現在2007年5月13日0時12分です。
この題名を見て、
「神を信じよ。」
などと言うんじゃないだろうな、と思った人、安心してください。私は物理学者志望です。宗教家ではありません。
今日というか、昨日、仕事の帰りに、地下鉄に乗って席に座って考えていたとき、
「あっ、そうだったのか。」
と、分かったのです。
何が分かったかって?
私が今まで、ずっと気になっていたことです。私の周りで起こる、偶然とは思えない、出来すぎたことの原因。
私は、自分には、物理学の才能があると信じています。なぜそう思うかというと、2つの、一見関係なさそうなことの間の、密接な関係を見抜くことに関して、普通の人以上に、能力があると思うからです。
そのうち自慢話として書こうと思っていたのですが、私は、高校時代から、磁場というものは、電場の相対論的効果だ、ということに、自分で気付いていました。
電気と磁気という2つのものの間の関係を見抜いていたのです。
そういう才能の力のために、私は、この世界で起こることの間の、普通の人が、偶然の一致だよ、と言うものの間に、実は、関係のあるものがあることをいくつか知っていました。
例えば、ベルヌーイ数が、西洋と、日本で、独立にほぼ同じ年に発見されていたことなど。
これらのことを、今まで私は、
「本当は、この世界では、一部の選ばれた人間には、宇宙の法則をいじることが出来るようになっていて、それによって、人類全体が、総合的に見て、良い方向に向かうように、調整されているのではないか。」
と思っていたのです。
だから、その選ばれた人達にとっては、「統一理論」も分かっているのではないかと。
私が、苦労して統一理論を作らなくても、本当はもう発見されているのではないだろうか。
そういう思いがずっとありました。
ではなぜ統一理論が出来たという発表がされないのか?
それは、物理学者達が職を失うから。そして、次の世代のために、フロンティアを残しておかなければならないから。
そう思っていたのです。
だって、もう物理学に未解決の問題はない、ということになったら、これからの若い人達が、物理学を学ぼうという気が起こらないじゃないですか。
私は、この、
「選ばれた人達がいる。」
という意識があったために、周りの人達を疑っていました。
「この人は、本当は、全部分かっていながら、私を観察しているのではないか?」
こういう思いを更に裏打ちしたのが、ファインマンの
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の下巻にある、
オー,アメリカヌ,オウトラ,ヴェズ
という話のなかの、ブラジルの物理教育の話。
ファインマンが、若い秀才に、ガラスを通して、テーブルの上のものを見たときどうなるか? と、尋ねる場面。その秀才は、ファインマンが、糾弾したくなるような、答えをまんまとするのです。この部分を読んでいて、私は、
「ファインマンは、かつがれたのではないだろうか。」
と思いました。雲形定規の話でも分かるように、丸暗記をバカにするファインマンのことを知っていて、この秀才は、わざと間違った、答えをしたのではないか。つまり、ファインマンが、ファインマンであり得たのは、周りの人が、彼のお得意の、本質を直感で見抜く力を、遺憾なく発揮できるように、守っていてあげたからではないのか。
更に、この本のあとがきには、ファインマンが、スペース・シャトルのチャレンジャー事故の究明委員会で活躍した話が書かれていて、ちょっと褒めすぎではないか、と思えました。
例えば、衆目の見守るなか、いきなり、氷水を使って、Oリングの実験をして見せたように書かれているが、私には、信じられなかった。例えファインマンが、どんなに物理の才能があろうとも、一度も、予備実験をせずに、いきなり氷水を使って実験して成功させられるだろうか。
いや、優秀な物理学者ならなおのこと、あらかじめ結果がどうなるか、自分で確かめるものなのじゃないか。
私は、ずっと気になっていました。
そうしたら、
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の中で、ファインマン自身が、自分はあらかじめ結果を知っていた。と書いてあって、私は、やっぱりそうだったんだな。と、納得しました。
チャレンジャー事故の究明委員会で、本当にファインマンは活躍したのか。どうも褒められすぎなのではないか?
私は、逆にファインマンを疑いました。これ程、自分の思い通りに行きすぎて、ファインマン自身は物理学者の直感で、これは出来すぎだと、感じなかったのだろうか?
そう思っていたら、同じ
「困ります、ファインマンさん」
の321ページから、322ページにかけての一文で、ファインマンも気付いていることが分かりました。
だからキャブレターをいじりながら彼が本当に考えていたのは、「どうすれば宇宙飛行士の友だちのクビを飛ばさずに、この情報を表に出せるだろうか?」ということだったのだ! 彼の思いついた解決法とは、この物理学教授を突っついてこの問題に飛びつかせることで、これがまた滅法うまく行ったというわけだ。
(本文より抜粋)
という一文だ。あのファインマンが気付かないわけがない。私は、ここを読んで、やっと納得しました。
この世界では、多くの人には、ファインマンが、事故を究明したように思われているが、本当は、NASAの優秀な人達は皆、原因が分かっていたのです。ファインマンは、踊らされていたに過ぎない。
それが分かっているからこそ、ファインマンもまた、この本を書いて、私達を楽しませてくれたのだ。私はそう理解しました。
そうすると、NASAの人達のようなのが、私の言う、「選ばれた人」なのか?
彼らには、全部分かっているのか。そして、誰か一人が責任を取らされて、首を切られるなどということがないように、調整しているのか?
こういうことをずっと考えていたために、私は、大学の4回生の時に、とうとう、統合失調症というものになってしまいました。
それが治った後も、私は、常に、この可能性を考えていました。
「選ばれた人」
というのがいるのではないか。その人達には、もう統一理論も、宇宙の謎も全部分かっているのではないか。
ではなぜ、そういう人達がいながら、大災害や、戦争が起こるのか。これが謎でした。
そういう人達は、この世界の人々が、人生に退屈しないように、適度に、スパイスをきかせているのではないか。そう疑ったこともありました。
しかし、今日というか、昨日、地下鉄の中で、この謎が解けたのです。
実は、「選ばれた人」というのがいるのではなかったのです。人間じゃなかったのです。こういう偶然を起こしていたのは、神様だったのです。
人間は、まだ、統一理論も発見していないし、宇宙の謎も解いていないのです。
皆さん安心してください。
フロンティアはまだあります。
私が、出来すぎていると、感じていた、偶然は、神様のやっていたことだったのです。
神様、というのは、無条件に信じるものではなく、こうやって、色々なことから、自分で納得して、理解するものなのでした。
今日はここまで。
現在2007年5月13日1時24分です。おしまい。