相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

我が愛しの諏訪内様

愛しの諏訪内様

 現在、2005年11月23日22時55分である。

 今日は、数学や物理の話はしない。

 以前にも何度か書いたが、私は、諏訪内晶子というヴァイオリニストの大ファンである。美人だから好きになったのだろう。と言われれば否定はしないが、美人なら誰でも好きになるわけではない。私の場合、多くの男性もそうであるように、美人だというと、それだけで、少し警戒してしまう。アレクサンドル・デュマの小説「三銃士」に登場するアトスとか、卑近な例では、ルパン三世に登場する次元とか、みんな、美人には厳しい。

 じゃあなんで、諏訪内さんは良いのかというと、彼女の自伝「ヴァイオリンと翔る」を読んで、彼女がなぜあそこまで成長できたのかを、垣間見ることが出来た、ということがあげられる。

 それ以外にも、中野 雄(なかの たけし)という人の、「丸山真男 音楽の対話」という本の中の、彼女に触れた部分などから、その凄さに魅了されたというのがある。

 今日は、その諏訪内さんの新しいアルバムが発売される日だったのである。内容は、バッハのヴァイオリン協奏曲集。バッハといえば、あの無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータを思い浮かべるが、もちろんバッハは、あの曲しか書いていないのではない。

 そんなわけで私は、今日秋葉原石丸電気まで、そのCDを買いに行ったのだ。なぜわざわざ秋葉原まで行かなければならないのかというと、石丸電気では、新しく発売になった、諏訪内さんのCDには、ポスターをつけてくれるからだ。そのポスターが、今日の最初の写真。

 前回のアルバム、「詩曲・ポエム」のポスターは、なんだか諏訪内さんが、幽霊みたいで、私は気に入っていなかったのだが、今回のは、自然な感じで気に入った。

 曲の方は、最初に「2つのヴァイオリンのための協奏曲」が入っている。私が小学校に入る前に、ヴァイオリンを習っていたことは前にも書いたが、その時、毎年6月になると、勉強会といって、渋谷の東邦生命ビルという33階建ての高層ビルの地下の東邦生命ホールというところで、ヴァイオリンの発表会をやっていた。そんなところを借りなければ、発表会が出来ないほど、弟子が多かったと言うことは、私の習っていた、K.Y.先生というのは、すごい先生だったのだと、今になって思う。

 その発表会で、小さい子供達が、発表を終えた後、もっと上手になった、大人の人達が、何人も集まって、この協奏曲を弾いていたのが、今でも耳に残っている。だから、2重協奏曲という意味の「ドッペル・コンチェルト」と呼ばれていたこの曲を聴くと、あの発表会を思い出すのである。

 あの発表会には、もう一つ思い出がある。子供達がヴァイオリンを弾くとき、ピアノの伴奏をしてくれる女の先生がいたのだ。一人は毎年来る、ヴェテランの年取った先生で、もう一人、弟子の若い先生を連れてくる。そして、二人で、ピアノの前に座って、一人は、楽譜をめくる係になって、伴奏してくれる。

 その時の若い女の先生が、とても美人だったのだ。私はリハーサルの時に会ったときから、好きになってしまって、最後の集合写真では、並んで、写真を撮ってもらった。

 そして翌年の6月にも、その先生が来てくれたので、とても嬉しかった。そんなわけで、毎年6月になると、その女の先生に伴奏をしてもらうのが、私の最大の楽しみになり、きっと今年もあの先生だよね。と、何日も前から楽しみにしているので、我が家では、その先生のことを、いつからか、「きっとあの先生」と呼ぶようになった。

 今では名前も忘れてしまったが、あれが私の初恋だった。

 

 諏訪内さんのCDで面白いのは、ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲が入っていることだ。バッハのヴァイオリン協奏曲集という時、普通、これは含まれない。「2つの・・・」と、「第1番」と、「第2番」だけである。

 オーボエのものまで含まれていたのは、私にとってはとても嬉しいことだった。オーボエの美しい音色は、私は大好きである。オーボエってどんな音色なの? という人は、例えば、ベートーヴェン交響曲第5番の第1楽章を聴いてみると良い。その真ん中あたりに、オーケストラが全部止まって、オーボエだけが、心地よい旋律を10秒間ほど披露するカデンツァがあるのだ。全部のオーケストラが、シーンとしている中で、一人であれを吹くのは、主席オーボエ奏者にとって、最高の醍醐味であろう。

 他にも、有名なヴィヴァルディの「四季」の含まれている、「和声と創意への試み」という協奏曲集で、第9番はオーボエ協奏曲になることがある。イ・ムジチのフェデリコ・アゴスティーニの演奏によるCDは、私が、大学1回生の時買って、耳にして以来私のお気に入りである。残念ながら、同じイ・ムジチでも、フェリックス・アーヨのCDでは、第9番も、アーヨが弾いてしまっているので、オーボエ協奏曲ではない。アゴスティーニのものに出会ってから13年くらいたって、去年アーヨの「和声と創意への試み」を買うことが出来たので、楽しみにして、聴いていったのだが、全部ヴァイオリンだけで、がっかりしたのを覚えている。やっぱりあそこは、オーボエ協奏曲にしなきゃね。

 諏訪内さんの演奏の良し悪しなどは、私には何とも言えない。これくらいうまい人の演奏になると、私などには、どれも皆上手だなー、美しいなー、これくらいにヴァイオリンが弾けたらいいのになー、という感想くらいしか、言葉に出来ない。とても、吉田秀和とか宇野功芳のように音楽を言葉で説明することは出来ない。

 だから演奏については何も書かないことにする。ただ、とても良かった、とだけ書いておこう。

 そんなわけで、今日は諏訪内晶子の新しいアルバムについて書いた。以前は、将来有名になって、諏訪内さんに結婚を申し込もう、なんて考えていたが、婦人公論の11月7日号とか、弦楽ファンの2号、とかで、インタビューに答えている、諏訪内さんを見ていて、こんな忙しい人と結婚したら、幸せにはなれないな、と現実的になった。やっぱり一般相対性理論の分かる、一緒に物理の研究を出来る、私にふさわしい女の人と出会って、結婚するのが、幸せになるということなのだろう。そんな女の人とめぐり合えることを願いつつ今日は終わりとする。

 2005年11月24日0時21分。おしまい。