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相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

我が父に捧ぐ7

 第7章 賢くなかったということ

 

 私は、小さい時から、疑ったことに関しては、実験してきた。

 

例えば、

 

「歯を磨かなければ、虫歯になりますよ。」

 

と、教われば、本当かどうか確かめるため、3年間歯を磨かなかったということもあった。

 

 これは本当のことで、そのために私の歯は、虫歯だらけである。

 

また、

 

「植物に油がかかると枯れてしまうのよ。」

 

と、教われば、庭の植木にミシン油をたらしてみて、本当に枯れたので、納得したこともあった。

 

 だが、これを見て、私がいつも、すぐ実験を始める人間だと思ったら大間違いだ。

 

 私は、何らかの理論がある時、それを確かめるために実験するのだ。

 

 何の予想もなく、ただ、とりあえず実験してみましょう。ということを私はしない。

 

 そして、男女の最後の一線を越えた時どうなるのか、ということに対し、誰に聞いても、満足に答えてもらえず、文献を読んでも、今ひとつ何か触れてはいけないものがあるように、書かれている。

 

 私は、私なりに、納得行くような理論を築いてから、実験をしたかった。

 

 これが、私が自分のやり方を貫いたということだった。

 

 こうして書いてきてみて、私には段々と世の中の仕組みが分かってきた。

 

 物理学において、真に新しいことを発見するのが難しいように、この人間世界でも、真に新しい生き方をする、というのは難しいのだろう。

 

 だから、私が、世の中の人がもっと自由にセックスできればいいのに、と、考えたということは、他の人も同じように考えるということなのだ。

 

 この部分が、私が賢くなかったということなのである。

 

 私が考えるようなことはもうみんな考えているのだ。

 

 ほとんどの男女が、結婚前に、色々遊んでいるのである。というか、この世の中で、普遍的に存在するものなんて、音楽と科学ぐらいのものなのである。

 

 絵画にも素晴らしいものがあるが、そこに描かれているものが、ある時代のものだったりして、完全に普遍的ではない。彫刻も、何かをかたどっているのだから、そのもののあった時代や地域が限定されてくる。

 

 私は漢詩が好きなので、いくつか暗唱しているが、文学というものは、基本的にその国に限定されてしまうものである。

 

 結局、いつの時代に、どの場所で、人に語ったり示したりしても、真実さを主張できるのは、音楽と科学だけなのである。

 

 音楽だって、ドイツ語の言い回しが曲に現れている、なんていう高級な話もあるが、さすがにそこまでは私には分からないので、音楽は普遍的であるとしよう。

 

 今私は、音楽や科学の話をしたいのではない。

 

 それらを除くと、この世界には本当に打ち込めるものはないのだ。ということが言いたい。つまり、この世界はつまらないことだらけの世界なのだ。

 

 そういう世界にあって、音楽にも、科学にも、興味のない人には、セックスくらいしか楽しいものがないのだ。

 

「あの人と楽しいひとときを過ごしたのよ。」

 

というようなことしか、楽しいことはないのだ。

 

 だから、結婚している人までが、セフレ(セックスフレンド)を求めたりしているのだ。

 

 分子生物学のあの女の人がどうだったかは分からないが、恐らく処女ではなかったのだろう。だから、私が送った、「愚者からの贈り物」は、事実を語っていたのだろう。

 

 何人もの男の人と寝ている人に、その人がそういう人だとはつゆ知らず、

 

「私と付き合う時は、私以外にも寝て欲しい人がいるんです。」

 

ということを上手く伝えられず、悩んだ愚か者からの贈り物だったのだ。

 

 だが、そんな風に、誰とでもセックスできる状態になっても、やっぱり、

 

「スキ」

 

という気持ちはどうしようもないものなのだ。私は大学時代、コンビニエンスストアでアルバイトをしていたので、普段だとちょっと買いづらいレディース・コミックというのを何冊か自分で買って、男性向けのエッチなマンガと比べたことがあった。

 

 男性向けの方は、女をセックスで虜にするという話が多いのに、女性向けの方では、一番好きだったのは彼だった、という話が圧倒的に多かった。女性にとって、一番好きだった人と結婚したかった。というのが一番の願いなのだろう。それが、マンガにも現れていた。一方の男性の方の意識の低さにはがっかりさせられる。

 

 ちょっと脱線してしまったが、女の人にとって本当に心から好きになる人というのは、そうは変わらないのだろう。だから私は、結婚というものをどう認めるべきか、悩んでしまう。子供が生まれた場合には、夫婦で育てなければならないだろうし、親が何人もいたら、子供は困ってしまう。

 

 だから、結婚している人を好きになってしまった場合、子供に分からないように、ソッとつきあうということになるのだろう。その辺の微妙なところが分からず、今の世の中の性は乱れてますね。などと言ったりすると、中途半端に真面目な人ということになるのだろう。

 

 いずれにせよ、35歳になるまで、その辺の微妙なところが分かっていなかった私は、「賢い」というのからはほど遠いのだろう。