現在2017年10月28日21時34分である。
「なんか、私の体重が、ほんのちょっと軽くなるっていうニュースを見かけたんだけど」
あっ、流行に敏感な麻友さんが、現在の国際キログラム原器が、時代後れになって、重さの単位が見直されるというニュースを見たんだな。
「どうして、私の体重が軽くなるの?」
いや、軽くなるってのは、本当は、ウソだけど、麻友さんの体重は公開されてないけど、例えば、43kgだったとして、それの表示するときの数字が、42.99999999kgになる、というような話なんだよ。
「じゃあ、私、これからは、体重を42.99999999kgと書かなければ、ならないの?」
違う違う。これは、冗談。
「じゃあ、どういうことなのよ!」
麻友さん、1kgって、どう定義されてるか知ってる?
「1キログラム。金塊か何かが1kgあるの?」
もっと自然に考えて。
1リットルのりんごジュースって、重さはどれくらい?
「大体1kgのはずよね」
それで、いいんだよ。昔の人も、1リットルの水の重さを1kgと定めたんだ。
「でも待って、1リットルというのは、どうやって決めるの?」
鋭いね。
麻友さんは、小学校1年生の頃、1cmずつ目盛りを刻んだ、縦横高さ共に10cmの真四角な入れ物を、先生が持っていたのを覚えてないかな?
「そんなこと言われても・・・」
うん。あの、10cm×10cm×10cmの入れ物が、1リットルなんだ。
「じゃあ、1cmを決めれば、1リットルは定まると言うこと?」
その通り。
「じゃあ、1cmは、どう決めたの?」
正確には、1cmではなく、その100倍の1mというものを、定めたんだよね。
一時は、地球の北極から赤道までを・・・
「あっ、覚えてる。北極から赤道までが、1万kmなのよ。これが、もし1000kmだったりしたら、『母を訪ねて三千里』の子供は、地球を何周もしたことになると、『はやぶさ(その2)』の記事か何かで太郎さんが言ってた」
良く覚えてた。
本当に地球を測量して、これが、1メートルだ、というので、『メートル原器』というものも作った。
「これで、1リットルは、確定したわね。そこから、1kgね」
ところが、1リットルの水の重さというのが、曖昧なんだ。
なんでかというとね、麻友さんもお風呂に入っているとき感じるように、温かいお湯ほど上にくるでしょ。つまり、温度によって、水は重さが違うんだ。
「じゃあ、0℃とか、分かり易いものにしたら?」
うーん。0℃は、簡単なんだけどね、実際に使われたこともあるんだけど、水と氷は重さが違うから、その境目は使いにくい。
「だとすると、・・・」
麻友さん。ネックレスや指輪などのジュエリーのブランドで、温度がブランド名になってるところ知らない?
「4℃(ヨンドシー)ね。でもあれは、氷が張るような湖で、唯一魚が生きられる温度のところ、という意味じゃなかったかしら・・・」
そう。まさにそれなんだよ。
水は、4℃のとき、厳密には、3.98℃のとき、最も重くなるんだ。だから、湖のいちばん底の水温が4℃なんだ。そのため、氷が張った水面からいちばん遠くて、魚が生きられるんだ。
「それは、知らなかったわねー」
私自身も、水が4度でいちばん重くなることは、知ってたけど、ブランドの名前の由来は、麻友さんのために調べるまで、知らなかった。
「お互い、一緒に勉強してるのね」
友達や恋人と一緒に勉強するというのは、本当は勉強の仕方としては、良い方法じゃないんだけど、楽しく勉強できるというのは、他に代えがたいね。
「友達と勉強するというのは、ダメなの?」
成績の悪い子供が、少し良い子供に引っ張ってもらうというレヴェルなら、友達と一緒でも良い。
でも、トップレヴェルを目指す子供の場合、自分を信じて、グングンひとりで突き進まなければダメだ。
「それで、4℃が出てきたということは、1リットルの4℃の水の重さを、1kgと決めたのね」
そういうこと。
ただ、数学と違って物理学は余り美しくなくて、このとき、気圧が1気圧だ、という条件も付けないと、確定しない。
「確かに、物理学の方が、込み入ってるわね」
そうなんだ。
さて、1795年から1799年の頃が、水による定義だったんだけど、固体の方が、重さを測りやすいということになった。
「でも、金塊が1kgあるという話は、聞かないわね」
そう。金じゃなくて、もっと高価なプラチナを、使ったんだ。
「前から、聞きたかったんだけど、プラチナより金の方が、絶対綺麗なはずなのに、どうしてプラチナの方が高いの?」
麻友さん。本当に、金とプラチナの値段、調べた?
「えっ? 金よりプラチナの方が高くない? プラチナチケットって言うし・・・」
2017年10月30日10時の日本マテリアル発表では、
金1g 5,072円
プラチナ1g 3,724円
となっている。
「えー、プラチナより金の方が高いの? 初めて知った」
実は、私自身も、金とプラチナは、ほとんど同じで、逆転することもある、とまでは知ってたんだけど、今、こんなに差が付いているのは、調べるまで知らなかったんだ。
「だから、太郎さん自身、『もっと高価なプラチナを・・・』って、書いてるのね」
金に比べて綺麗でなくて、銀と大して違わないプラチナが、こんなにも大事にされる理由は、ものすごくちょっとしか採掘できていないからなんだ。
「どれくらい少ないの?」
金の採掘量は、15万トンから30万トンの間くらい。それに対し、
プラチナの採掘量は、5千トンくらいしかない。
「1万トンにも、とどかないのね」
これが、どれくらい少ないかというと、人類がこれまでに手にしたプラチナ全部5千トンを、立方体にまとめると、AKB48が、いつも踊っているステージに置けてしまうくらいなんだ。
「何メートル?」
6メートルくらい。
「どうやって、計算したの?」
プラチナの密度は、金とほぼ同じで、21くらい。だから、5千トンのプラチナを水に変えると、5千割る21で、238トンくらいになる。
238トンの水を立方体にするには、238の3乗根。この3乗根は、・・・
「大丈夫。Googleに『238の3乗根』って、入れればいい」
さっすが!
「6.19mくらいか。本当にステージに置けそうね」
そうなんだ。世界中全部集めても、6メートルちょっとなんだ。この実感は、覚えておくと、色々と役に立つ。
「キログラム原器から、話がそれちゃったけど」
そうだったね。
希少価値だけだったら、他にも、珍しいものはあるんだけど、プラチナのすごさは、その安定性にある。
「バランス取るのがうまいの?」
それ、本当に、特待生の質問かよ?
「えっ、だって、これしか。そもそも、特待生という言い方は、封印されたはずだし」
分かってるよ。普通の人が、安定といったら、バランスのことだよね。
化学的に安定というのは、酸やアルカリに侵されない、という意味のことが多いんだ。
「あっ、やっと出てきた。ヒアルロン酸ナトリウムの『酸』!」
うん。とうとう出てきちゃったんだけど、あの『AKB48中学理科』でも、既に、水素イオンと水酸化物イオンという言葉があって、中学でも、酸性、アルカリ性というものを、少し習う。
だが、本当のところを言うと、高校に行っても、まだ酸アルカリが、完全に分かったとは言えない。
どういうことかというと、高校では、酸性とアルカリ性の度合いを、pH(ペーハーと読みます)という記号で表すんだけど、それを、
という式が成り立つので、
と、定義します。
というように、一応話は進むのだけど、なぜ上の式が成り立つのかや、対数で表せる根拠などは、実験でそうなるので、という以上説明してくれない。
「じゃあ、大学では、教えてくれるの?」
私は、授業に余り出ていなかったので、教えてくれるかどうか、分からない。
「わっ、ひどい。太郎さん自身、分かってないんじゃない」
それは、認めるんだけどね、私自身、次のような本で、少し調べてみた。
田崎晴明『熱力学』(培風館)
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「熱のこと調べたって、しょうがないじゃない」
いや、これは、平衡状態の話だから、熱力学で扱うものなんだ。
「それで?」
ある意味、昔の人を尊敬した。
「どういうこと?」
要するにね、酸とかアルカリというのは、ものすごく複雑なことが起こっているのを、大雑把に、
『こんな感じ!』
みたいに、ぱっと数値で表したものなんだ。
「だから?」
つまりね、細部を追求すればするほどぼろが出てきて、分からなくなっちゃうんだ。
大雑把に、ペーハー3とか、ペーハー9とか、言ってる方が、よっぽど物事の本質をとらえているわけ。
だって、塩酸と硫酸と硝酸、あと他にお酢である酢酸(さくさん)、DNAのデオキシリボ核酸、ヒアルロン酸、などが、全部同じ尺度で測れるっていう方が、無理あるよ。それを、・・・
「勇気を出して、バンと決めたのが?」
アレニウスや、ブレンステッドや、ローリーや、ルイスという人達だ。
「大勢いるのね」
それぞれに、ちょっとずつ考え方が違う。でも、大学入試では、ルイスの定義までは要求されないだろうと思う。私の高校の化学の参考書にはない。
「それで、結局、ヒアルロン酸ナトリウムの酸というのは、何だったの?」
酸というのは、水素イオンを出すものと、中学で習うようだけど、それは、大丈夫?
「水素イオンって?」
水素原子というのは、陽子1個のまわりを電子が1個がまわっているもの。
そこから、電子を奪ったものが、水素イオン。
「じゃあ、水素イオンって、陽子って、こと?」
そうだよ。
「なーんだ。ただそれだけのこと」
聞いてみて良かったでしょ。
「まあね。でも、水素イオンってことは、プラスだけなのね」
そう。だから、こういうプラスのイオンのことを、陽イオンと言う。
「ちょっと待って、イオンという言葉が、まだ分からない」
そうだったね。そもそも、この世界の物質は、プラスの陽子と、プラスでもマイナスでもない中性の中性子と、マイナスの電子からできている。
陽子が6個、中性子が6個、集まってくっついたものを、炭素12の原子核という。これは、電気的には陽子が6個だから、6個分だけプラスが多い。
「ちょっと待って、いつの間に、炭素という言葉が出てきたの?」
そうだったね。陽子が6個集まっている原子には、炭素という名前が付いていると思うと良いんだ。
「じゃあ、金は、陽子いくつ?」
79個だよ。
「わぁー、79個だって。大事に覚えておこう」
無理に覚えるより、元素の周期律表(げんそのしゅうきりつひょう)というものの見方を覚えた方が、良いと思うよ。
「それは、中学では、習わなかった」
インターネットで、検索してごらん。113番が、Nh(ニホニウム)になってるよ!
「えっ、それって、新しいことなの?」
2017年版の理科年表では、まだ改まってなかったものだ。
「へー。あれっ、金はどこだろう?」
ど真ん中のAuというのが、金だよ。
「なぜ、Goldなのに、Auなの?」
聞くと思った。
これは、ラテン語の『灼熱(しゃくねつ)の夜明け』を意味するaurumから、来ているらしい。要するに、輝いていると言いたかったのだろう。
道草はこれくらいにして、陽子が6個のものが、炭素だった。
そして、陽子6個と中性子6個で、炭素12なんだけど、これだと6個分プラスが多い。
だから、このままだと、電場がかかったとき(易しい言葉で言えば、電池をつないだりしたとき、)ビューンと、動き出してしまって、落ち着きが悪い。
そこで、この炭素12の集まりの周りを、電子を6個まわらせてやる。
そうすると、プラスマイナス相殺して、中性の炭素12となる。
「中学で聞いてたときは、余り疑問に思わなかったんだけど、陽子6個分のプラスと電子6個分のマイナスって、綺麗に相殺されるの?」
どんどん、聞いてみな。
まず、電子1個のマイナスの量が、全部の電子について、同じかどうか?
これは、物理学者達がずっと実験してるけど、違うものは一度も見つかってない。
「ふーん」
ただーし。
この電子の電荷、具体的には、
を決定する有名な油滴の実験をしたロバート・アンドルーズ・ミリカンという素晴らしい物理学者が、論文の中で、
『1回だけ、3分の1になったことがあった』
と、書いているのだ。
「それが、問題なの?」
その時は、
『正直だね』
ぐらいで、済んだし、ミリカンも1923年にノーベル物理学賞をもらった。
ところが、1964年になって、クォークモデルという素粒子のモデルが提唱されてみると、ここでは、
が、電荷の単位だということになった。
「えっ、でも、『違うものは一度も見つかってない』って、言ってたじゃない」
うん。ミリカンのあの1回が、実験ミスだったのか、本当に3分の1だったのか、その後、物理学者達が、必死に実験しているけど、3分の1のものは、見つかってない。
「わぁー、でも、『1回だけ、3分の1になった』って、論文に書くのも勇気いるわよねぇ」
多分、ミリカンは、自分の実験に、自信があったんだろうね。自信があって、この の値が、採用されると確信してたから、失敗っぽい実験結果も、きちんと公表したんだろう。
自分の仕事が、良い仕事になっているという自信を持つことも重要だね。
「どの電子についても、マイナスの量が同じというのが、今の実験ね。次は、電子のマイナスと陽子のプラスが、ぴったり相殺するかよ」
これもね、うまいことを考える人がいるもので、もしちょっとだけ陽子の方がプラスの加減が、大きかったとして、水素分子を考えると、2つの陽子と2つの電子からなっているから、少しだけプラスになるはずだよね。
「そうかな」
そこでね、水素を溜めてあったところから、水素を抜いて、プラスの加減が減るかどうか、実験したんだ。
「それで、違いはないというわけね」
そういうことだ。
「太郎さんの物理学や数学の話を聞いていると、人間達が、ひとつひとつコツコツ積み上げてきたものが、科学だ、というのが、良く分かるわね」
それは、勉強していて、私も思うよ。
歴史上には、STAP細胞みたいな論文も、数多くあるんだけど、間違っていたものは、必ずその後に修正されることになる。
「もうひとつ聞いていい?」
いいよ。
「陽子6個と、中性子7個というものは、ないの?」
あるよ。炭素13というものだ。
「13というのは、6と7の和?」
そう。
この中性子の個数が違うものを、同位体と言って、実は、同位体を調べていくと、放射能を出して壊れてしまう、放射性同位体(ほうしゃせいどういたい)(ラジオアイソトープ)というものに、行き着く。
1898年に、キュリー夫妻が、ウランの鉱石の中から見つけたのは、ラジウム(とポロニウム)で、これらの原子核は、放射能を出して壊れてしまうものとして見つかった、最初のものだった。
「キュリー夫人って、2世紀も前の人なの?」
そうなんだねぇ。昔は、放射能の強さを表すのに、Ci(キュリー)という単位が使われていた。ラジウム1gが出す放射能の量だった。
でも、今は、ベクレルという単位に置き換えられてしまった。
時代の変遷を、感じるね。
「こういう質問もしてみたいの」
いいよ。
「陽子5個と中性子7個というのはあるの?」
陽子5個だと、ホウ素のはずなんだけど、中性子7個ということは、滅多に起こらない。
「太郎さんは、何を見て、あるとか、ないとか、言ってるの?」
理科年表の、今、見ているのは、2016年のだけど、これで、
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の中の、
『安定同位体』
と、
『おもな放射性核種(放射性同位体)』
の表に、麻友さんの言ったものがあれば、『あるよ』と言うし、なければ、『滅多にない』とか言ってるんだ。
「うわぁー、太郎さんの虎の巻が、分かったー!」
「ねっ、ねっ、もっと教えて。その理科年表は、どういうとき、あるとかないとか、決定してるの?」
結局、実験して、どうか、というのにつきるんだよ。
数字が小さいところでは、理論的にこれは無理、みたいに分かることもあるけど、物理学でいちばん権力を持ってるのは、実験だからね。
だから、天文学は、物理学でない、などということになってしまったりする。
「じゃあ、その実験している人達、責任重大じゃない」
そうだよ。国家の威信をかけて実験してる。
それでも、時々間違えることもあるけどね。
私が、高校生の頃、『数学辞典』に、間違った式があるというので、騒がれたこともあるくらい。
「本当に、間違えてたの?」
あれは、本当に間違えてた。
数学の場合、計算しちゃえば、正しいか間違ってるかはっきりしちゃうから、申し開きできなかったんだ。
「それで、一応、陽子5個と中性子7個というのは、なさそうなのね?」
こういうのはね。無理矢理ぶつけて、一時的に作ることはできるけど、1秒の何百万分の1とかで、壊れちゃうから、そういうものは、ないということにするんだ。
「太郎さんと話していると、普通授業でなんとなく霧がかかっているようなところが、ものすごくえぐり出されるわね」
でも同時に、謎も深まるでしょ。
「ひとつ山に登ると、山脈が見えてくるんだったわね」
そう。
「その見えてきた、山脈で、もうひとつ」
いいよ。
「これ、前から知りたかったのよね。良く、陽子2つと中性子2つで、ヘリウムとか言うじゃない? 陽子は、どちらもプラスなのに、どうしてくっつくの?」
そういう疑問を囲ってる高校生って、多いらしいね。
「太郎さんは、疑問に思わなかったの?」
私は、中性子が、間に入って2つの陽子を引き留めてるんだと勝手に思っていた。
「それが、正解なの?」
いや、正解じゃない。
実は、私には、この説明をする資格はないんだ。
「どういうこと?」
これを、説明したのは、前に出てきた日本で最初にノーベル賞を取った湯川秀樹なんだ。
「日本人の成果なの?」
そう。湯川秀樹が1934年から1935年頃、中間子(ちゅうかんし)という、電子の200倍くらい重いけど陽子の10分の1くらいの重さの新しい粒子があって、この粒子が、陽子と陽子や、陽子と中性子の間を取り持っているとすると、うまく説明できるという理論を提唱した。
そして、1947年、ついにその中間子が発見されて、1949年湯川秀樹は、ノーベル物理学賞受賞となった。
「太郎さん、説明できてるじゃない」
これくらいの説明は、百科事典見れば書いてあるんだよ。
でも、本来の湯川理論は、量子力学を原子核に応用したもので、私には高嶺の花なんだ。
「まあ、太郎さんの説明でも、陽子と陽子がくっつくのにも理由があると分かったわ」
勉強したいこと、一杯あるでしょ。
「私は、女優になる勉強をしたいけど」
時々、こういう話をしてあげるよ。
「嬉しいわ」
ところで、酸の話から、水素イオンの話になって、陽子の話になったんだったね。
色々な物質は、それぞれ中心に陽子や中性子が中間子を仲立ちとしてくっついた原子核というものを持ってる。そして、その周りを電子が回っているのが、原子なんだ。
その原子には、水素とか酸素とか金とか、色々あるけど、中間子が陽子と陽子を取り持ったように、電子が間を取り持って、水素と酸素を引き合わせたりする。
そうやって、電子の役割が多くなってくると、ある水素原子の電子が、フラフラと離れてしまったりする。
こういう状態のものが、水の中に入れられたりすると、電子のない水素原子、つまり陽子、つまり水素イオンが、水の中に溶け出していったりする。
結局これが、酸なんだよね。
「一本道の説明だけど、これじゃ、ヒアルロン酸が、なぜ特別なのか、分からないわ?」
うん。実際には、ヒアルロン酸が、どういう酸かというのは、酸だということが分かっても、ほとんど分からない。結局、実験して確かめるしかないんだね。
「太郎さんは、よく、実験して確かめるしかない、というけれど、理論的にこれとこれをくっつけたら、こういう性質になるはずだ、と予言することはできないの?」
私は、高校時代、理論物理学者になって、物質を冷やさなくても電気抵抗がゼロになる条件を見つけて、すべての回路を超伝導にして、エネルギー問題を解決しようと思った。そして、さらに、理論物理学の力で、ガンやエイズなどに効く薬を作ろうと思っていた。麻友さんが、夢のように言ったことを、本当にやろうと思っていたんだ。
「でも、できなかった」
そう。数字だけ計算してても、どんな匂いがするか、なんてことは、分からないのだものね。
「太郎さんの計画は、挫折したの?」
そうばかりでもない。超伝導の研究をしていた父の話を聞くうちに、常温(例えば20℃とか)で、超伝導にならなくとも、マイナス190℃くらいで超伝導になれば、取り敢えずは、良いということが分かった。
「どうして?」
超伝導ということは、電気抵抗がないわけでしょ。つまり、電流を流しても、熱が発生しないんだ。ということは、いったんマイナス190℃くらいまで冷やせれば、その後、ずっと電流は流れているんだよ。
「どこかに落とし穴がありそうな・・・」
もちろん、モーターなんかが、永遠に回り続けるわけはないわけで、電気を作らなくて良くなるなんてことはない。
「ああ、がっかり」
そうは、言うものの、日本の超伝導リニアモーターカーは、着工された。科学は進んでる。
私達も進もう。
「どこから、酸の話になったんだっけ」
キログラム原器を、酸やアルカリに対して安定な、プラチナで作ったという話からだよ。
「ふーっ、疲れた」
あと少しだ。
厳密に言うと、プラチナ90%、イリジウム10%の合金で、キログラム原器を作ったんだ。
「なぜ、イリジウムと混ぜたの?」
理由は、簡単で、プラチナだけだと、柔らかすぎたからなんだよ。
「えっ、プラチナって、柔らかいの? 今度、プラチナのネックレスする機会あったら、引っ張ってみようかしら?」
あっ、これ、冗談じゃなく、本当だから、余り引っ張ると本当に切れちゃうよ。爪で、傷を付けるくらいにしておいた方が良いよ。
「柔らかさって、どう表すの?」
モース硬度という尺度があるんだけど、ダイヤモンドがモース硬度10であるのに対し、プラチナはモース硬度4.3。モース硬度4の蛍石(ほたるいし)は、『ナイフの刃で簡単に傷をつけることができる』であり、モース硬度5の燐灰石(りんかいせき)は、『ナイフでなんとか傷をつけることができる』となっている。この2つの間だから、多分爪でも傷が付くと思う。
「うふっ、なんだかんだ言いながら、太郎さん、理論的に予言してるんじゃない」
一番最初に、試した人からの知識が無いと、なかなか予言はできない。
さて、1889年、プラチナとイリジウムで作った、1kgの円柱状の塊を、『これが1キログラムだ』と、決定した。
「それによって、何が、決定されたの?」
この塊と、天秤で釣り合うものは、1kgの質量(しつりょう)を持つと思って良い、ということが、決まったということだね。
「質量(しつりょう)というのは?」
質量という言葉に似たものに、『重量(じゅうりょう)』という言葉がある。
きちんと話しておくと、英語では、質量がmass(マス)であり、重量がweight(ウェイト)となっていて、質量の方が、地球の存在を考えなくとも、そのもの自体の持っている動かされにくさ、であるのに対し、重量の方は、その物体の重さを測る場所によって、地球の重力が弱くなったりするので、軽くなったりする、その場所場所で異なる重さを重量というんだ。
「ややこしいのね」
本当は、試験の答案に書くとき以外は、質量だけ使ってて、困ることはないんだけどね。
「あっ、そうなの。ラッキー」
さて、1889年から、月日は流れた。
1967年、まず秒という単位がやり玉に上げられる。
「私達、秒は、まだ、決めてなかったわね」
よく思い出して、このブログではまだだけど、ドラえもんのブログでは、定義したの覚えてない?
「思い出した。私のスマホに表示されているのを、秒とする、というのでしょう」
そう。
「でも、1967年に、私のスマホはない」
だから、どうしたかというと、すでに1925年からあった、量子力学を使った。
「どういうこと?」
原子の性質を解明するのが、量子力学の役目だ。それによると、原子から出てくる光の振動数は、原子ごとに特有だと分かった。
「その振動数を使ったのね」
うん。実際にはセシウムという原子の同位体で、セシウム133というのが、いちばん使いやすかったので、これに決めた。
「それが、秒の定義?」
現在でも、このままだよ。
「原子時計というのは?」
これのことだよ。
「なーんだ。そうか」
でも、これだって、問題を抱えている。
「分かった。相対性理論の影響でしょ」
良く分かったね。
「太郎さんの弟子ですもの」
弟子なんか取ったかなあ?
「相対性理論で、動いていると時間が遅れるから、地球が動いている以上、時間がずれるのは、やむを得ないのね」
まあ、だいたいそう。丁寧に言うならば、重力のあるところから遠ざかるほど、時間は進むという効果もある。
「だから、人工衛星では、時間が進むと言ってたのね?」
いつ言ったけ?
「私に、最初に相対性理論の話をしてくれた時よ」
もう2年半になるなあ。
「今年のクリスマスで、あの約束から2年ね」
一応、まだ、ワンダエクストラショットあるね。
「もう1年。なんとかなるかな?」
なんとかならなくても、なんとかできるようになってる。
「分かった。2本だけ、冷蔵庫にしまってあるんでしょう」
そういうこと。でも、ワンダエクストラショットなくならないといいね。
「秒は刻一刻と進んでいる。次にやり玉に上がったのは?」
1983年、メートルの定義が見直された。
「どうやったの?」
これは、バカみたいに簡単。
光って、秒速30万kmでしょ。
だから、光が30万分の1秒に進む距離を、1kmとしてその千分の1を、1mと、定義した。
「本当に、そうしたの? そんなのだったら、それまでにもできたじゃない」
これは、相対性理論に対する信頼が高まったからなんだ。
相対性理論では、真空中の光の速さが一定だ、という仮定を大前提とする。
「私達、そうしたっけ?」
モーターボートと池と川の説明したとき、モーターボートの速さを変えるという設定をしなかったよね。モーターボートが、光だから、光の速さを一定としたことになるんだ。
「そうなのか。太郎さん、ちょっとずつ、私に、物理学の概念、飲み込ませてるんだ」
さて、秒、メートルと定義されて、次に、キログラム。
「ちょっと、待って。キログラム原器を使う定義じゃ、なぜダメなの?」
だって、キログラム原器は、1個しかないんだから、例えば、地震で壊れちゃったら、とか考えないの?
「えっ、そういう低レヴェルの話?」
もちろん。他にも理由はある。
例えば、ホコリが被っちゃったり、天秤に乗せるとき削れちゃったりする。
「ああ、そうか」
なんとか、いつでも再現できるもので、キログラムの定義に使えるものを、物理学者達は探していた。
「今まで時間がかかったのは?」
ひとえにこれまでの国際キログラム原器の精度が、ものすごく高くて、これを越えられなかったからなんだ。
「確か、1889年とか言ってなかった? ものすごい精度だったのね」
まあ、科学がなかなか進まなかったという問題もあるけど。
「それで、新しい定義は?」
かなり前から、2通りの定義ができそうだといわれていた。
「どんなの?」
1つ目は、プランク定数と呼ばれる量子力学の基本的な定数を、実験で精度良く決定する方法。
2つ目は、アボガドロ定数という化学でも使う定数を、正確に決定する方法。
「どっちが、いいの?」
これは、どっちが良いか、というより、1kgを正確に決定できた方が、良い方法だったということに、なるのだと思う。
ただ、私の個人的感想では、プランク定数を決めてもらった方が、計算をしやすいだろうな、と思っていた。
「どうして、そう思ったの?」
プランク定数というのは、普通 で、表され、ドイツ語読みだと、ハー、英語読みだと、エイチ、と読む。
光の振動数は、普通 で、表され、ギリシャ語で、ニュー、と読む。
「どうして、この記号って、決まってるの?」
こういうものは、ある程度慣習に従った方が、間違いが減るんだよ。
『ここで、この記号が出てきたら、やっぱり何か変だろ』
みたいにして、検算できるんだ。
そして、この時、振動数 の光の1つ分の粒、光子(こうし)の持つエネルギーが、 (ハーニューまたはエイチニュー)となるというのは、1905年のアインシュタインの光電効果の論文で、提唱されたことだ。
そう。3つあるって言ったでしょう。
「そうだったわね。2つ目まで、進んだのね」
さて、麻友さん。アインシュタインの有名な、 の式から、エネルギー が、分かれば、光の速さの2乗で割ることで、質量 が、分かるよね。
ところで、さっきから言ってるように、エネルギーは、 と、求められるんだよ。
「プランク定数と振動数が、求まればでしょう?」
振動数は、時間を測ることで、求まる。そして、時間は、セシウム133で秒が決定されているので、分かる。
ここで、麻友さんも言ってるように、最後にプランク定数が、決まれば、質量が定まる。
「一応、筋道は、見えたわ。でも、複雑怪奇ね」
これと、同じような、複雑なところを通って、アボガドロ定数を求めることで、質量を定めることもできる。
「基本は?」
炭素12の原子が、アボガドロ数と呼ばれるものすごく大きい数だけ集まったとき、12グラムになると、定義する。
「それで?」
実際に、そのものすごく大きいアボガドロ数というものを、本当に原子を数えて、決定する。
「それで、おしまい?」
そうだけど、お気に召さない?
「そんな簡単にできることを、100年以上、かかっちゃったの?」
簡単じゃないよ。原子の数、数えるって、1モルが、何個かって数えるんだよ。 個も数えるんだよ。
「それって、大変なことなんだ。だから、ニュースになるくらいなんだ」
それで、説明は、ほぼ終わりなんだけど、今回のニュースになった実験が、上の2つのどちらを用いているのか、私には、まだ、良く分からないんだ。
「太郎さんとしたことが、こんなに違うのに、どっちか分からないの?」
まだ、雑誌Newtonにも、雑誌日経サイエンス、にも、きちんとした記事が出ていなくて、インターネットの情報によると、プランク定数も、アボガドロ定数も、求めたみたいに書いてあって、麻友さんにいい加減なニュースを渡したくない私としては、『どっちか分かりません』というのを、結論にしようと思う。
「あらあら」
最後に、今から10年くらい前、あのグライダー部の親友と、X指定の親友に、それぞれ『もう少しでキログラムが決定されそうだ』というメールを送ったときの2人の反応を、面白いので書いておこう。
グライダー部の親友からは、
『1kgのフォトンを秤の上に載せるのは、難しいでしょうねえ』
X指定の親友からは、
『素粒子論では、 と置くので、プランク定数が決まった方がいいけど』
「これは、どういうことなの?」
私を含めて、3人とも、プランク定数を、決めて欲しいと思っていたということなんだ。
「うふふっ、似たもの同士なのね」
理論物理学者の多くが、同じように思ってるのかも知れない。
「それで、私の体重は、増えるの? 減るの?」
今回の実験では、1kgというものを、小数点以下8桁の精度で、決定したんだ。
だから、麻友さんの体重は、今までが43kgなら、42.99999999kgから、43.00000001kgの間のどこかには、多分なってる。
「でも、決め方からいって、体重そのものは、まったく変わらないわね」
ジムへ行って、高麗人参ジュース飲み続けなきゃいけない?
「その情報どこから得たの?」
アハハ、教えてあげない。バイバイ。
「その情報どこから??? またね」
現在2017年11月6日21時37分である。おしまい。