現在2017年12月31日14時20分である。
「あっ、私が、AKB48にいる間で、最後のデートね」
麻友さんと知り合ってから、AKB48卒業までに、これで9回、デートに誘ったことになるね。
「楽譜も読めない太郎さんが、ベートーヴェンの交響曲を、全曲語り尽くすなんて、あり得ない話なのに、実現したわね」
今日の第9は、ある意味、私にとって、ずっと敵だった曲だ。
「敵って、北朝鮮でもないのに」
私が、中学2年の時、ルパン三世で聴いたことがきっかけで、3番の『英雄』を好きになったことは、前に書いたね。
「覚えているわ。それ以来一番好きな曲なんでしょう」
そう。
ところが、ベートーヴェンを好きになってから、見回してみると、英雄が好きというのは、ちょっと居心地が悪い。
「えっ? 1番の好きな太郎さんとしては、ベートーヴェンの交響曲の中に、『英雄』より素晴らしい第9という曲があるのは、許せないということ?」
まさに、そういうことなんだね。
「つまらない比較をしてもしょうがないじゃない」
ところが、第9が好きだ。という人が、かなりいる。
私の母も好きだし、現在の皇太子も好きだという。
ベートーヴェンの9曲の交響曲のうち、ベートーヴェン自身がどれを最も気に入っていたかは、はっきりしていない。
第9を作曲していた1817年頃、詩人クリストフ・クフナーが、ベートーヴェン自身に、
『どの交響曲を一番評価しますか?』
と、聴いたところ、
『エロイカです』
という答えが返ってきたと、読んだことがあるが、第9も含めても、『エロイカ』を最上位に上げたかどうか、ちょっと分からない。
「そんな。他の人がなんと言ってるか気にするなんて、太郎さんらしくもない。選抜総選挙1位に4回なった、さっしーと、1回しかなってない私と、どっちを選ぶの? 太郎さんは?」
それは、もちろん、麻友さんなんだけどね、私の心がねじけてしまったのは、
『第9が良い』
と、言われる理由が、分からなかったからなんだ。
「つまり、太郎さんには、第9が良いと思えなかったの?」
そうなんだ。
「どの指揮者で、聴いていたの?」
最初は、フルトヴェングラーが、バイロイト祝祭管弦楽団を振った、ライヴ録音。
「レコード?」
いや、オープンテープ。
「フルトヴェングラー/バイロイトは、宇野功芳も、絶賛してたけど・・・」
そう、まさにその宇野功芳が、このレコードのライナーノートを書いてたんだけど、そこで褒められているほど、すごいものに感じられなかったんだよね。
「えっ、オープンテープなの? レコードなの?」
両方、家にあったんだ。実は、フルトヴェングラー/バイロイトの第9は、オープンテープで、かけながら、レコードジャケットのライナーノートを読む、なんていう贅沢なことをしていた。
「ほんっとに、太郎さんのぼんぼんぶりには、呆れるわ」
第9の良さが分からなかったのが、最も良く現れているのが、私の中学3年生の時の『英雄』のレポート。
「あのレポート、今も太郎さんの手中にあるの?」
実物は、先生に渡してしまったからないけど、できが良かったおかげで、コピーが取れた。
「どうして、できが良いと、コピーが取れるの?」
その理由は、音楽の先生が、
『これは、とても良いので、学年の集会で、みんなの前で、発表したらいいわ』
と言って、準備のために1時的に、レポートを返してくれたことなんだ。
「それから、コピーするんじゃなくて、あらかじめ、コピーしとけば良かったのに」
それは、できなかったんだよ。
「どうして?」
相対性理論のレポートの時と同じで、中学3年生の夏休みのレポートも、先生に提出する日の夜明け頃、できあがったんだもの。
「呆れた。学年の全員の前で発表するくらいに、素晴らしいレポートが、提出日の朝、完成したものだったなんて。太郎さんの人生って、いつも、そうなんでしょ」
そういう感じで、できあがったもの多い。
「それで、レポート返してもらって、発表に向けて、準備しながら、コピー取ったの?」
そう。
「発表の準備は、ちゃんとやったんでしょうね」
準備って言っても、先生に勧められて、レポートの中の一カ所をクローズアップして、みんなに説明する原稿を書いて、カセットテープ3本に、英雄の一部分をダビングして、放送委員の人に、私が、合図したら、順番にかけてくださいと、渡しただけ。
「リハーサルは?」
多分、13クラスあった、中学3年生のみんなは、私が、あらかじめ練習してたんだろうと、思っただろうけど、実は、私自身のためにさえ、一度も、練習はしてなかったんだ。
「じゃあ、失敗したんじゃない?」
私が、選んだテーマは、ソナタ形式の提示部を繰り返すと、どういう効果が生まれるか、というものだった。
そのために、まず全員の前で、『英雄』の第1楽章の提示部の終わりあたりまで、3分ほどかけた。
「3分は、長いわよね」
確かにそうだったのだろう。私が、
『それでは、テープお願いします』
と言って、放送室を見たので、カラヤンの『英雄』が、流れ始めたが、途中で、オーケストラの音が小さくなる辺りで、放送委員の人が、一度テープを止めてしまった。
だが、私が、全然話し始める様子を見せなかったので、慌ててテープを続行させた。
あの1秒くらいの小さな空白が、私が、1度もリハーサルをしていなかったことの、証明になっている。
「それで、説明しようとしていたテーマは?」
ここに、その時読み上げていた、原稿がある。
音楽の先生が、
『これは、曲が鳴っている途中で、言った方が良い』
などのアドヴァイスを、してくれている。
まず、提示部を繰り返さない指揮者として、イッセルシュテットのものを、提示部終わりの直前から、展開部の初めまでかけて、
『ここからが展開部です』
と、言葉を加えた。
「どうして、楽譜が読めない太郎さんに、ここから展開部だと、分かるの?」
楽譜が、読めないというのはねぇ、曲が流れているスピードでは、オタマジャクシを追えない、という意味で、100回も聴いている曲の音符を解析することくらいは、できるんだよ。
「やっと、分かったわ。そういうことなのね」
そして、次に、提示部を繰り返す指揮者として、若杉弘のものを、提示部終わりから、最初の第5小節目へ戻るところまでかけて、
『ここでもどります』
と、言葉を加えた。
「それは、放送委員の人の手柄よ。音量を最適にするのって、そんなに、簡単ではないわ。ぶっつけ本番の太郎さんの声を、きちんとミキシングできたことを、評価してあげなきゃ」
うん。でも、私も、熱意を示したんだよ。
「どういう風に?」
3本、カセットテープを渡したと言ったでしょ。その時に、
『うっわ、高級なテープ』
と言われた。安物の透明なテープでなく、セラミックを使った、ソニーの1本900円位する、カセットテープに、入れていったんだ。
こんなの。
「あーっ、音楽マニアのやりそうなこと。今の時代は、ほとんどメモリーに入れちゃうから、テープを選ぶ楽しみは、なくなったわね」
そうやって、陰の努力もあって、私の講演は、成功裏に終わった。
「成功だと言えるのは?」
講演の後、引き上げてくるときに、体操の先生が、
『松田、分かったぞ!』
と、言ってくれたんだよね。
「ああ、体操の先生にしてみれば、クラシックの講演なんて、分からないだろうな、と思ってたのに、提示部の繰り返しのところが、聴いていてまざまざと違いが分かって、嬉しかったのね」
この、『分かった』という喜びを、人々に振りまく人間として、私は、生きていくこととなる。
「それにしても、1度も、リハーサルしなかったの?」
実は、当時は、パワーポイントなんてなかったから、OHPというプロジェクターを使った。
先生が、使っているのを見ることはあったが、自分で使うのは、初めてだった。
それで、先生が、私を体育館に呼んで、使い方を、教えてくれた。
その時、細かい注意はしてくれたが、実際に音楽をかけてのリハーサルは、1度もしなかったんだ。
「うわー、すごい先生たちねぇ」
実際には、私は、後に横浜翠嵐高校へ行く希望の星で、先生方で、応援してくれている人も、多かった。
私が、講演することになったとき、技術家庭科の技術を教えてくれていた男の先生は、
『こうやったら、いいんじゃないか、
『じゃじゃじゃ、じゃーーーーーん!』
ってな』
と、やってみせてくれた。
恥ずかしそうにしていたが、先生の熱意は、いただいた。
「太郎さん、いつまでたっても、第9の話にならないじゃない。年が明けちゃうわ」
そうだね。第9のデートは、2日に分けてやろうか。
「太郎さん。良いお年を」
麻友さんもね。おやすみ。
「おやすみ」
現在2017年12月31日22時54分である。おしまい。