相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

ホームにて

 現在2007年6月25日3時58分です。

 「ホームにて」

 中島みゆきの歌である。誕生、時代、二隻の舟、歌姫、最後の女神、といった彼女の最高傑作の一群に含まれる歌ではない。もの凄く素晴らしい歌というわけではないのだ。

 だが、今日から、私にとっては忘れられない歌になった。

 この歌は、中島みゆきのシングルレコードとして、最初に日本での売り上げNo.1となった、「わかれうた」のB面に入っていた曲だ。目立つ曲ではない。

 だが、故郷の遠い人達にとって、自分の心を重ねられる歌として、根強い人気を持っていたという。

Singles

 なぜその歌が、私にとって特別のものになったのか。

 私は昨日の晩、ふとこの歌が聴きたくなって、Singlesというアルバムの3枚目に入っているこの歌をかけた。

「いい歌だよなあ。」

と、思いつつ、その後、今後の物理や数学の勉強の仕方について、考え始めた。

 確かに、教科書を全文写すというのは、良い勉強法である。相当難しい本でも、ギャップをしっかり埋めて行かれるので、この方法を、私は、かなり以前から使用している。

 だが、私の残りの人生を考えたとき、果たしてこれで良いのだろうか、と思った。

 今35歳。残りの人生は、35年ほどである。その間に、私は持っている本のどこまで読めるだろう。新しい発見に出会えるだろうか。

 そう考えていて、全文写しをしている限り、これらの本を読破し、さらにその先に進むことは無理のように思えてきた。

 なんとかして、もっとスピードを上げて数学の本を読むことは出来ないものか。

 数学の本で、書かれていることが分かったのならば、何もそれをノートに書かなくても良いのではないか。

 一番大切なことは、本に書かれている計算を、実際にやってみて、本当に正しいかどうか確かめることだ。

 しかし、これをきちんと実行するのは、非常に大変なことである。全文写しをしているときならば、嫌でも計算を写すことになる。ところが、全文写しをしていないときには、計算だけを追いかけるというのは、よっぽど気を使っていないと出来ない。

 かなり進んでしまってから、

「あれっ!分からなくなっちゃった。」

ということになるのだ。

 数学を高いレヴェルまで勉強したことのある人なら、こういうことの経験は、きっとあることと思う。

 それが嫌で、私は高いレヴェルの本をまだ読まずにいる。

 しかし、これで良いのか。

 やっぱり、計算だけをきちんとしながら、場合によっては、具体例を自分で作りながら、数学の高いレヴェルの本を読む。ということをしなければならないのではないか。

 昨晩徹夜をして悩んだあげく、昨日の朝、私は結論が出ないまま、布団に入った。

 目が覚めたとき、もう22時55分になっていた。

 私の頭の中には、

♪ネオンライトでは 燃やせない ふるさと行きの乗車券

という、「ホームにて」の歌詞が流れていた。そして私は、決心した。数学や物理の本をもっとどんどん読んでいこうと。

 大変であることは分かっているが、全文写しはせず、計算はきちんとやり、ギャップは埋め、具体例を作りながら、どんどん難しい本を読んでいこうと。

 なぜこの決心をしたとき、「ホームにて」の歌詞が頭に流れていたのかは分からない。

 だが、私にとって、この重大な決心をしたとき、この歌が背中を押してくれたのは事実である。

 私にとって、忘れられない歌になった。

 暗い、数学の道を一歩一歩進んで行っているとき、遙か彼方から差してきた、一条の光である。この光の方向に進んでいこう。

 これ以上書くことはない。今日はここまで。

 現在2007年6月25日4時44分です。おしまい。