相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。ブログの先頭に戻るには表題のロゴをクリックしてください

6人の指揮者による演奏の違いに対する考察

 現在2024年7月14日18時11分である。(この投稿は、ほぼ1740文字)

麻友「これ、太郎さんの中学3年のときのレポートの題名」

私「そうだ。中学2年のときの相対性理論のレポートは、良い出来ではなかったので、どうでも良いが、こちらは、自分としては、思いっきり書けたので、気に入っている」

若菜「お父さん、『ユトリロのように、昔描いた自分の絵を模写して売るようなのは、本当の天才では、ありません。目の前に起こっていることを、自分の才能を使えば、なんとかなると気付いたら、お金なんかどうでも良いから、才能を使っちゃう。それくらいでなければ、天才には、なれません。』(以下の投稿より)

27182818284590452.hatenablog.com

だったんじゃなかったでしたっけ?」

私「妹が、『英雄』を、弾いてくれるというので、先週、聴きに行った。そのとき、『私のレポートを、読んでくれよ』と言ったら、快諾された。ところが、父が、入院しているので、母が疲れていて、そういう場を作れない。私が、本当にこれを読んで欲しいのは、母ではなく、妹と麻友さんだ。だから、OCR は使えないけど、タイピングしようと、思ったわけである」

麻友「結局、私に、読ませたいのね」

私「そうだ。30ページくらいあるから、4、5日かかるかも知れない」

結弦「もとは、手書きと言うこと?」

私「ワープロなんて、なかった時代だからね」

麻友「始めて」




私「原本は、B5のノートだが、私の手許にあるのは、コピーしたものだ。まえがきのところには、ページ番号を振ってない」


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 まえがき

 ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」、この素晴らしい曲を私が初めて聞いたのは1年半ほど前だったと思う。テレビ番組のBGMとして流れていたのである。そのときはあまり考えなかったが、何日かたってもう一度聞いてみたくなった。それまでも父がビバルディの「四季」を好きだったため、バロックを初めとするクラシック音楽のレコードをかけているのを、聞くことはよくあった。しかし自分から特定の曲を聞きたくなったのは、この時が初めてだった。

 題名は分かっていたので、早速戸棚の中にならんでいるオープンテープの中から見つけ出してきて、聞いてみた。それはイッセルシュテットという指揮者によるもので、とても迫力があり、感動した。ただ、全曲通して聞いてみて特に感じたのは、『長い』ということだった。それまでこんなに長い曲を聞いたことはなかった。45分以上続く曲、特に第2楽章では終わりがないのではないか、とさえ思った。しかしそうは思ったが、次の日も聞いた。私はこの曲を好きになっていたのだ。

 それから一年半ほどの間に、私は何人かの指揮者による「英雄」を聞いた。それぞれに少しずつ違いがあり、関心をもった。初めて聞く指揮者の演奏は特に注意して聞き、それまでに聞いたことのある演奏と比べて、違いを見つけては喜んでいた。しかし、ただ喜んでいるだけでは飽き足らず今までに感じてきたこと、考えてきたこと、を一つにまとめてみようと思い、これを書き始めた。


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私「以上が、まえがきだ」

麻友「最近、デートに連れて行ってくれないから、これをデートだと思うわ」

私「麻友さんが、遠慮するなんてことは、当分しなくて良い」

若菜「そうですよ。お母さんは、お父さんを、振り回して良いんです」

麻友「太郎さんに、嫌われるのが、恐いの」

結弦「それなら、お父さんに、ハグして、『一緒になろっ』って、言えば、お父さん、ハグは処女じゃないから、落ち着いて、返事できると思う」

私「差し当たって、今日は、これで投稿するよ。おやすみ」

若菜・結弦「おやすみなさーい」

麻友「おやすみ♡」

 現在2024年7月14日21時49分である。おしまい。