現在2018年7月14日20時20分である。
「太郎さん。何人集まったの?」
全部で16人だったね。
「来るはずだった人は、全員集まったの?」
いや、抜けられない学校行事があったり、遠すぎたりして、何人かは、来られなかった。
でも、恨むような、おばあちゃんではない。
「樹木葬って、言ってたけど」
うん。林のようなところに、大きな透明なガラスの板が、埋め込まれていて、そこに、100人くらいの名前と生没年月日が、刻まれていて、おばあちゃんの名前もあった。
弟が、
『1922年なんて、最年長だ』
と言った。確かに、1980年より若い人もいて、大正のおばあちゃんは、断トツだった。
「困ったことは、起こらなかった?」
暑かった、という点を除けば、ほとんど問題は、なかった。
「あっ、それで、日焼け止めと、サングラス?」
そういう単純なものじゃなくて、私の弟って、株式会社モンテパズプロダクツという会社の社長なんだけどね、その会社の主力商品が、サングラスなんだ。
「えっ、社長さん?」
社員は、奥さんと本人のふたりで、そろそろ忙しくなってきたから、新社員を雇おうか、とか言ってる。
「どんな、サングラスなの?」
『知らないうちに』の7ページで、麻友さんがかけてるみたいなのもある。
ちょっと見てみる?
「20個だけ?」
いや、本当は、zerrorh+(ゼロアールエイチプラス)というイタリアのメーカーのスポーツサングラスを大きく商っているんだけど、麻友さんアウトドア派ではないだろ。だから、ファッションサングラスを紹介したんだ。
「イタリアのサングラスって、アマゾンか何かで買って、売ってるの?」
冗談じゃないよ。弟は、お兄ちゃんと違って、行動派なんだよ。本当に、イタリアへ飛行機で行って、英語で商談をまとめて、買ってくるんだよ。
「すごい、すごい。なんか、最近、太郎さんが、見劣りしてきたわ」
うん。それくらい、冷静に、私を、審査しなきゃ。熱に浮かれて結婚しちゃった、じゃ、駄目だからね。
「ちょっと待って、モンテパズプロダクツ? どういう意味なの?」
『Monte-Paz products』の『Monte』は、イタリア語で『山』。つまり、『パズ山』という意味なんだ。
「『Paz』は?」
Philosophy(哲学,思想)
Ability(能力,才能)
Zeal(熱意,熱心さ)
の頭文字から成っていて、さらに、ポルトガル語で、『Paz』とは、平和を意味するんだって。
「うわー、会社名だけでも、そんなに考えて作ってあるのね。太郎さん、協力したの?」
いや、弟と弟のお嫁さんとで、全部やってる。私は、まったく手伝ってない。
「弟さん。えらい! 結婚してなかったら、私がお嫁に行きたかったわ」
井上芳雄さんといい、麻友さんちょっと出遅れたね。
「太郎さん。早く、『大公』トリオのデートに連れてってよ。そしたら、モーツァルトが、始まるのに~」
モーツァルトに期待してるんだなあ。どこから、始めよう。
「モンテパズプロダクツは、分かったわ。ちょっと、検索してみましょう」
ポン、ポン。
「あれっ、なんか、ウィルスバスターが、安全を確認できないみたいで、グレー表示になってるわよ」
うん。私も、調べたけど、どうも、弟たち、ふたりで会社のこと全部やってて、ホームページも自分たちで作ってるんだけど、リンクが切れたのなんかをほったらかしにしてるから、警告が出ちゃったみたいなんだ。
気持ち悪かったら、Googleで、検索して、警告の出てない、『ヤマレコ』というページから入って、『Monte-Paz Products 公式サイト』というのの下のリンクをタッチすればいい。
「これが、公式サイト。それで、どこを見て欲しいの?」
『注目アイテム』の下の『詳しくはこちら』を、見てあげて。
「この辺を、タッチすればいいの?」
そう。
「和ハッカとか、ヘルメットとか、あ、You-tubeが」
それ、弟だよ。
「太郎さんより、ずっといいじゃない。私、貧乏くじ引いたわ」
それでね、上から2つめのYou-tubeで、『アウトドア用日焼け止め』というの宣伝してるでしょ。
「4分も、聞いてられない」
いや、最初だけ、聞いてごらん。
「最初だけよ」
スピーカー「こんにちわ・・・」
「ああ、日焼け止めって、普通は、液体よね。固形なのか・・・」
まあ、今日は、これで、宣伝はおしまい。
「サングラスは、普通に買うのとどう違うの?」
うんとおしゃれにこだわっても、そのサングラスを、度入りにできることだね。
「度入りって?」
麻友さん、目悪いだろ。ちゃんと麻友さんの目にあった度のめがねを、弟が用意してくれるってこと。
「弟さんが、めがねのレンズも削るの?」
弟は、営業だから、そこまでは、タッチしないけど、大学卒業以来、ずっとこのアウトドア業界でたたき上げなんだから、信じられるよ。
ファッションのセンスも、私より良いから、大丈夫だし、いや、麻友さんが、おしゃれにこだわるんなら、特注のサングラスを、注文したら?
「太郎さん、これだけじゃないでしょう」
どういう意味だい?
「まだ、話すことを、用意してるでしょう」
気付いてるな。じゃあ、しょうがない。
この弟のサングラスを紹介するに当たって、麻友さんのプロダクション尾木さんと、ライバル関係になってたりしないかな、と色々、調べたんだよ。
「うんうん」
それで、分かったんだけど、プロダクション尾木の代表取締役社長尾木徹さんという人、慶応なんだね。
「今頃、気付いてるし」
私、最初、うちは、父も母も慶応だから、仲良くできるな、なんて思ってたけど、大変なことになったね。
「遅いわよ」
麻友さんが、以前に、『爽快に学歴を語ってくれる人』、なんて言ったくらいに、無茶苦茶言ってるからね。
そこまでくると、あれっ? と、気付かないでもない。
「何に?」
『アメリ』で、なぜ、麻友さんでなく、周囲が、数学の話ばかりしたか。
「どういうこと?」
麻友さんでなく、周囲の人の方が、麻友さんと私の間を取り持ってくれようと、心を砕いてくれているのかな? ってね。
「そうよ。太郎さんは、貧乏くじなのよ。実力もないくせに、『慶応大学という二流の大学』なんて、言ってる、どうしようもない人。私に、大学なんて行ってもなんにもならない、と思わせた張本人よ」
どこの大学出たか、なんて、本当は、その人の実力を測る上で、役に立たないのは、私がある意味一番分かっている。
こんな入学試験をしたらどうだろうといった人がいた。
『目の輝き度』試験。
あの受験戦争をくぐり抜けてなお、キラキラ目を輝かせて、入ってこられる学生。
麻友さんが生まれる3年前の4月、27年前だね。
大学の2年生の何人かが、新入生向けに、『研究室を訪問しませんか』と、掲示板に小さな張り紙をした。
その張り紙を読んで、所定の時間に行った1年生は、私だけだったのだ。理学部の新入生320人くらいのなかで、私は確かに、キラッキラッに目を輝かせていた。
その2年生たちが、地質学の研究室に連れて行ってくれた。
そこの教授が、よくきたよくきた、と言ってもてなしてくれて、
『岩石とか石炭みたいなものを、調べているだけで、今から何億年も前のことが分かるんだから、科学は面白いよな。私は、そう思うぞ』
と、話してくれた。
その時から、私は、大言壮語しているように見られる人だったのだ。
なぜかというと、その時私は、1,2年生だけでなく、3,4年生の時間割も手に入れていて、『一般相対論』が、4年生の後期にひとコマあるだけなのを、知っていた。
一般相対性理論の重要さを知っていた私は、なぜ半期分なのだろう。もっと、授業があってしかるべきなのに、と思っていた。
それで、
『京都大学の理学部は、これだけしか科目がないのですか?』
と、その教授に、質問したのだ。
先生は、
「えぇっ、まあなぁ。天下に冠たる京都大学でも、これだけしか、ないんだから、しけてるよなあ、アハハ」
と、笑ったが、私に意味が分かったのは、3年後だった。
「どういうことだったの?」
私が、相対性理論ばかり見てたから、いけなかったんだ。
この世の中には、色んな科学があるし、一般相対性理論は、ある意味、古典論と呼ばれる古い理論で、今、理学部の人間が、一所懸命取り組んでいたのは、量子論であり、だから、量子論の授業は、たくさんあったのだ。
「その、地質学というのは、古典論なの? 量子論なの?」
古典論とか量子論とか言ってるのは、物理学での話でしょう。地質学というのは、そんな分類とは、全く関係ない。麻友さん。大学なんて行ってもなんにもならない。なんて、思わせてしまったのは、本当に申し訳ない。機会があったら、ぜひ大学へ行ってみるといい。日本の大学でなくてもいいよ。ドイツは、外国人にも奨学金が全額出るなんて報道されちゃったから、競争率上がってるけど、フランスだっていい。アメリカだっていい。
私の放送大学の数学の先生の言葉で、
『画家が、パリへ行くのは、かっこつけるためだけじゃないと思うよ』
というものがある。
麻友さんなりに、解釈してね。
「太郎さん。尾木徹社長のこと、どうするのよ」
尾木さんも、慶応大学に、目をキラキラさせて入った過去があるなら、そのうち、麻友さんのことも許してくれるよ。
「太郎さんの観測って、結構甘いのよね」
でも、私が、こうなるんじゃないかな、と言ったことは、不思議と当たるだろう。
「うーん」
さあ、もう本当に、これ以上は、話すことないよ。
「太郎さんって、本当に捨てるには惜しい貧乏くじなのよね」
おやすみ。
「おやすみ」
現在2018年7月14日23時20分である。