相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

私の憧れの人

 現在2007年11月24日7時31分である。


 前回2007年11月19日の投稿で、

「マーヴェリックのようになるのだ。」

なんて書いたが、私は、「トップガン」のマーヴェリックのような人格の人になりたいわけではない。

 今日は、私があんな人になりたいと、憧れている人の話でも書こう。

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 あらかじめ、写真でも入れておこう。その方が、検索する時、楽だ。

 まず、当然のことながら、憧れている数学者。

 それは、カール・フリードリッヒ・ガウスでも、レオンハルトオイラーでもない。

 私の憧れは、ノルウェーの田舎から、その才能だけで、自分の存在を世界にはっきりと示した、ニールス・ヘンリック・アーベルである。

 彼は、弟の学費まで稼いであげていた、というほどの親孝行な息子だったが、一方で、友人からの賭けポーカーの誘いを断ったためしは一度もなかった、という微笑ましいエピソードもあり、人間的に、非常に魅力的な人物なのだ。

 しかも、数学辞典で彼の項を引くと、

「その論文は自然な着想が流露していて読みやすい。」

とあり、学者としてのモラルの点でも、尊敬に値する立派な人だったことが窺える。

 もちろん、アーベルの名は、

ミンコフスキー空間で、アーベル群U(1)をゲージ場とする場は、真空中の電磁場である。」

というような使われ方をするので、物理学者にも広く知れ渡っている。

 そもそも、アーベル群という名は、彼が代数的に可解な方程式を探す過程で、アーベル方程式というものに辿り着き、後のガロアの仕事によって、

「アーベル方程式とは、その方程式ガロア群が、可換群であるもののことである。」

ということが分かったために、可換群は、アーベル群と呼ばれるようになったのである。

 アーベルには、この他にも、楕円関数や、無限級数などにも、彼の名を冠した定理や予想があり、19世紀の最も優れた数学者の1人であったことは、誰も疑うものがない。

 私は、まだ彼の論文を読んだことはないが、高校1年の時、横浜翠嵐高校の図書室で、「代数学辞典 上」(聖文社 1972年刊)の巻末の「代数学小史」で、その功績を知って以来、ずっと尊敬し憧れている。

「数学者となるならば、アーベルのようになりたい。」

というのが、私の夢である。

 

 次に、憧れている物理学者。

 「物理学の良心」と言われた、ウォルフガング・エルンスト・パウリのことも尊敬しているが、私が1番憧れているのは、レフ・ダヴィッドウィッチ・ランダウ(エリ・デ・ランダウともいう)である。

 自由奔放に生きたリチャード・フィリップス・ファインマンも悪くはないが、ファインマンには、MITの数学科時代に学科長のところへ行って、

「より高度な数学を教えるためでないなら、高度な数学の使い道とは、いったい何なのですか?」

と質問し、

「そんな質問をする人は、数学をやるべきじゃないね」

と言われた、という過去があるのである。

 私だったら、もちろんそんな質問はしない。私は、数学そのものが大好きであり、物理への応用や、学生に教えるためでなくとも、喜んで数学の勉強をするからだ。私には、数学そのものの面白さが分かるのである。

 その点、数学大好きな物理学者が、ランダウなのだ。

 彼の有名な理論物理学教程は、私には、ブルバキが「数学原論」でやろうとしたことを、物理の分野で成し遂げようとしたもののように思える。

 変分原理の説明をし、そこからあらゆる物理学を導こうとする、公理的なやり方。これこそ数学的物理学である。

 また彼は、理論ミニマムという自分で考え出した基準を持っていて、彼に電話して、ミニマムの試験を受けたい、と一言言えば、1対1で、次々に難しい理論物理学の問題を出してくれて、及第すれば、彼の正規の弟子になることが出来、彼の手帳に名前が刻まれる、という後進の指導にも積極的だった、という面もあるのだ。

 現在では、数理物理学という分野が大きく発展したが、私は、数理物理学者になりたいのである。

 物理学者になるなら、ランダウのようになりたい。それが私の夢である。

 

 次に、どんな人生を送りたいか、という点で憧れている人がいる。それは、あの有名なスポーツカー、ポルシェの産みの親、フェルディナント・ポルシェである。

 彼は、車を設計して、テスト走行させる時、ちょっとでも気になる部分があると、すぐに、

「もう一度改良して、すぐ次のテスト走行をしよう。」

と、疲れを知らない、開発魂を持っていたという。

 そして、ここが私の気に入っているところなのだが、年取ったポルシェが、車に乗せてもらって、町を走っている時、いつも、対向して走ってくる車を見て、

「ああ、あの車も、私の開発したエンジンを積んでいる。あの車も私の設計だ。あの車にも、私の発明した技術が使われている。」

と、つぶやいていたというのである。

 私の人生も、年取ってから町を歩く時、

「あの飛行機が飛ぶ原理も私が発見したものだ。あの自動車の走行原理も、私が発見した理論に基づいている。あの電灯が光るのも、私の発見による技術のお陰だ。」

と、つぶやけるような、そんな老後を送れる人生であって欲しいと思っているのだ。

 そういう意味で、私は、ポルシェという人の人生を目標にしている。

 

 最後に、どんな人間になりたいかで、憧れている小説中の人物を挙げよう。それは、田中芳樹著「銀河英雄伝説」に登場するジークフリード・キルヒアイスである。

 

銀河英雄伝説1 黎明篇

 

 あの長編小説の中で、最も賢く、また、最も強い、英雄として描かれているのは、もちろんラインハルト・フォン・ローエングラムではなく、また、ヤン・ウェンリーでもない。

 物語の最初の1/4で、死んでしまうが、ジークフリード・キルヒアイスこそ、あの中で最も賢く、強く、人間としても素晴らしい武将として、描かれているのだ。

 絶対負けない敵の武将であり、自分がこの人と戦ったら勝てないかも知れないと気付いている、ヤンのことを、キルヒアイスは高く買い、

ヤン・ウェンリーという人は、いつも恐ろしく自然体です。どんなに不利な状態からでも、必ず逆転できるという自信があるのかも知れません。」

と、ラインハルトに報告する部分がある。

 そして、最終的にはビッテンフェルトの失敗のために、ラインハルトがヤンに敗れる戦い(アムリッツァ星域会戦)において、ヤンをギリギリまで追い詰めるのが、キルヒアイスなのである。

 アニメ化された映像の方では、キルヒアイスの追撃に気付いたヤンが、少しでもその足を鈍らせようと、通った後に機雷を仕掛けていくところがある。

 だが、そのトリックをキルヒアイスは、

「やっぱりそうでしたね。」

と言って、軽々と見抜き、砲撃で機雷を全部一掃してしまう。

 キルヒアイスの速すぎる追撃に、何でもお見通しのはずのヤンが、

「もう!?」

と、慌てる場面がある。

 キルヒアイスの賢さが、ヤンを上まわっていることを示す一瞬である。

 あの長編小説の中で、早めに殺したからこそ、嫌みにならないのだが、キルヒアイスを描く田中芳樹の筆は、他の誰を描く時よりも、熱がこもっている。ほとんど完璧な人間として描いているのだ。

 アンネローゼ様への恋の描き方も、暖かいの一言に尽きる。

 私の憧れの生き方をした人、というのは、現実の社会にはいない。唯一、小説のなかのジークフリード・キルヒアイスだけが、私のお手本である。

 ひととして生きていく時、私はいつもキルヒアイスのような生き方をしたいと、思っているのだ。

 この投稿を読んで、キルヒアイスとはどんな人か、と興味を持った人には、まず、レンタル・ヴィデオで,

銀河英雄伝説外伝 わが征く(ゆく)は星の大海』

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を観て、それから、小説の方を読み、最後に全アニメを見ることをお勧めする。お互い補い合って、一人の人物像が見えてくるのである。

 これで、私の憧れの人の話はおしまいである。

 最後に、キルヒアイスの写真を入れて終わりにしよう。

 現在2007年11月24日15時15分である。おしまい。

 

銀河英雄伝説外伝 汚名 [DVD]

 

 

2012年2月21日17時20分少し改訂した。

 

 注記

 これを投稿してから7年以上経った。最近の若い人は、『銀河英雄伝説』を知らないようである。一応書いておくと、この小説をアニメ化するとき、『わが征くは星の大海』が最初に発表された。そして、それを前提として、後のアニメが作られた。だから、『スターウォーズ』を観るとき、エピソード4から観ないと話が分からないのと同じように、外伝に位置づけられてしまっているが、『わが征くは星の大海』から観ないと、話が分からないのである。

 それから、キルヒアイスについて。

 私のフェラーリの親友が、ヤン・ウェンリーのファンなのだが、私のこの投稿を読んで、

「あの一回の対決で、ヤンよりキルヒアイスの方が賢いとするのは,大域的な見方になっていない。」

と批判してきたので、その後に分かったことを書いておく。田中芳樹はあの小説をリヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指輪』を意識して書いている。ラインハルトの乗る美しい戦艦は、ブリュンヒルトと名付けられているのだが、『指輪』のヒロインは、ブリュンヒルデである。また、帝国軍の戦闘機はワルキューレと名付けられているのだが、多くの人が知っているように、『ワルキューレの空間騎行』という『指輪』の中の曲は分かりやすい。そして、ここが重要なのだが、『指輪』の主人公は、ジークフリードなのである。

 恐らく田中芳樹の頭の中には、途中で殺すが、最後まで皆の心の中に蘇らせる英雄として、ジークフリード・キルヒアイスを描いたのだろう。

 補足しておくと、ワーグナーは、その楽劇の構想を北欧の神話を元に作った。だから、それらの名前は、ワーグナーの『指輪』からというより、『ニーベルンゲンの歌』という英雄叙事詩から取ったのかも知れない。

 いずれにせよ、ジークフリードが、特別な意味を持っているのは、確かなのである。

 これで、注記を終わることにする。

 

 現在2015年1月24日12時21分である。おしまい。