相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

とうとうHTML形式に変えました

 現在2005年7月13日22時56分である。
 無料のブログの容量が2.1GBと決まっているので、HTML形式にはしたくなかったのだが、添え字が見苦しいのに業を煮やして、とうとうHTML形式のブログに変えた。だから先日の
Ir -r I^2
 2 1
というよく分からない式も
         
  I
 
という式を書きたかったんだと、言えることになった。
 今後はテンソルなども使う機会があるので、ずっとHTML形式で通すことにする。その代わり1年くらいで容量オーバーするかも知れないけど。
 
 今はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏によるベートーヴェンの英雄のDVDを音だけかけながら、これを書いている。
 この演奏は、私が以前重い病気になって、落ち込んでいた頃、図書館のレーザーディスクの視聴覚室で見て、第1楽章で、ものすごい感動を覚え、「嗚呼、やっぱり生きてて良かった。」と思ったものである。
 カラヤンは、フルトヴェングラーが好きだった人達からは、嫌われることが多い指揮者で、カラヤンと言うだけで、毛嫌いする人もいるが、少なくとも英雄の演奏に関して、私はカラヤンの演奏も認めている。第5交響曲などは、ちょっとだらしなく聴こえる演奏もあり、全部を認めているわけではないが、英雄の若々しい、躍動感にあふれる曲想には、カラヤンのスポーツカーでぶっ飛ばすような演奏が結構似合うのである。
 
 それでは本題に入ろう。
 この本も第2章である。関数という題だが、関数とは何か、というのは、結構難しい問題で、実は中学の時、妹が試験で「関数とは何か」という問題を出され、それに、「数xに対し数yがただ一つ対応しているとき、この対応関係を関数という。」というものすごい模範解答をしていたのを見て、驚かされたことがある。私は小学校の時、「数xが変化するときそれに伴って数yが変化するとき、yをxの関数という。」と、習って、この古い定義しか理解していなかったし、それすらも試験で質問されたら、書けなかったような気がする。妹のように試験勉強をしっかりする人間に私は未だになっていない。
 だからこじつけのようだが、関数だの独立変数だの従属変数だのという言葉の定義を丸覚えするのは意味がない。無理に覚えようとせず、頻繁に使うことで、空気のように感じられるようになって欲しい。
 28ページに進んでΔという記号が出てくるが、これに恐れをなすことはない。これは変化量を表すときに、昔から使われてきたので、慣習的に使われているのであって、本文を良く読めば、難しいものではないことがすぐ分かる。
 29ページに進んで、上に凸な関数などという言葉が出てくる。そういえば、東大出版会の解析入門Iの102ページにもこの話が出てくるが、あちらでは下に凸な関数しか定義しなかった。片手落ちではないだろうかと、前読んだとき思ったのを覚えている。
 30ページに進んで、陰関数というのが出てくる。これは、このシリーズの第10巻で多様体というものを学ぶとき、ものすごく重要になってくる概念だ。今は余り分からなくても良い。
 31ページに進むと、関数がどんどん出てくる。図2-4 はどの線がどのnのものか分かりづらい。一つずつ分けて書いて欲しかった。
 32ページでは代数関数というものの定義が書いてある。恥ずかしながら私はこの本のここを読むまで、代数関数というものの定義を知らなかった。数学の難しい本を読むと、3冊に1冊くらいは、参考文献として
 岩澤健吉 著 代数函数論 岩波書店
というのをあげている。大学時代、関数論の講義で、先生から、秀才は授業なんか出なくて良いから、この本を読んでください。と言われたほど、有名な本である。
 だが私はまだ難しくてこの本が読めずにいた。解析入門IIにも代数関数という言葉は出てくるが、まともには扱っていなくて、定義もなかった。
 この本を読んでいる皆さんは、そんなハイレベルなことにも触れられるのだ。これが数学的厳密さは無視して、具体例で行くところの強みだと思う。余り難しく考えず、どんどん自分で、例に書いてある式などを写したりして、慣れていって欲しい。
 33ページから34ページは指数関数。
   x
  
が近づく先がある。つまり収束するということの定義がないが、これを証明するのは、結構やっかいなのである。解析入門I などはそんなやっかいなことを避けて、指数関数を整級数で定義しているほどである。私も余り深入りできない。証明を読んだことは何度かあるが、今ここで再現しろといわれても、できそうにない。
 まあ収束するものと思ってもらおう。
 35ページでは、先日話したオイラーの公式というのが出てくる。朝永 振一郎(ともなが しんいちろう)さんなどは「数学がわかるというのはどういうことであるか」という小文の中で、これを複素数ベキの定義だ、と思った、と書いているが、これを定義としてしまうのは余りにももったいない。指数関数を複素数まで拡張して、整級数で定義することにより、これを定理として、発見する方が、どれほど感動的であることか。私は高校1年の時数学の先生が大学へ行ったら
  i
 
愛の愛情ではなくアイのアイ乗というようなものを勉強しますと言ったので、これはいくつなのだろうと早速本屋で調べてみて、
  πi
 e =-1
という最近「博士の愛した数式」という本屋さんの店員のお薦めする本というのですっかり有名になった公式を知って、大変な感動を覚えたものである。英雄に感動したのとはまた違った、深遠な真理に触れたときの感動だった。あの数式も、オイラーの公式から導けるのである。これはもしかしたら、数学をどこまで勉強していっても、遂にそれ以上に美しい人には出会えない絶世の美女なのかも知れない。ファインマンは数学で最も美しい公式と断言している。私は、もっと勉強したら、或いはコーシーの積分公式とか、ストークスの定理とか、その延長にもっと美しい公式が待っていると思っていつも勉強しているが、或いは初恋の女性を上回る人には出会えないのかも知れない。
 今日はここまでにする。現在2005年7月14日0時44分である。