相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

サウンド・オブ・ミュージックって知ってる?

 現在2005年9月28日22時53分です。

 

インスブルックよ、さようなら

インスブルックよ、さようなら

 

 

 前回、私の子供達を紹介したのだが、写真は一番最後に挿入されるのかと思ったら、トップに表示されてましたね。まあ、あれでも良いけど。

 E.T.のぬいぐるみがチャチという名前で、カメのぬいぐるみが、ルパンといいます。なぜチャチとルパンかというと、小学校3年の頃、私はモーリス・ルブランの怪盗ルパンに読みふけっていて、そのために、カメちゃんはアルセーヌ・ルパンというとんでもない名前になってしまったのです。

 ちなみに、当時読んでいた、ポプラ社の怪盗ルパンシリーズは、現在では、絶版のようです。確か30冊あったと思うけど、大人向けの文庫本ではそんなにたくさん訳書がないようです。

 「813」とか「奇岩城」とか「カリオストロ伯爵夫人」などの傑作はちゃんとあるようなので、「伯爵夫人の復讐」などを読むのでなければ、文庫本でも良いわけです。それに子供向けの本だと、カットされている部分もあったりしますしね。「伯爵夫人の復讐」は、名前は良かったけど、話は全然面白くなかった。せっかくカリオストロ伯爵夫人の復讐の話を書くのなら、もっと手に汗握る、大冒険にして欲しかったと、今でも残念に思っている。中島みゆきの最後の女神ではないが、「♪僕にはー、直せなかったー、今も夢の中でー泣いてるー」といったところです。

 ところで、怪盗ルパンは人を殺さないので有名ですが、「水晶の栓」を読むと、人を殺すところが出てきます。あの神話はどこから生まれたのやら。

 

 E.T.の方が、「チャチ」といういかにもチャチなおもちゃのような名前が付いているのには、わけがあります。正式な名前は、金鯱(キンシャチ)といいます。私が小学校4年生の頃、サボテンを栽培するのに凝ったことがありました。伊豆のシャボテン公園へ行き、サボテンの王様であるキンシャチの直径15cmくらいのを買ってきて、大事に育てていました。

 そんなわけで、E.T.を映画館で見て感動して、ぬいぐるみを買ってもらった私は、キンシャチ君とつけたのです。でもこの名前は長すぎたので、段々と

キンシャチ君→シャチ君→チャチ

となったのでした。

 小さい頃から、ぬいぐるみは数え切れないほど買ってもらいましたが、この二人だけは特別です。母は「ぬいぐるみは捨てられない」、と言って、今でも押し入れの奥の方に羊のチーちゃんとかうさぎちゃんとか紫色のカメのグレープちゃんとか、たくさんしまっているようですが、私は、その子達に少しだけ後ろ髪引かれる思いもありますが、もう今では全然かわいがってあげていません。

 

 ただし、チャチとルパンだけは、京都へ行くときも連れて行きましたし、今でも一緒です。多分もし結婚しても連れて行くでしょう。E.T.の方は、よく見ると、売られているものとちょっと違います。売られていたものは、青い目をしていたのです。それを私は、本物らしく、マジックで黒く塗り、白いマジックペンで、瞳を入れたのです。だからこの子達は、私には、よその家の子供達と混じってしまっても、すぐに見つけ出せる、特別の子供達なのです。

 

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 ぬいぐるみの話はこれくらいにしましょう。今日の写真は、今では、真空管なんて手にしたことのない人が多いのではないかと思い、先日実家へ帰ったときに、父と私で作ったアンプ用の大きな真空管の写真を撮ってきました。

 LUXKITというキットのアンプを作っている会社のパワーアンプ用の真空管です。そのアンプには、これが4本並びます。

 

 さて、現在聴いている音楽の話をしましょう。この話をしたかったのです。本当は!

 池袋のHMVで、廃盤になっています。と、冷たく言われて、アマゾン.co.jpで、注文して、今日届いたCD。

 それは、「インスブルックよ、さようなら/トラップ・ファミリー・シンガーズ」というCDです。1965年公開の20世紀FOXの映画「サウンド・オブ・ミュージック」のもとになった、本当のトラップ一家の1938年から1941年にかけてのレコーディングです。

 モノラル録音というから、さぞ音が悪いだろうなあと、覚悟していたのですが、かけてみてびっくり、確かにステレオではないから、音の左右の広がりはあまりないのかも知れませんが、コンピューターで作った音のように、本当に単一音源なのではなく、広がりのある空間から録音したものなので、ステレオでなくても、自然と、広がりが生まれるのです。音質もフルトヴェングラーが、1954年にベートーヴェンの第5交響曲ウィーン・フィルを振って録音したものくらいの出来映えで、決してマニア向けの限定品になるほど悪くありませんでした。十分一般の人がコレクションに加えることの出来る、一枚です。

 

 最初聴いたときは、サウンド・オブ・ミュージックのあのイメージがあったので、ちょっと静かすぎて迫力がないなあ、なんて思ったのですが、何度も聴いてみると、合唱のハーモニーの美しさ、天与の声質の良さ、厚みのある豊かな音量、など歌の力で、危機を乗り切ってきただけのことはあるなあと、感心させられました。

 

 私は、サウンド・オブ・ミュージックという映画を、今までに、10回以上見ています。最初に見たのは、幼稚園に入った頃で、父に連れられて、家族で、渋谷の駅のそばにあった、映画館で見たのでした。多分、2回目に、日本に来たときだったのでしょう。

 

 その後、テレビで放送されたときも、見ましたし、レーザーディスク・プレーヤーを買ったときも、「マイ・フェア・レディ」の次に父が買ったのは、サウンド・オブ・ミュージックでした。パソコンで、DVDが見られるようになると、父は、やっぱり、DVDを買いました。

 その買った、DVDを私は、英検1級を持っていて、一級翻訳士の資格も持っている友人の、M.F.君と字幕を消してみました。彼は初めて見たのでしたが、「ちょっと分からないところもあった。」なんて言ってましたが、ほとんど分かっていたようです。

 一方の私は、“I have confidence.”なんてマリアが歌うと、「コンフィデンスって自信だよね。」なんて言って、英語力のないのを未だに克服できていませんでしたが、でも、10回以上観た映画ですから、次に何て言うかまで分かっていました。

 字幕を消して観たサウンド・オブ・ミュージックは、映像に集中できて、ひと味違いました。

 父は、2枚組のプレミアム・エディッションのDVDを持ってますが、私は、特典ディスクなんて、一回観たらもう観ないので、本編ディスクだけを、安く買ってきて、今の自分の家にも、置いています。時々、あの歌達を聴きたくなるときもあるのです。

 サウンド・トラックも持っています。前回話した、SACDは、実はこのサウンド・トラックだったのです。念のために説明しておくと、SACDというのは、SuperAudioCDと言って、CDのPCMとは別の方式のDSDというディジタル信号で、記録してある、ディスクです。音質は、CDよりはるかに良いということになっていますが、現在の私のスピーカーで聴いても、違いは分かりません。将来、もっと素晴らしいアンプや、スピーカーを買ったときのために、CDとSACDの両方が発売されているときには、私はSACDの方を買います。ハイブリッドディスクといって、SACDでも、ほとんどが、二重構造になっていて、CDのPCM信号も記録されているので、CDプレーヤーでも、かけられるのです。私が持っている、SACDで、ハイブリッドディスクでないのは、五嶋みどりメンデルスゾーンブルッフの協奏曲の録音のみです。これだけは、私の持っている、DVDプレーヤー兼SACDプレーヤーでかけなければ音が出ません。

 

 ハイブリッドディスクだからといっても、CDの時2500円のものが2800円位になるだけなので、是非皆さんも、将来のことを考えて、より高音質で楽しめるように、SACDを買いましょう。

 

 さて話がそれましたが、サウンド・オブ・ミュージックのサウンド・トラックのハイブリッドディスクをコピーしてみたら、実はコピーできてしまったというのが、前回の驚いた内容だったのです。そのサウンド・トラックもあるのですが、私は時々、トラップ大佐が娘と歌う、エーデルワイスを聴きたくなったりするのです。そんなものは、サウンド・トラックには入ってないので、DVDをかけるしかないのです。

 そういえば、あのエーデルワイスという歌。てっきりオーストリアの国歌なんだと思っていたら、それはあの映画の創作だったのですよね。エーデルワイスという歌は、小学館ランダムハウス大英和辞典によると、1959年にリチャード・ロジャースが作曲した曲だそうです。映画は、1965年ですから、あの映画は、少なくとも6年かかって、作られているということですね。

 オーストリアの本当の国歌は、モーツァルトの作曲と言われていながら、本当のところは良く分かっていない、題名もない歌のようです。でもモーツァルトはオーストリアの生んだ最高の作曲家だから、やっぱり彼の作品にすべきなんですね。オーストリアだけでなく、音楽史上、モーツァルトに匹敵する作曲家は、ベートーヴェンをおいて他にいない。この二人は、漢詩の世界における李白(りはく)と杜甫(とほ)のようなものだ。天才肌の李白と努力型の杜甫。まさに、モーツァルトベートーヴェンと同じではないか。もしかすると、色々な分野に、この様に、ものすごい天才が二人ずついるのかも知れない。

 

 数学に目を向けると、オイラーガウスという二人の大天才がいる。そういうわけで、今日の数学を始めよう。

 

 前回第2章を読み終わったのだった。演習問題が残っていた。第1問。今話題に出た、ガウスの記号というものが出てくるが、ガウスというのは、こんな記号一個にしか名前をとどめていない数学者ではありません。およそガウスの関わらなかった数学の分野というものは、20世紀になってから生まれた、数学基礎論くらいなものなのではないでしょうか。とにかく、数学を学んでいって、ガウスの業績の多さに、そして深さに驚かされない人はいないでしょう。彼の言葉に、「科学の女王は、数学である。そして数学の女王は、整数論である。」というものがあります。整数論一般相対性理論には、余り関係ないので、今は学びませんが、整数論で活躍する、リーマンのゼータ関数などというものは、量子力学の、繰り込み理論などとも、関わっていて、物理をやっていく上でも、整数論はどうしても避けて通れないものです。整数論は、ある意味、入門しやすいですが、その奥は深く、とうてい人間が一生かかっても、極め尽くすことは出来ないものです。でも、その大宇宙に、いつか挑んでみたいものですね。

 私が昔図書館で借りて読んだ本で、今は絶版になっているのですが、シュプリンガー・フェアラークの出版していた本で、「集合論問題ゼミ」という本がありました。その第8章の見出しのところに、次のような言葉があったのを記憶しています。

 「よく聞け、地獄がある。よき宇宙の、その隣に、さあ行こう。」

整数論は、そんなものだと思って、一般相対性理論を制覇したら、その地獄に行ってみようではないですか。

 さて、小数点以下を全部切り捨ててしまって、整数にする関数なので、整数論において、大きな業績を残した、ガウスの記号という名前が付いているのだと思います。これのグラフは描けますね。もし分からなかったら、解答を見て納得してください。

 第2問。これは定義を見返して、思い出せ、という問題です。

 第3問。解答にあるようなやり方を思いつかない人は、

  1    1+y

x=―log―――――

  2    1-y

 

と書いて、yをxで表すことを考えましょう。

 

 2x   1+y

e  =――――――

      1-y

 

となるので、分母をはらって、yについて整理すると、

    2x

   e -1

y=―――――

      2x

   1+e

          

となり、分子分母をe  で割るとtanh x の式となります。

 第4問。(a)から(c)までは私は解けましたが、(d)は間違えました。(e)は第3章の微分の考え方を利用して解きました。

 (e)はこれが1になることを自然対数の底eの定義にしても良いものなので、問題で扱ってしまうほど、軽いものではないように思います。今解けなくても、この極限は、またお目にかかることがあるでしょうから、その時まで今日出会ったことを覚えていてください。

 

 第5問、第6問はε-δが分かっているかどうかのチェックです。今分からなくても、一応解答を写すくらいの努力はして、先に進みましょう。

 

 

 今日はここまで。次回から第3章。いよいよ微分です。

 

 

 サウンド・オブ・ミュージックの影響で、エーデルワイスをオーストリアの国歌と思いこんでいる人は多いようで、Yahoo Japan で エーデルワイス 国歌 とスペースで区切って、並べて入れて検索すると、いくつも引っかかってきます。その中に正しいことを述べているものもあり、良く読めば、事実が分かります。また、正しいオーストリアの国歌は、

オーストリア 国歌

と、スペースを入れて検索して、オーストリアの国旗・国歌というサイトを見れば分かります。訳文まで書いてあります。

 サウンド・オブ・ミュージックは子供から大人まで、幅広く楽しめる、素晴らしい映画です。私のブログも、少しでも年齢層が幅広く楽しめるものにしていきたいと思っています。

 先日、物理ブログ同盟というものに、参加し、リンクを張りました。活用してください。

 それでは現在2005年9月29日2時38分終わりにします。