相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

世界標準を目指す覚悟

 現在2006年5月5日0時21分です。

 私は、齋藤正彦先生からのお手紙をもらって以来、もっと自分に厳しくしなければ、と感じていました。

 どうしたら、世界標準の超一流の物理学者になれるのだろう。

 そんなことを考えていた2006年4月27日、インターネットで、「中島さち子」さんという人のことを調べてみた。

 フェリス女学院高校の3年の時から、「数学のたのしみ」に投稿していて、数学オリンピックでも、女性で世界一位だった。

 当然私は、いつも気にかけていたのだが、その後どうなったか知らなかった。

 Yahoo Japan で調べてみてびっくり、3歳の時から、作曲も習っていて、今では、ジャズピアニストになっているという。

 自分の唯一得意な物理学と数学においてさえ、世界標準に達していない私に対し、数学でも音楽でも、一線に立っている人がいるのだ。

 

 私はこのブログの名前を、最初、

ブルバキを読んで一般相対性理論を制覇しよう!

としていた。本当にブルバキを買ってきて、読み始めてもいたのだ。だが、ブルバキを読んでいても、放送大学の卒業研究で、何も出来そうにない、という理由で、挫折していた。

 

 数学の世界標準は古くなったとはいえ、やっぱりブルバキである。物理学の世界標準が古くなったとはいえ、やっぱりランダウ・リフシッツであるように。学問の基礎というものは、そんなに変わらないものだ。

 

ブルバキ―数学者達の秘密結社 (シュプリンガー数学クラブ)

ブルバキ―数学者達の秘密結社 (シュプリンガー数学クラブ)

 

 

 

そんなわけで、私は、またブルバキを読み始めることにした。もちろん、私の言うブルバキというのは、「数学原論」の方であり、「数学者達の秘密結社」のことではない。

 

Theorie des Ensembles (Elements de Mathematique)

Theorie des Ensembles (Elements de Mathematique)

 

 

 

 

 今私は本気なので、読んだところの解説などをブログ上で公開するほど余裕がない。どこまで読んだか、どんなことが書いてあったか、だけ、携帯から送ることにしよう。

 

 私はまず、5時に起きて、シャワーを浴び、食事をする。5時に起きるというのは、あの小澤征爾が毎朝どんなに眠くても、5時に起き、譜読みをするというのを聞いて以来、自分もそうならねば、と思っていたからである。

 6時から8時半までの2時間半、前橋汀子さんのバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ全集を聴きながら、「超積と超準解析」を写しながら、ギャップを埋めていく。これだけでくたくたになる。

 会社では無難に過ごし、18時に帰ってくる。19時までかかって、食事を作る。勉強時間は19時半からである。

 スウィトナー指揮のモーツァルト交響曲第41番を聴きながら、岩波の理工系の基礎数学シリーズの微分積分を、式だけ写しながら、軽く流す。時間にして35分。

 最後にイッセルシュテットエロイカを聴きながら、ブルバキを全部写していく。時間にして48分。

 こうして21時に寝て、翌朝5時に起きるのに備えるのである。

 人間誰しもそうだろうが、私も、新しいことをこれ以上受け付けられない、という限界があるようで、一日に学べる量には限りがある。だから、継続することによってのみ、先が開ける。

 

 私としては、ブルバキが代数に入る前に、「数Ⅲ方式ガロアの理論」を読んでおきたいなどという思いもあるので、休みの日には、更に読む本は増える。

 

 もう放送大学卒業論文なんて、そんなに重要ではなくなった。自分をいかにしっかりとした物理学者にするか、に心血を注ごうと思った。

 物理の歴史上、アインシュタインは、どんな素人が見ても、ノーベル賞を取る人だった。私もまた、誰もノーベル賞を取ったとしても驚かないような、時代を超えた天才物理学者になることを目指そう。

 私なら出来るのだ。自信がある。時間はかかるかも知れないが、必ず天才達の高みに登っていこうと思う。

 目指すは「金鉄よりも久しきに耐えうる記念碑」を打ち立てることである。

 物理学はまだ終わっていない。私が総仕上げをするのか、それとも新しい世界の扉を開くのか、それは分からない。

 いずれにせよ、確かな数学の力の上に、それはなされるものであろう。私の人生を使って、数学を厳密に学ぶことが。物理の発展に大きく寄与するということの証明としよう。

 今後学ぶ人達が、厳密な数学をやることに喜びを見いだせるような、そんな素地を作りたいものである。数学を厳密に学ぶと言うことは、数学を恋人としているものにとって、もっとも数学と寄り添うことなのだ。

 恋人って良い言葉だね。いろんな雑念を超えて、それでも好き。ただ好き。という気持ちだけでつながっている関係なんだものね。

 多くの人にとって、数学が恋人のような存在になることを私は願っている。これは、絶対裏切らない、信仰のようなものなのだ。

 小学生に現代物理学を分からせる試み。そのためにどうしてもこのことが必要であるように思う。

 

 数学を理解したかったらどうしたらいいか。

 

 美しいものをいっぱい見たり聴いたり感じたりして、その感動を忘れずにいることである。数学とは本来それ自体が美しいものである。だから、美しいということに敏感になっていれば、それだけで数学が好きになる。好きになってしまえば、もう難しいことはないのだ。

 数学を好きになること。これが今後人類が困難に直面したとき、希望の光を与えてくれるものである。

 大げさなことを言っているようだが、数学のわかる人と、数学のわからない人との間には、救いようのない違いがあるのだ。

 小学生の時から、物理の応用を知って、数学の素晴らしさに目覚める子供が一人でも増えることを祈っている。

 現在2006年5月5日1時46分です。おしまい。