相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。ブログの先頭に戻るには表題のロゴをクリックしてください

親友令嬢に物理講義

 現在2007年11月3日0時51分です。

 昨日の投稿で、親友の家に招かれたことを書いた。その時、私に気を遣ってくれたのか、彼の小学校1年生のご令嬢が、私に、

「地球の裏側の人っていうのは、どうして落ちてしまわないのですか。」

と、質問してくれたのだ。

 私にとっては、涙が出るような、嬉しい質問である。まず、

「それにはね、2通りの説明の仕方があるんだ。易しい方から始めるね。」

と、前置きをしてから始めた。

「ここにある、コショウの缶と、ルービック・キューブを、宇宙の、周りに何にもないところへ持って行って、手を離したとするとね、段々と近づき合って、10分位すると、くっつき合っちゃうんだ。」

と、まず説明。この10分というのだって、いい加減なものではない。ちゃんと、「川勝先生の物理授業(上巻)」の、145ページの問題を思い出しながら、時間を計算している。

「そういう風にね、全てのものは、お互いに引っ張り合おうとする性質があるんだ。」

 ここまでは、順調に行った。ところが次に出した例がまずかった。

「地球は、太陽の周りをまわっているでしょ。?」

と、言ったら、

「えっ! そうなんですか。?」

と、言われてしまった。小学校1年生は、コペルニクス的転回をまだしてなかったのだ。それで、一応そのことを教えはしたが、それを、引っ張り合っているということの例には出来なかった。

 次に、

「じゃあ次にね、このルービック・キューブを手から離すと、下に落ちるでしょ。」

 これは納得。ここで、小学校の先生には出来ない芸当をやってのけた。

「それはね。地球と、このルービック・キューブが、引っ張り合っていて、手を離すと、ルービック・キューブは、地球の方に動くし、地球も、ルービック・キューブの方にほんの少し動くからなんだ。」

 地球とルービック・キューブが、引っ張り合っているから、ルービック・キューブが、地球の方に落ちる、ということを説明できる、小学校の先生は多いが、その時、地球も、ルービック・キューブの方に、少し動いている、ということまで説明できる先生は、まず、そんじょそこらにはいない。

 かの令嬢が、この違いを認識したかどうかは分からないが、頭の片隅にでも残っていたら、この違いは、大きいのだが。

 そこまで説明してから、地球儀で、日本を上に向けて、その反対側あたりのチリの辺りを指して、

「この下側にいる人も、地球に引っ張られているから、落ちてしまわないんだよ。」

と、説明。ここで、理工学部出身の親友が、

「それをね、ニュートンっていう人が、リンゴが落ちるのを見て、発見したんだよ。」

と、補足。

「1600年代のことなんだけど、正確に何年かまでは覚えてないけどね。」

と、あの時は言ったが、後で調べたら、1665年のことだった。

 これで、かの令嬢は、

「分かった。」

といって、わざわざ、復唱してくれた。

 私としては、肝心の、2つ目の説明の仕方。すなわち、時空の幾何学によって、落ちるべくして落ちるのだ、ということを、説明したかったのだが、地球が、太陽の周りを廻っていることも知らない、彼女には、さすがにそれは無理だった。だから、

「2つ目の説明のためにはね。この世界が、お嬢ちゃんの普通に考えている世界とは、ちょっと違うんだ、ということを、知らないと、ならないんだ。そのことだけ覚えておいてね。」

と言った。

 うーん。やっぱり、小学生に一般相対性理論を教える、というのは、不可能かなあ。

 まず、「幾何学」という言葉を知らないんだものね。そう言われれば、中学2年の時、私も、朝永振一郎の、「物理学と私」を読んでいた時、「ユークリッド幾何学」を「ユークリッドいくなんがく」って読んでたもんなあ。

 最近、一般相対性理論の理解を更に深めようと思って、ホーキング&エリスを、ちょっとずつ読み直しているのだが、分かってから読むのと、右も左も分からない状態で、フロンティアに踏み込むのとでは、エライ違いがあるものなあ。

 その後、我が親友令嬢は、私に、万有引力の説明をさせてくれただけでなく、こくごの教科書から、

「くじらぐも」

という、懐かしい詩も朗読してくれた。「まわれみぎ」という、先生の言葉を、先生の声らしく発音できたら、最高だったのだが、それでも、立派な朗読だった。親友には、後で、

「お嬢ちゃんの、朗読は秀逸でした。」

と、メールを打っておいた。あれで、更に、若い頭で、あれを暗唱したりすると、もっと、その後の人生が豊かになるんだけどね。

 小学校1年生がどれくらい漢字が読めるものだろうかと思い、吉野弘(よしの ひろし)の「夕焼け」という私の大好きな詩を朗読してもらったら、思った通り、

「そそくさととしよりが坐った。」

という難しい漢字を、前後関係から、ちゃんと、

「すわった。」

と、発音していた。

 そりゃあ、私の親友は、中学での成績も、私より良かった位の秀才だから、そのご令嬢が、小学校5,6年生位の頭を持っていたとしても、うなずけるが、やっぱり、若いというのは、頭が柔らかくて、良いものだと思った。

 最後に、親友令嬢に、

「宇宙の、周りに何もないところに、コショウの缶と、ルービック・キューブを持って行って手を離したら、くっつくんだよ。」

と言ったのは、本当かなあ。? と、思ったことを書いておこう。

 コショウの缶と、ルービック・キューブが、引き合うのは、宇宙にある周りの他の物質が時空をゆがめているからではないのか。?

 もし、全く空っぽの宇宙に、2つの質点を置いた時、本当に、2者は、引き合うのか。?

 この物理学の難問は、実際に実験できないために、私としては、しっかりと、理論的に攻めていくしかないように思う。

 親友の家での楽しかったことは、他にもあるのだが、今日は、ご令嬢に物理の講義をしたお陰で、新しいアイディアが浮かんだところで、止めておこう。

 今日はここまで。

 現在2007年11月3日2時34分です。おしまい。