現在2018年4月13日12時09分である。
麻友さん。先日のQ&Aで、100万円あったらどうしますか? という問いに、貯金します、と答えてたね。
「太郎さんに、私は、お金に厳しいと、示そうと思って」
あはは、私の金銭感覚が、狂ってるって?
「お金って、大切よ」
なぜ、私が、お金がいくらでもあるようなことをいう人間になったか、話そうか。
「聞いてみたいわ」
これは、私の家庭が、非常に温かい家庭だったのと関係している。
母は、私が、小さい頃から、色々な話をしてくれた。
「それは、前から聞いてるわ」
私が、小さい頃、思い出では、渋谷の児童会館が重なるから、幼稚園の頃だと思う。
母が、
『これから、銀行に行くのよ』
と言った。
私は、聞いていた。
『太郎が、大きくなって、大学に行く頃になると、ものすごくお金がいるの。でも、そのときになって、お金を渡そうと思うと、贈与税という税金がいっぱいかかるから、大変なのよ』
『だけどね、1年に、60万円なら、渡しても、税金がかからないの』
『だから、今のうちから、毎年、太郎の銀行口座に、60万円ずつ、入れておくのよ』
私が、これを聞いていて、どう思ったと思う?
「自分のうち、お金があるなあ、と思った?」
いや。
「じゃあ、お母様、賢明だなあと思った?」
いや。
「じゃあ、どう思ったのよ?」
税金って、国に納めるものでしょ。
つまり、いいものでしょ。
その税金を、少しでも納めなくていいようにするのって、いいことなのかなあ? と思った。
「もう。税金対策をするのが悪いなんて、聞いたことないわ」
でも、私って、そういう子だったんだよ。
家には、私と妹に、毎年60万円ずつ、渡しても、充分生活できるお金がある、という前提があってのこの子供だよ。
「そのことのために、太郎さん、そんな人間になったの?」
それだけではない。
やっぱり小さいとき、小学校1年生くらいかなあ。
私の母方の祖父が、私に模型飛行機か何かをくれたとき、
『これは、太郎にあげるよ。でも、これは余り良い方法とは思えないけど、太郎のお父さんは、『これをきちんとやったら、ご褒美にこれを買ってあげよう』というように、何かを頑張らないと、買ってくれない人だ。だから、『これを、おじいちゃんにもらった』と、あまり言うなよ』
と言ったんだ。
それに対し、私は、
『お父さんが間違えているなら、なぜ、おじいちゃんは、お父さんに、『それは、間違いだよ』って言わないの?』
と聞いた。
そうしたら祖父は、
『いや、それは言ってはならないんだ。太郎のお父さんが、ご褒美に何か買ってあげる、というのは、太郎のお父さんの考え方なんだ。人は、それぞれ、別な考え方を持っていいんだ。だから、私は、太郎のお父さんの義理の父親だけど、それを直させることはできないんだよ』
と言ったんだ。
『人は、それぞれ、別な考え方を持っていい』
という思考は、私にはそのとき初めて出会ったものだったけど、その後の私の人生の困難を多く取り去ってくれた。
「おじいさまは、どうしてそういう考え方だったのかしら?」
それは、祖父の若いときの苦労が関係していると思う。
父は、高知で生まれ、戦時中満州へ行ってて、終戦と共に引き上げてきて、頭からDDTをかけられたのを、はっきり覚えているそうで、家もそんなに裕福ではなかったが、両親に経済的負担をかけないように、大学で教科書はあまり買わず図書館で借りて済ましたとか、会社から奨学金をもらっていて、卒業後はその会社に勤めることで、返済を免除してもらったなどの話はあるが、苦学というのは、自分でやったという部分がある。
それに対し、祖父は、祖父のお父様が、借金を残して死んだので、借金を返しながら学業をしなければならなかった。パイロットなんて、今生きていれば102歳だから、当時(1920年代)には、ものすごく危ない乗り物だったのに、それの勉強をして、本当にパイロットになったのだから、お金には良い思い出がなかっただろう。だから、孫が、お金に困るなどというのは、見たくなかったのだろう。
「お金に苦労した人の方が、吝嗇家になりそうだけどね」
人間とは、複雑なものだ。
「太郎さんは、こういうことから、今のようになったというの?」
まだある。
「えー、まだ?」
私が、大学に入ったとき、周囲の友達と同じように、育英会の奨学金をもらおうとした。
「最近、返せない人が多くて、問題になっているわね」
うん。だけどね、私は、父の収入が多かったために、奨学金借りることもできなかったんだ。
「うーん。太郎さんでなくても、これだけ、そろえば」
まあ、人にもよるだろうけどね。
「お父様、太郎さんの育て方、間違えたと思ったかしら?」
勝手に、思ったらしい。
私は、見かけ上失敗したけど、人間としては、正常に成長していたのに、父は、教え方を間違ったと思った。
それで、弟には、逆の教育をした。
「でも、弟さんは、結婚もされてるし、働いてもいるんでしょう」
つまり、普通になったんだよ。
「太郎さんは、普通ではないわね」
父が目指した、天才というのは、必ずなれるとは、限らないよ。
「それは、そうね。でも、お金は稼がなきゃ」
私、今、麻友さんとの授業のために、数学の歴史を勉強してるんだ。
「あらっ、本気ね」
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今、デカルトのところをやってるんだけど、デカルトも貴族で、裕福なんだよね。
「遊びで、数学やってるの?」
数学者のほとんどがそうであるように、デカルトも、ある種の使命感にかられてやっている。
ただ、ものすごく遊びながらなのね。色々な華やかな見世物の見物が好きなんだ。
「見世物という点では、私のミュージカルも、そうだけど、太郎さん、貯金たまった?」
たまったよ。
ほらね、どうしても、観に行きたいお芝居なら、観に行くお金はたまるんだよ。
「どうやって、ためたの?」
父の本のリストが、1冊40円だから、25冊入れると、1,000円になるんだ。
「なんのために、リストを作ってるの?」
これは、推測なんだけどね。父は、私の読書が、数学と物理学に偏りすぎているので、世の中には、こんな本もあるぞ、と教えてくれているんだと思う。
「それだけ?」
これも、推測だけど、私の漢字変換ソフトのATOK(えいとっく)を、頭良くしてくれてるんだと思う。
「どうすれば、そんなこと、できるの?」
これは、人名なんかを覚えていくから、有名な人を一度変換してあると、次のとき正しく変換してくれる。
「お父様は、何に使ってるの?」
本当に、1万冊くらいのリストとして、使っているらしい。
「結局、太郎さんに、ただお金をもらうのでなく、お金を稼いだという実感を、持たせてくれようとしてるのね」
小学生じゃあるまいにね。
「でも、太郎さんは、お父様が、ご両親に負担をかけないように、教科書を買わなかったという話を聞いて、見習おうとは思わなかったの?」
大学時代の私は、後でいくらでも恩返しできるから、数学と物理学と音楽には、かけるお金に糸目を付けないつもりだったんだ。
「私の家はそうではなかったけど、自分の家が裕福だと、親に負担をかけないようにしようという発想が生まれないのかも知れないわね」
やっと、麻友さんも、分かったか。
ただ、私でも、いきなり100万円渡されたら、やっぱり貯金するかな。
500円くらいだったら、SEIYUで、お寿司のにぎりのセットとか、買うかも知れないけど。
そうだ。今日のお昼、お寿司買ってこよう。
じゃあ、麻友さん。バイバイ。
「えっ、あ、バイバイ」
現在2018年4月13日14時38分である。おしまい。