現在2007年9月28日4時02分です。
私が大学にいた頃、私が、次第におかしくなっていき、おかしなことを色々始めた頃、母が私を諭したことがあった。
「自分のやっていることが、正しいと信じているのかも知れないけど、周りにいる人達のことを見てごらん。自分の尊敬している人や、そばにいて欲しい人が、離れていくとしたら、やっぱり、今自分のやっていることは、少し考え直さなければならないんだよ。よーく、自分の周りを見回してごらん。友達が離れていったでしょう。」
これは、当時の私にも分かった、真実であった。
「いて欲しい友人が離れていく時、自分は間違ったことをしている。」
最近の私のこのブログの状態はどうだろう。
以前の仲の良かった人達とのつながりが、疎遠になり、温かいコメントをする人が減った。
どこかの掲示板のように、とげとげしい、コメントが増えた。
私は、信念に基づいて、このブログを書いてきたが、最近の私は、ちょっと度を越しすぎたのではないだろうか。
現在の私は、精神的に異常なわけではない。だが、私が飛ばしている檄は、良識ある人には、異常ととられても仕方のないことなのだろう。
最近数回から、少し軌道修正して行こうとしているのが、読み取れるだろうか?
仲の良い人が、コメントし辛くなってしまうような、ブログというのは、結局、独りよがりなものであり、そして、誰からも相手にされないものとなっていくのだろう。
大学時代の失敗を、何度も繰り返すことは止めよう。
語りたいことは語ったのだし、もう気持ちも十分晴れた。
そういう意味でも、この微妙に世界に公開されている、ブログという媒体、貴重なものだな。
こういうものが生まれた。そして、現在、非常に多くのユーザーがいて、なお増え続けている、というのは、社会的にも、非常に素晴らしいことだな、と思う。
ただ、残念なのは、これが、日本語のものは、日本語を読める人にしか読めず、英語のものは、英語を読める人にしか読めないことである。
インターネットのページで、世界全部を合わせると、その80%以上が、英語で書かれているという。
言葉の壁。
人類は、21世紀に、この壁を取り払うことが出来るだろうか?
これだって、ドラえもんの「翻訳こんにゃく」に相当するものが、科学によって生み出されれば、崩せる壁なのだ。
話の結論にマンガの話を持ってきたりすると、話全部が冗談だったのか、などと、私の父のような、頭の堅い人は思うようだが、私はマンガを過小評価しない。マンガでしか描けない世界もあるのだ。
「ドラえもんの与えてくれる、未来への夢」
それは決して小さなものではないのだ。
科学には、まだまだ、前人未踏のフロンティアが開けている。これからの若者に期待したい。
現在2007年9月28日5時00分です。おしまい。