相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

今日は中島みゆきの話でも。

 現在2005年8月29日22時45分です。
 前回ブログを更新してから、20日もたってしまいました。本当は少し手直しをして、ドイツでオーケストラのファゴット奏者になるための修行をしている、なつきさんという人のダイアリーにリンクを張りました。えっ? 彼女ができたの? と、早合点する人がいるといけないので、初めに書いておくと、AOLの毎月の配信メールに紹介されていたダイアリーを音楽に関係のあるものだったので、覗きに行って、面白そうなので、リンクを張らせてもらったと言うだけのことなんです。
 しっかしよくこれだけ毎日のように、ダイアリーを更新できるものだと、感心してしまいます。やっぱり異国にいて、寂しいというのも手伝っているのかも知れませんね。それにやっぱり学生だからかな。
 私も学生時代は、本当に時間がいっぱいあった。アルバイトもしていたけど、それでも、本を読む時間も、いくらでもあった。
 
 例えば、ファインマン物理学の第1巻で、「量子力学的な力で、距離の6乗に反比例する引力が働くのだが・・・」というような一文を読んで、そうか量子力学を勉強すれば、そういうものが出てくるんだな、と思い、第5巻の量子力学を第1ページから、1ページずつめくっていって、最後のページまで、rの6乗という式を探した、なんてこともあった。結局最後のページまで、そういうものは出てこなかった。この疑問が氷解したのは、グライナーの量子力学で、ファンデルワールス相互作用というものが、距離の6乗に反比例して働くということを読んだときだった。
 
 今でも、私は半分学生をやっているが、やっぱり17時半まで働いてきて、夕食を食べると、19時を過ぎる。その後に、放送大学の授業を見るか、数学の本を読むか、の選択をせざるを得ない。とても両方やれるほど、集中力は続かない。
 そんなわけだから、ブログの更新をするためには、その貴重な時間を割かなければならないのだ。とても毎日これを書いているわけにはいかない。
 
 さて今日の音楽だが、前回の文章にちょっと訂正を加えておく。先日実家に帰って、久しぶりに、ポール・モーリアのレコードを聴いてみたら、オリーブの首飾りは入ってなかった。代わりに入っていたのは、エーゲ海の真珠だった。もしポール・モーリアのファンが、このブログを読んで、おやっ? と思ったときのために、訂正しておく。
 
 今日は、中島みゆきの話をしよう。さっきからかけているのは、「中島みゆきライヴ!」というDVDだ。このDVDを買って、初めて、私は、5.1chのスピーカーで、5つのスピーカーから、5つの異なる音が出ているというのを実感できた。この分離のさせ方は、ちょっとやり過ぎの気もするが、せっかくサラウンドになっているのに、それを今まで余り実感として感じられなかった私としては、嬉しかった。
 本当は、自然に音に囲まれていて、後ろのスピーカーから音が出ているというのを、感じさせないのが、正しいサラウンドのあり方なのかも知れないけど・・・
 
 中島みゆきのDVDでは、これとそっくりの「中島みゆき歌姫LIVE in LA」という、2100円の安いDVDもあるのだが、こちらは、5.1chではない。注意しよう。私は、中島みゆきのファンでもあるので、両方持っているが・・・
 歌姫LIVEの方は、4935円の今かけているDVDほど出来映えは良くないので、視聴者のレビューなどで、酷評されていたが、私は、これも買って良かったと思っている。一つには、「銀の龍の背に乗って」という歌が、ドクター・コトーとかいうドラマの主題歌として使われていたのだそうだが、私は見たことがなかった。どんなドラマだったのだろうと思っていたら、このDVDで、銀の龍・・・の歌のバックに、その映像が映るのだ。お陰で、ほんの少しだが、コトーなるお医者さんの顔を見ることができた。
 もう一つ、このDVDには、「囁く雨(ささやくあめ)」という歌が入っていて、私はこのDVDで聴いて初めて、この歌のおもしろさが分かった。「ぶん殴ってしまえばと、やきもき雨がそそのかす♪」なんて、いかにも中島みゆきらしい歌詞のこの歌も私のお気に入りの一つだ。
 
 私が中島みゆきのファンになったのには、母の影響が大きいだろう。昔々、「家なき子」という、本当は同名の古典とは関係のない、ドラマがあった。「同情するなら金をくれ」と、安達祐実(あだち ゆみ)の言うのがトレードマークのようになっていた、やや下品なドラマだった。その主題歌が、「空と君のあいだに」という中島みゆきの歌で、ものすごいヒットを飛ばしていた。妹がレンタルのCDを借りてきて、カセットテープに入れて聴いていた。
 その頃から、私の母は、「この歌手の放り投げるように歌うところが好きだ。」と言っていた。
 その後、我が家では、「聖者の行進」というドラマを見たのだが、その主題歌の「糸」という歌を中島みゆきが歌っていた。途中から、「命の別名」という歌に変わったが、これも中島みゆきだった。私は、この頃から少しずつこの歌手に注目し始め、この2曲は、DATに録音して時々聴いていた。しかしまだファンと言うにはほど遠かった。
 
 それがファンと自認するようになったのは、NHKのプロジェクトXで「地上の星」を歌ってからだ。私は中古の「空と君のあいだに」のシングルCDを100円で見つけてきて、母にプレゼントすると共に、自分もMDに入れて、聴いていた。そして、地上の星のシングルCDが発売されると、早速買ってきて、そのMDに追加した。しばらくして、地上の星の入った、短篇集というアルバムが発売されるとこれを、マリーン・ルージュで、家族で食事をしながら行った、母の誕生日のプレゼントにした。もちろん私の方にも、MDを残した。
 この短篇集は我が家で、一世を風靡した。プロジェクトXを見ていたので、父までが自分で、このCDをかけていた。
 
 エリック・クラプトンとか、エンヤとか、私も良いとは思うが自分ではかけない歌を普段聴いている弟や、サザン・オールスターズとかZARDなどの、J-POPを守備範囲としている妹。ベートーヴェンの第九と、グスターヴ・ホルストの惑星の中の木星が好きな母、オーディオマニアで音が良いというと、すぐ聴きたがるので、コントラバスのゲーリー・カーだとか、ギターのナルシソ・イエペスだとか、はたまた、マリリン・モンローだとか、色々聴いているが、小学校中学校と、音楽は、頭だけで、優を取ってきた、と言えば分かるように、今ひとつ芸術としての音楽が分かっているのかどうか疑問の父。そして、英雄をこよなく愛する私。の5人が、全員このCDに関しては、好みが重なったのだ。これほど、我が家で愛されたCDは、いつか機会があったら紹介する、スタンド・バイ・ミーの入ったCDを除けば、他にない。
 
 このCDを境に、私は、中島みゆきの実力を認めた。「大吟醸」、「大銀幕」というベストアルバムを初めとして、今ではCDのアルバムだけで、16枚も持っている。
 まだあまり話してなかったが、私は諏訪内晶子というヴァイオリニストに注目していて、そのCDはほぼ全部持っているのだが、それでも12枚しかない。また、良く名前の出てくる、前橋汀子のCDも、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集を除けば、全部持っているのだが、それでも、14枚しかない。
 いかに私がこのアーティストを認めているか。中島みゆきの歌で、私の一番のお気に入りは、彼女が新しいアルバムを出すたびに変わる。これが最高だと思っていても、その後からもっと素晴らしいものを生み出してくれるのだ。
 
 現在は、新しく歌い直した、歌姫を気に入っている。セルフ・カヴァーであるが、寒水魚というアルバムに入っている、以前のものに比較し、いまのきもちというアルバムに入っている、今回のヴァージョンは、圧倒的に良くなっている。
 
 私は、いつも持ち歩いている、MP3プレーヤーに中島みゆきの歌を、2曲だけ入れている。ベートーヴェンは英雄だけ、モーツァルトは41番だけ、バッハは、無伴奏ヴァイオリン全曲だけ、という中で、その2曲は、私の特にお気に入りというわけだ。「歌姫」ともう1曲は、「二隻の舟(にそうのふね)」である。後者は、本当は、にせきのふねと読むのが日本語としては正しい。にそうと読ませたければ、二艘 と書かなければならない。
 どちらも、名曲である。これ以外にも、誕生、時代、最後の女神、旅人の詩、命の別名、Tell Me Sister、天使の階段、地上の星、と名曲が連なるのだが、この様なアーティストと、同時代に生きているというのは、幸せなことである。
 
 今日は、ベートーヴェンモーツァルトから離れて、現代の、シンガー・ソング・ライターの最高峰の一人に、光を当てた。
 
 さて、本題に入ろう。
 前回は、35ページで足踏みしていたのだった。オイラーの公式は、絶対に、公式として、丸覚えするなんて言う、もったいないことをしないように。これほど美しい公式を、使いに使い込んで、忘れたくても忘れられない、というくらいになれないようなら、数学をこれから学んでいっても、数学における美しさというものを理解することはあなたにはできないだろう。
 双曲線関数というものは、当分の間は、そういうものがあったな、と記憶の片隅にとどめておけばよい。
 36ページに進んで、y=coshxは懸垂線(けんすいせん)というものだと書いてある。鎖をつるしたときの曲線がこれであり、その下に、吊り橋を架けたときには、これが放物線になっていくということは、微分方程式が解けるようになってから、実際に計算してみよう。気の早い人のために、文献を紹介しておくと、戸田盛和著「一般力学30講」に記述がある。
 37ページに進んで、対数というものが出てくる。
(2.26)の式は、覚える必要がある。もっとも覚えるのはそんなに難しくない。logのaとxを下にあるものを下へ、上にあるものを上へ持って行って、新しい底について、logを取ればいいのだ。
 証明。
 
 log
──────── = y
 log
 
とおく。そうすると、
 logx = y*log
となる。
 右辺は
     
log
である。これを示すには、直観的には、
logab=loga+logb
となることより、
    
loga =n*loga
であるとして、理解できる。示すには、
     
loga =z
とおいて
        
    a =b
 
両辺のy乗根を取って、
 
         
         -
         
    a =b
もう一度対数を取って、
 
 
-=log
 
よって、
 
z=y*log
 
であることが分かる。これより、
 
              
 logx = log
となり、
 
       
 x = 
すなわち、
y=log
が証明されたことになる。logをどうやったら上下に分けられるだろうかと悩むのも無理ないが、この様に、逆に、右辺の方からお迎えに行くという証明法にも慣れて欲しい。
 私は断らなかったが、この本の、(2.26)よりも、私の証明した式の方が、強力である。底がeでなくても成り立つ式を証明したのだから。
 38ページに進んで、三角関数。今さら遅い。と言いたくなるような登場である。三角関数の公式は多いので、これで数学が嫌いになる人も多いが、本当に覚えなければならない公式は、僅かである。
 まず、三角関数のグラフの形はよーく覚えておくこと。それだけで、
     π
sin─ - x=cos x
     2
 
     π
cos─ - x=sin x
     2
 
などの公式は、覚えずともグラフから分かる。(2.33)も定義が分かっていれば、覚える必要がないことだろう。
 39ページの上の定義の図より、下の波のグラフを、
π
-きざみで、値を確かめながら、しっかりと書け
るようになっておこう。それだけで、公式の半分は覚えなくてすむ。
 40ページのタンジェントのグラフは、大体覚えておけばよい。(2.35)式は、co の付くのがsinの方と入れ替わるんだな、ということだけ覚えておくと良い。
 逆三角関数は、三角関数のグラフがきちんと頭に入っていれば、そんなに覚えることはない。こんなものをわざわざ書いてあるのは、多項式の割り算の形の関数。すなわち、有理関数の不定積分は、有理関数と対数関数と、arctanだけで、書き切れる。という定理があるためなのである。これについては、積分の章に進むまで、楽しみにしていて欲しい。厳密な証明を知りたい人は、今までにも何度も登場している、解析入門Iの第IV章定理6.3にいたる証明を読んで欲しい。
 そんなわけで、41ページが終わる。
 42ページでは、初等関数を超えて、ガンマ関数などのことがチラリと書いてある。初等関数という言葉の定義はあいまいだが、大体、今までに出てきた関数を、初等関数と呼ぶようである。しかし、代数関数のすべてが、初等的なものであると考えるのは、大間違いである。
 ところで私には疑問として残ることがある。三角関数は、楕円関数というものの最も簡単なものである。楕円関数は、代数函数の一部であると、解析入門IIの最後に書いてある。ところでオイラーの公式によれば、指数関数は、三角関数で表される。そうすると、指数関数は、代数関数ということになる。これはこの教科書の33ページに書いてあることと矛盾する。どちらを信じたらいいのだろう。複素変数まで考えるとき、指数関数は代数函数となる。のだろうか。
 この矛盾が生じた原因は、最初の、三角関数は楕円関数というものの最も簡単なものである。という見解に誤りがあったとするとはっきりする。確かに、振り子の運動を近似を用いずに解くと、楕円関数になる。そして第一近似を取ると三角関数である。だから、一見すると、三角関数は楕円関数の、最も簡単な場合、と思える。しかし実際にはそうではなく、三角関数は、楕円関数の一つのパラメーターの極限を取ったものになっていて、三角関数自体は、楕円関数ではないのだ。
 これは私にとっては、今気付いたことであり、今晩4時まで起きていて良かったことだ。ある意味私自身には、大発見だ。数学をきちんと勉強した人にとっては、当たり前だろうが、楕円関数は、2重周期関数であり、sinやcosは2πだけを周期に持つ、単一周期関数なのだ。三角関数は楕円関数ではない。というのは、私にとって、青天の霹靂であった。
 
 というわけで、感動したので、今日は、42ページで終わりとする。これでも7ページは進んだのだ。それに今日の話題は、大学2回生レヴェルであった。
 
 
 中島みゆきのように、自分で作曲ができる人はすごいと思う。しかし、数学を学んでいくと、今日のように、自分で感動を生み出すこともできる。これはある種の創造的行為であろう。わかった! という感動。これは学問をしていく上で得られる、最上の収穫物である。
 
 2005年8月30日4時37分感動と共に終わることにする。