現在2015年3月17日12時41分である。
先日、横浜市立みなと赤十字病院に入院していた時、次のような会話を交わした。
以前の、ハグされちゃった、の投稿で触れた、牧師を目指している女の人との会話である。
その牧師を目指している女の人は、私に、次のような写真と、その裏に書いてある文章を読んでみて、と言った。
という写真の裏に、
アルテディア
セリ科 Artedia squamata
イスラエルのガリラヤ地方からネゲブ砂漠の北部まで、広い範囲
に自生します。
分類学の父と呼ばれるスウェーデンのカール・リンネ(1707-1778)
はウプサラ大学の学生時代に出会ったピーター・アルテディ
(1705-1735)と分類学の考え方で意気投合します。二人は協力し
て、従来と異なる革新的な方法で動植物の分類を進めますが、わ
ずか6年後にアルテディは早世します。リンネは敬意を表して「王
冠の花」とも呼ばれるこの植物に彼の名前を付けたのです。
牧師の子どもだったリンネは生物を分類し、その中から自然法則
を発見することで、神が創造した摂理を知ることができると考え
ていました。
「大地に問いかけてみよ(口語訳・地の草や木に問うてみよ)、教
えてくれるだろう。海の魚もあなたに語るだろう。彼らはみな知っ
ている。主の御手がすべてを造られたことを。すべての命あるも
のは、肉なる人の霊も御手のうちにあることを」(ヨブ 12:8-10)。
この花の中心に虫がとまったような“広告塔”があり多くの虫を
呼び込んでいます。虫媒花に現された創造主の知恵です。学名
のsquamataは“鱗のある”という意味で、鱗をたくさん重ねた
ような種子ができます。草木にも教えを受け、主の御手の内にあ
ることを覚えて日々を過ごしたいと願います。
写真家/横山 匡
撮影地 ガリラヤ湖畔の遺跡ヒッポス
日本キリスト教団出版局
design:Katsuragawa Jun
これが、そのカレンダーの紙に書いてあったことだった。
読んですぐ、22年前の大学での自主ゼミでの感動を思い出したので、話し始めた。
「この人は、この花が美しくて、ものすごく良く出来た広告塔を持っているのは、神さまがこれを作ったからだ、って書いているじゃないですか。でも、そうじゃないんです。」
「私が、大学にいたとき、ファインマン物理学の『量子力学』を読んでいた、自主ゼミで、こんな、話をしたんです。『いくつかのサイン・ウェーブを足し合わせて、空間的に集中した波を作れるんだ。』って。そうしたら、『なんで、周期的な波を合成して、周期的でない波を作れるの?』って聞かれたんです。それで、『多分、うんと遠くで、また大きくなるんだよ。』と答えたんです。ところが、その瞬間、高校1年生の時のことが思い出されて、『自転車のギヤチェンジで、例えば、足の方の歯の数が60で、後ろの車輪の歯の数が50なら、足の方を5回まわすと、元の状態に戻るよね。これを、拡張したんだ。足の方の歯の数を1として、車輪の方の数をとしたらってね。』」
ここまで話したら、その牧師を目指している女の人は、ついてこられなくなって、
「のギヤなんて作れないじゃないですか。」
と言った。それで私は、補足した。
「これは、理想化なんです。でも、ギヤで考えるからいけないんです。半径1の円と半径の円を接させて、まわすと思えば良いんです。何回回したら元に戻ると思います。?」
「・・・」
「分からなくて当然なんで、先に進みますが、もし、整数p回で、もう一方がq回で、元に戻ったら、が有理数だと言うことになるので、実は何回まわしても、元に戻らないんです。私は、高校1年生の時に、この原理を利用して、時計が作れると思って、記憶に留めていたんです。それを思い出して、自主ゼミで『周期関数でも、比率を無理数にすれば、空間的に集中した波を作れるよ。』って言ったんです。そしたら、それを聞いていた、自主ゼミのメンバーの一人が、『僕、この間、図学の授業に出てたとき、先生がその話をして、その比を黄金比にすると、植物の茎に下からグルグルらせん状に葉っぱを付けていくとき、一番、光がよくすべての葉っぱに当たるようになる、って言ってたよ。』と言い出したんです。それで、自主ゼミの全員が、『自然は深いですねぇ。』と感動したんです。最も美しいものが、最も実用的。この葉っぱの付き方は、私の父から、葉序(ようじょ)って言うんだって教わったんですけどね。」
「それで?」
「最も美しいものが、最も実用的、というのは、逆かも知れないんです。実用的ということは、進化の過程で生き残れたってことです。つまり、我々が30億年以上生き残ってきたということは、実用的な性質を良しとするものが、生き残ってきたわけで、つまり、実用的なものを美しい、快いと思う生物が、生き残ってきた、ということなんです。黄金比を我々が美しいと感じるのは、それが、一番光の当たる比率だったからなんです。」
「虫媒花(ちゅうばいか)の広告塔も、それがあった花が、生き残ったということなんです。神さまが造ったから、美しいとか、広告塔がある、というわけではないんです。」
その、牧師を目指している女の人が、黄金比というものをどの程度理解していて、私の説明をどこまで理解したかは、分からない。神さまはいない、という証明をしたのではないから、その人も信仰を捨てることにはならないだろう。
だが、科学というものは、宗教よりはるかに強力な信仰の対象になるのである。
『黄金比』という言葉は聞いたことあるけど、どんな比率なのか知らないという人のために、簡単に説明しておくと、『新書』と呼ばれる種類の本の縦横の比率が、ほぼ黄金比になっている。例えば、

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は、ほぼ黄金比である。
入院していた時は、そこまでだった。
『進化の過程で生き残れる比率が、美しい比率と感じられる。』
これを、応用する機会が訪れた。
一昨日(2015年3月15日)の『題名のない音楽会』を録画したものを、昨日見たのだ。
そこでは、敢えて美しくない、音楽を演奏していた。
「怒りの音楽だ。」
と言っていた。
それを聞いていて私は、以前父が、
「なぜ、人間は不協和音を美しくないと思うのだろうな?」
と言ったのを思い出した。
不協和音というものを知らない人のために書いておくと、例えば、ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』の出だしの2つの和音は、協和音である。それに対し、『英雄』が始まって2分40秒くらいのところで、6回連続して鳴る和音が不協和音である。
だが、本当は、これでは説明になっていない。『英雄』の冒頭の和音が、心地良いのは分かるが、後の方の6つも、美しい曲の中で鳴っていることと、ベートーヴェンの作曲が上手いために、十分心地良くなってしまうのだ。音楽的には、不協和音なんだけどね。
だから、もっと、心地良くない、ということが分かる曲を挙げなくてはならない。
そこで、挙げるのに一番良いのが、楽聖ベートーヴェンに対し、神童モーツァルトの代表作の1つ、『不協和音』と呼ばれている弦楽四重奏曲。ハイドン・セットと呼ばれるモーツァルトの6曲の弦楽四重奏曲の最後の曲。その名の通り、不協和音で始まり、誰が聞いても、
「なんか、奥歯にものが挟まったような気分。」
とか、
「食道を、ものが逆流しているようだ。」
とか、
「ちょっと、寂しい。」
とか、
「いやな感じだなあ。」
とか、
「後で、先生に怒られそう。」
とか、
「恋人にふられそう。」
など、とにかく、
「なぜか、不安なことが待っている予感がする。」
と感じられる曲である。
これを聴いて、まだ不協和音が、心地良くないということが分からない人は、多分いないと思う。
さすが、モーツァルトだ。こんな、誰にでも分かる、不協和音の曲を作るなんて。
私が聴いているのは、次のCD。

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ところで、これで、
「なぜ、人間は不協和音を美しくないと思うのだろうな?」
という問いかけをすることの意味が分かっただろう。
そして、私の、
『進化の過程で生き残れる比率が、美しい比率と感じられる。』
を思い出す。
もう、答えはすぐそこだ。
「地震の前の地鳴りとか、不幸に近付く前兆などに、人間が接したとき、本能的に、その場を立ち去る。そういう行動の出来る生物が、進化の過程で生き残ってきたのだ。」
『不協和音は、地鳴りとか黒板を爪でこするとか良くないこととかの音声なのだ。だから、人間には不快に感じられる。』
これが、今日、私の出した結論である。
私はいつも、保留を付けるから、これが絶対だとは言わない。だが、説得力のある理論だとは、思わないかい。
今日は、ここまで。
現在2015年3月17日15時44分である。おしまい。