現在2007年8月31日20時27分です。
今月の28日に「向田邦子の恋文」という本を読んだことを書いた。
その時、向田邦子が、立派な人だった、というようなことを多少書いたが、余り装飾をつけずにそのまま投稿した。
今日、私は通院日だったので、病院へ行き、その帰り、横浜でいつものごとくルミネの有隣堂へ寄った。
私が探していたのは、「ウミガメと少年」という絵本だった。
今年の長崎の原爆の日、NHKのテレヴィで、吉永小百合が、この絵本を朗読したCDが発売されている、ということを知り、もうちょっとその絵本を見てみたくなったのだった。
有隣堂は5階にあるのだが、帰りに4階にも少し本が置いてあることを知った。
5階の有隣堂で「ウミガメと少年」が、見つからなかったので、こっちにはあるかな? なんていう思いからその店に入った。
入ってみてびっくりした。そこの本やぬいぐるみには一つ一つ、もの凄くたくさんの説明書きが書かれているのだ。
それに、置いてある本も少し変わっていて、吉行淳之介の本があるかと思うと、開高健の本があったりする。
今話題のものが並んでいるのかなあ、なんて思いながら店を見ていって、面白いものを見つけた。
まず見つけたのは、向田邦子の「思い出トランプ」だった。これがあるということは、このあたりは、向田邦子特集なのかな、と思って見回すと、確かに、「向田邦子の恋文」も文庫のものがあった。私が読んだのは、単行本の方だったので、文庫にするとこうなるのか、なんて思ってみているうちに、そばに新聞の切り抜きがあった。
確か今年の3月7日前後のものだったようなのだが、向田邦子の好きだったレコードが、CDで復刻された。というようなことが書かれていた。
どういうことなのだろう、と思って良く読んでみると、向田邦子が、クロワッサンという雑誌に載せた随筆に、
「水羊羹を食べる時のミュージックは、ミリー・ヴァーノンの(スプリング・イズ・ヒア)が一番合うように思います。」
という一節があるそうなのである。この歌手自体はそれほど有名な歌手ではないそうなのだが、向田邦子がこれを書いたばっかりに日本では、このレコードが、一部で大評判になり、中古レコードも、値段が暴騰したのだそうだ。
そこまで読んでから、よしこのCDを買おうと思った。お金はほとんど持っていなかった。そもそも、病院と薬屋さんで、ほとんど使ってしまっていたのだ。銀行にも2000円あるかないかだった。
しかし、今までの私の経験から言って、
「こういうものは見つけた時買わないと、すぐになくなってしまい、後では探しようがない。」
ということが分かっていた。だから敢えて、駅の反対側にある、銀行まで行ってお金をおろし、やっと買ってきた。もちろん、わずかに残ったお金で、帰りにシャトレーゼによって、水羊羹も買ってきた。
そして、CDを開封し、スプリング・イズ・ヒアを聴きながら、水羊羹を食べた。
こんな贅沢をしたのは久しぶりだ。AmandaのCDを買って以来CDは買っていなかったから、それ以来だと思う。
「向田邦子という人に恋をしたんだな」
と、帰り道思った。死んだ人や、有名人ならば、恋をするのも気楽で良い。もう死んでしまった多くの女の人に私は恋をしている。
ジャンヌ・ダルク シモーヌ・ド・ボーヴォワール マザー・テレサ
日本人では
などにも、それぞれの仕方で惹かれている。
NHKのクローズアップ現代の国谷(くにや)さんも素敵だな、などと、以前から憧れている。
向田邦子も、その中に一つの居場所を占めたようである。
こんなにどんどん素敵な女性に惹かれていたら、現実の女性に出会った時、欠点ばかり見えてしまいそうだが、私はその辺のバランスは最近ではうまく取れるようになった。
というより、好きになってしまえば、難しいこと抜きで好きでいられるのだ。
結局「ウミガメと少年」は、見つけられず帰ってきたのだが、そのうち見つけるつもりである。
今日も、向田邦子のどんなところに惹かれたのか、書かなかったが、私は本当に単純なところからその人を好きになるのである。
好きになるのには、本当は、理由なんてほとんど無いものである。
ただ一言、
「恋しちゃった。」
そういった日から、その女性を好きになるのである。
今日は、上手くまとまらなかったが、ここまで。
現在2007年8月31日22時06分です。おしまい。