に1本くらい、長嶋にも打てないような、超特大の場外ホ-ムランを打てる人間だとみる。
だが、森毅は、この『補欠くん』が、天才になるんだ、とは、書かない。
森毅のすごいところは、この『補欠くん』を見つめていたところから、次第に見る位置を引いていくところだ。
あるとき、『補欠くん』が、1万打席に1本のホームランをかっ飛ばす。
ところが、駄目な『補欠くん』は、自分が場外ホームランを打ったことに気付いていない。
野球だったら、ボールが飛んでいくから明らかに分かるが、数学で新しいアイディアにたどりついても、それがものすごく役に立つと分かるには、センスがいる。
悲しいかな、『補欠くん』は、ホームランに気付いていない。
ところが、引いて見ている森毅は、そのホームランを打つところを、じっと見ている、秀才の中にほんのちょっと混じっている、『抜群くん』を、視界に捉えているのだ。
そして、こう言う。
ああいう、秀才の中に混じっている、『抜群くん』が、天才になれるのは、『補欠くん』の、誰にも打てない場外ホームランを、会得するからなのだと。
これで、私の言いたいことが分かっただろう。
天才を作るためには、もうはっきり『作る』って書いちゃったけど、作るためには、問題が易しくて、平凡な人ばかり集めたのじゃ、駄目なんだと。
難しい問題を出して、ものすごく難しくても解けるような天才的な人と、そんな無茶苦茶難しい問題を、うっかり解いちゃった、なんていう一発屋を、接っしさせておかなければならないのである。
この話は、私は、森毅のどれかの本を、本屋で立ち読みしていたとき、見つけたので、どの本だったか覚えていない。
もちろん、日本のすべての大学が、京都大学のように、世界に羽ばたく天才を生み出すためにあるのではないから、絶対これが正しいとはいわないが、
「No.1にならなくてもいい」
「もともと特別な Only one」
なんでしょ。
Only one ってことは、自分が特別だと思えること。
そのためには、
「私には、これがあるもん。」
というものが、なきゃね。
「昔、AKB48選抜総選挙で1位になったもん。」
って、胸を反らすメンバーもいるかも知れないけど、『負けず嫌いな』、まゆゆ、が、そんなものに甘んじるとは、思えない。
さて、展開部はさらに続く。
大学1年生の時に、森毅のこの一文を読んだ私は、直ちに実践することにした。
私は、『銀河英雄伝説』のジークフリード・キルヒアイスである。完璧な人間なのだ。だったらどうするか。
『補欠くん』の役目を果たしつつ、『抜群くん』のかっ飛ばすホームランも見ていよう。私は、初めから天才なのだから。
こう思った私は、川口周君や伊山修君やクローン病になってしまった親友などに、この人にはこれがいいだろう、と思うアイディアを渡して、研究のどっかで、何かの弾みに、これが役立ったら、使ってね、と思いを託した。
例えば、伊山君には、入学早々すぐに、
「『連続体仮説』をどう思うか? 」
と質問したし、
「数学基礎論をいつか勉強したいんだ。」
と伊山君が言ったときには、私の愛読書ナンバー2と言っている本を見せ、
「ベルナイス・ゲーデルの集合論が、きちんと書いてある本は少ないんだ。」
と、話した。
だが、伊山君に託したものの中で、一番大きいのは、ジャイロの動きだった。ジャイロとは、地球ごまとも呼ばれるものだ。
最近、話題になったドローンが安定して飛べるのも、冥王星に向かった探査機が、宇宙空間で自分の方向の変化を感知できるのも、ジャイロが積んであるからだ。
私は、力学で、ジャイロごまの話を学んだとき、トルクという難しい数学を使わずに、言葉で人に説明できるぐらい分かり易い説明法を見つけた。
それで、まず伊山君の前で、ジャイロごまをグイーンとまわして、渡して、
「ちょっと、傾けてみて。」
と言った。
「うん。あれっ!」
「そう、思った方向に傾かないでしょ。」
「妙な動きをするねぇ。」
「これを、良く覚えておいて。いつか、何かで生かせるかも知れないから。」
「数学者を目指している、伊山君に、物理学のこまの話をしても、意味がないだろう。」
という人が、いるとしたら、普通のまるい軸対称なこまは、ラグランジュのこまだし、他の場合も、空中で回転するのはオイラーのこまだし、さらにコワレフスカヤのこま、というのもあると言える。
一応、説明しておくと、まるくないこまは、ほとんどの場合、数学的には厳密に解けないので、上の3つのどれでもない。
コワレフスカヤのこまは、解説している本が少ないので、文献をあげておく。
- 作者: 戸田盛和
- 出版社/メーカー: 朝倉書店
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この本を読めば分かるが、コワレフスカヤは、美人の女流数学者で、ノーベル賞に数学部門がないのは、ノーベルが、コワレフスカヤにふられたからだ、という笑い話まであるくらいだ。
一方で、伊山君からも、私は、アイディアをもらった。
ある問題を、伊山君がその数を超越数だと知らないまま、解いてしまったのだ。
それが、解けた原因が、その数、
が、超越数だったからだとすぐ気付いた私は、伊山君にその説明をして、その解き方を、根こそぎもらった。
クローン病になってしまった親友には、
「外微分のdを後ろに持って行ったら?」
と、大切なアイディアを話した。その親友は、博士課程で病に倒れたので、それは、25年後に、私自身が、論文第2号にした。これは、ホモロジーの場合を考慮しないと完成しないアイディアなので、公式の場に提出したという証明だけもらって、リンク集の私の文献の中で、その完成を待っている。
一方クローン病になってしまった親友からは、
「正準変換の母関数が、宇宙の最初から、ずっと大域的に存在する、というのが、真の物理法則だ。」
というアイディアをもらった。
その時は、
「ハミルトン・ヤコビの理論を勉強してから、お答えします。」
と、応じたが、私としては、1つの理論に育て上げて、お礼を言うつもりだった。
これは、まだ恩を返せていない。
川口周君とは、もっと深い仲になっている。
入学式で会って、もう、
川口君「どういうことに興味があるのですか。」
私 「統一理論の研究をしようと思っています。」
川口君「スーパーストリングス・・・」
私 「はい。超弦理論も視野に入れてます。」
という会話をしたので、実は、分子生物学の女の人に失恋しようとしていたとき、その話をしたのは、川口周君ただ1人だったのだ。
失恋した私を慰めようと、友達が5人くらい集まったが、お酒を飲んで、しゃべったときは、何も言わなかった。
パーティーが終わって、みんなと別れて、川口君が、
「もう酔いが覚めてしまいましたから、この後しゃべったことは、覚えてますけど。」
と言ったとき、初めて私は、2人で歩きながら、あの分子生物学の女の人とのすべてを話したのだ。
なぜ、川口君に話したのかというと、川口君は高校が男子校だったので、ただでさえ女の子の少ない京都大学では、女性経験が希薄になるのだ。
だから、私のように、今の段階で、こんなに女の人と深い仲になって、大切な研究者人生を台無しにするようなことにならないように、女の人を好きになるというのが、どういうものか、丁寧に説明したのだ。
「好きになるのは止めないけど、恐ろしいぞ。」
と、考え方(アイディア)を、渡したのだ。
川口君が、私のメッセージを、どう取ったかは、分からない。
だが、ちゃんと、数学者になって、結婚もした。
「おめでとう。」
と間接的に、メッセージを伝えた。
一方で、私も、川口君から多くのものをもらった。
まず、その分子生物学の女の人の話が終わったとき、川口君が、
「電話してみたら?」
と言ったので、別れた後、公衆電話から、分子生物学の女の人の家へ電話した。
分子生物学の女の人のお母さまが出られて、しばらくお話しした。
結局、その後、私は、精神分裂病を発病するので、このアドヴァイス自体は、生きなかったが、分子生物学の女の人のお母さまと話した最後だった。
このくらいで、展開部は、終わりにしようか。
まゆゆ、も、疲れてきた。
さて、再現部。
なぜ、こんな長い話が、必要なのか。
欽ちゃんの記事を見る。
「人生は出会いだって、よく言うけど、ちょっと違うね。出会いっていうのは、人にただ会うことじゃないんだ。苦労をして、マイナスの経験をいくつも積んで初めて、会うべき人に出会える。なぜ自分がダメだったのか、生きていくうえで何が足りなかったのか。本当の出会いなら、その答えが見えてくるもんだよ」
とある。
出会いというのは、『人』とだけじゃない。
『アイディア』との出会いもある。
つまり、まゆゆ、は、苦労してこの投稿を読み終えたとき、
『新しいアイディア』
に出会うんだよ。
もう、まゆゆ、は、何度も会っている。ただ、まだ自分のものにしていないだけ。リンクを張った指原さんの記事も、そのアイディアのため。こういう記事から、どんどん吸収できるものは、吸収してやれって。
はっきり言うと、私は、まゆゆ、に、
「大学に行ったら?」
と、勧めるためにこれを書いているのではない。
『旅少女』の最終回で、
「卒業は、自分一人では決められないよね。」
と、しきりに柏木由紀さんが言うのに、まゆゆ、は、相づちを打つだけで、答えようとしない。
もう、まゆゆ、は、AKB48に飽きているのだ。
それは、『情熱大陸』でも表れていた。
「生まれ変わったら、またアイドルになりたいですか?」
と聞かれて、
「もう十分楽しんだ。」
と言っちゃってる。
こういう女の人に、男の人が、どういう卑怯なことを言うか、見せよう。
私ならこう言う。
「まゆゆ、AKB48 を卒業して、大学を受けよう。」
そして、受かると、
「大学は、魅力的な男の人がいっぱいだよ。でも、まゆゆ、は、学業に専念しなきゃいけないんだ。男の人達に猛アタックされないために、入学前に、私と結婚しちゃおう。」
と言って、何も知らない、まゆゆ、と結婚してしまう。
これが、男の人の戦法だよ。
そして、まゆゆ、にとっては、
『新しいアイディア』
つまり、
『卒業のための格好の口実』
だよ。
さて、結尾部。
欽ちゃんの記事を、もう一度見る。
「就活で暗い顔した4年生に喫煙所で会ってね。僕、言ったの。いろんな職業の人に会ってきたけど、半分は『好きで始めた仕事じゃねえ』って人だった。オヤジがかわいそうで家業を継いだ、とか。でも、そんな人の、いまは幸せって笑顔を何度も見たよってね。そしたら、『幅が広がった』って、うれしそうに飛んでった」
もう、分かったね。
今すぐ、新しい仕事は受けないことを宣言して、現在入っている全部の仕事が終わったら、AKB48を卒業する。
恋愛禁止は解けるから、私と会える。
そして、これは1つの例だけど、受験勉強して(これは大学に受かるためでなく、もちろん教養のためね)、そして、合格したら、私と結婚し、卒業まで子供は作らない約束をして、大学に行き、色んな人から多くのことを吸収する。
最後に、欽ちゃんみたいな人に出会い、良いお母さんになることを、志す。
どう? このアイディア?
今、大学に行っておくとなぜいいか。
私の父は、もちろん大学出ている。
でも、72歳になってから、大学院に行き、研究を始めた。
そして、74歳になった今、博士課程に進んでいる。
10年以上前に、ガンが発見され、いつ最後になるか分かりませんよ、と言われてから、母が食事をものすごく気を付けるようになり、姪と甥が生まれたので、元気になり、統合失調症の私とは異なり、ガンで病院に通いながら、学校に通っている。
なぜ、72歳で、大学院に受かったんだと思う?
実は、大学よりも、大学院の方が入りやすいんだ。
これは、ウソじゃない。
理由は、受験する科目が、自分の専門分野だけだから。
幅広く勉強しておかなくてはならない、大学と違い、大学院は入りやすい。
若い、まゆゆ、が、センター試験がなくなって、3年後に新しく導入される、新テストの内容を吸収し、思考力の要求される難しいテストに対応するのは、なんとかなる。
思い切って、話しちゃおう。
私、28歳のときと29歳のときに、東京大学理一を2回、受けているんだ。でも、2回とも、センター試験が、点数不足で、二次試験を受けられなかった。それで、不合格。
数学と物理学の配点の高い二次試験を受けていれば、受かったのに、と思ったけど、すでに、センター試験で、数学も物理学もスピードがついて行かれなくて、100点中、70点も取れてなかったから、もう無理だと思って、入試のない、放送大学で、学部卒業の資格だけ取ることにした。
30歳近くなって、受験なんて無理だよ。
年取ってから、自分の専門の大学院で、学ぶのは楽しい。
ところが、大学院の入試の本質は、面接だ。
まゆゆ、なら、
「かわいい」
と言って取ってくれるかも知れないけど、良い先生だったら、それまでの人生でどれだけのものを積み上げているか、この人が、社会に役に立つことをするかどうか、を見て、合否を判定する。
若いときに大学を出て、それを生かしている人かどうかは、専門家にはすぐに分かる。
まゆゆ、が、本当に、音楽を好きなら、そういう方向に進んでもいいし、とにかく、進む方向は、私は、指図しない。
本当は、大学にこだわらなくてもいい。
フランスが好きなら、語学留学でもいい。フランスは、数学の中心なんだって、前も話したよね。
私が一番願っているのは、まゆゆ、と、子供を育てて幸せな家庭を作ること。そしてそのために、欽ちゃんみたいな人に会ってくること。
このことなんだよ。
まゆゆ、に行動力があるなら、まずオフの日に、駒沢大学仏教学部へ行って、
「欽ちゃん」
って、会ってこい。
こういうとき、呼び出しかけたりするなよ。
顔写真頼りに、そっと行って、話を聞くんだ。
それが、アイドルとして祭り上げられていない、本当の、渡辺麻友だ。
現在2015年7月17日8時16分である。おしまい。