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相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

ハグされちゃった

 現在2015年1月22日13時03分である。

 私の入院中のことを、いくつか書いておこうと思って、続けて投稿することにした。

 その話の1つが、私が入院中、もてたという話である。
 普通こういう話の場合、男の人は自慢したがるものだが、私の場合、ただ1回、女の人にハグされたというそれだけなのである。
 でも、私が高校時代転校する時、クラスメイトの女の人から、
「握手して下さい。」
と言われたことと、転校先の高校で私を好いてくれた女の人に、卒業から2年経った時のクラス会で、ほんの一瞬、ドレスを擦り寄せられたことがあるという2回を除いて、女の人の方から体の接触を求められたことは、私にはない。

 私が親友だと言っていた、小学校高学年の時の女の人も、私を好きだったと暗に言っていたが、夫ある身であることもあって、私に触れようともしなかった。大学に入ったばかりの頃に、間接キスをしたという思い出があるだけである。

 一方で、私の方で好きになった女の人では、高校3年の時に好きになった、クロイツェル・ソナタの女の人には、体育祭のフォーク・ダンスで、肩に触れたことはあった。
 それから、大学時代の分子生物学の女の人の方は、実は、全く触ったことはなかったのである。
 もう一人、結婚している人だったので、好きだなどとは一言も言わなかったが、素敵な人だと思い、一回だけ、これはチャンスだと思い、噴水の上を歩いている時、「突き落としますよ。」と言って、肩を持って揺らして脅かした、デイケアの担当のケースワーカーさんがいた。あの人のことは本当に好きだったので、住所を教えて欲しかったのだが、教えてもらえなかった。朝比奈隆ベートーヴェン交響曲全集DVDの「田園」の映像の中に、面影のそっくりな女の人が写っていたので、嬉しかったが、そのDVDは、お金に困ったときに、売ってしまった。やっぱりイミテーションじゃだめだったのである。

 とにかく、キスをしたことがない、ということは、もちろん女の人をハグしたこともないわけで、私は女性経験は限りなくゼロだったのである。

 今回の入院中、周りには女の人がいっぱいいた。当然のことだ。病院というのは、看護婦さんがいるのだから。ここで看護婦と書くと看護師と書かなければいけないんだよ、という人が現れそうだが、私は敢えて看護婦と書く。男性の看護師は、看護士と書くことにする。こうしておかないと、通じない話がいっぱいあるのだ。男女を分けて表記するのは、差別ではなく、その必要がある時には当然認められる権利だと思う。
 今更フェミニズムでもあるまい。もう、そういう考え方からは脱却すべき時期だ。

 入院中、何度も議論を戦わせた女の人に、
「夫が浮気した時、『相手が、玄人(要するに売春婦)だったら許せたけど、普通の女の人だったから許せない。』なんていう女の人がいる限り、男女差別というものは、根本からなおすことが出来ないんだ。」
と言ったのだが、そういうところから生まれてくる差別というものは、看護婦と看護士を併せて看護師と呼んだりするというような見せかけだけの男女同権では根絶できないと思う。もっと、男と女はオリンピックをやっても絶対分けて戦わせなければ、不公平になる、という当たり前のことを認めてこそ、やっと解決できる問題だと思うのである。

 さて、その議論を戦わせた女の人とは、色んな話をした。

 そもそも、私が、毎日の献立の内容が書いてある紙の裏にいっぱいメモをとっていて、それを全部保存してあるのを見てその人が、
「最近のレポート用紙は題名を書くところもあって論文を書くのには最適なんですよ。」
と言って、自分のレポートを見せてくれたのだ。そして、
「私だったら、書き損じたらすぐ破っちゃいますよ。」
と言ったのだ。
 それで私は、
「私の一番尊敬する数学者アーベルは、数学辞典で名前を引くと、『その論文は自然な発想が流露していて読みやすい。』と、書いてあるんです。つまり、なぜそう考えたかが、論文を読むだけで分かるということです。これは、すごいことなんです。だから、私は、アイディアを思いついた時のメモを全部保存しているんです。」
と答えた。それに対し、
アベルじゃなくて、アーベル。?」
とその女の人は聞き返してきた。
 私はすぐ、この人、クリスチャンだな、と思った。
 今、手元に聖書がないのだが、旧約聖書出エジプト記までしか読んでいない私でも知っているように、旧約聖書で、カインとアベルという話は有名なのだ。この人はユダヤ教徒のはずはないから、キリスト教徒だと私は思ったのである。
 その晩、寝る直前にその人は、精神科に入院しているのだから私が迷える子羊なのだろうと思ったらしく、

 Foot Prints (足跡)

という詩をプレゼントしてくれた。一応書いておくと、

男は海辺を歩いていた。
男は主と共に歩いていた。

男の後ろには 二つの足跡があった。
ひとつは男のもの。もうひとつは 主のもの。

男の人生の終わりが近づいた時、
男は振り返えった。
人生のあの時、この時がフラッシュバックして見えた。

そして 男はあることに気づき、悩んだ。そして、
主に尋ねた。

「 神さま。私があなたに従うと決めた時から今まで、
あなたは私と共に歩んでくださいました。でも、しかし、
私の人生の最もつらい時、どうして、足跡はひとつなの
ですか? 私があなたを最も必要とした時、どうして
足跡は ひとつしかないのですか? どうして、主よ、
あなたは その時、私から離れられたのですか?」

すると 主は答えられた。


ここで、改ページ



「おお、私の愛する子よ。私の愛する子よ。
おまえがひどく苦しんでいる時、足跡が一組しか
ないのは、私が おまえを背負っていたからだ」



 以上、ふりがなを省略した以外、原文のままである。
 私は、これを読んでただちに、新しいメモを書き付けてその人に渡した。

 確かこんな内容だったと思う。

 素敵な詩をありがとう。こんな詩がサラサラッと書けるということは、ご自身がひどく苦しまれたことがおありなのでしょうね。
 私の危機は、大学時代に訪れました。数学の危機からは、「数学基礎概説」という本によって、物理学の危機からは、「The large scale structure of space-time」という本によって救われました。これらの2冊で、私は人生を救われたのです。

 小さな紙片だったから、これだけ書いたらいっぱいになった。それを読んで、その人がどう思ったかは分からない。
 とにかく、それからの数日、色々議論したのは、その人が私ともっとしゃべりたいと思ったからだろう。

 私も、人生の中で、あんなにとことん本気で手加減せずにしゃべったのは、大学にいた時以来だった。お陰で、その人と議論した晩は、ぐっすり眠れた。その話をしたら、向こうは嬉しそうだった。後で聞いたのだが、その人はプロテスタントの牧師になる修行中で、後3年で牧師になれるという人だったのだ。だから、私に3日間安眠を与えられただけで、嬉しかったのだろう。

 私がその人に話したことは、他にもあった。例えば、小保方さんがSTAP細胞を作れなかった、というニュースが流れていたので、
「きっと、小保方さんは、一回はSTAP細胞を作ったんだと思うよ。ただ、その実験がずさんだったんだ。本当は、酸にさらす、なんていう簡単な条件じゃなくてもっと気付いていない条件があったんだ。でも、とにかく出来たんだから、発表しちゃえば誰かが追試で見つけてくれるだろう、と思ってたんじゃない。」
と、私の見解を述べた。だがその人は、
「小保方は、母校の名を汚したから、許せない。そんな話はしたくない。」
と言ったのだった。
 私は、異性だから小保方さんに甘いのではない。物理学において、全物理学者が、そんなばかな、と思う論文を発表した物理学者がいる。一つ前の投稿で名前の出てきた、ヴェルナー・ハイゼンベルグである。その原理の名は、「不確定性原理」。数学での「不完全性定理」と共に、哲学者に格好の話題を提供してきた、人間の限界を謳った原理や定理である。もちろん、数学者も物理学者も、その原理や定理の限界は承知しているから、哲学者が何を言ってもほとんど相手にしない。ただ、不確定性原理は、普通の人には難しいので、比較的最近、小澤正直という日本人が、厳密に数学的な表現を与えた。だが、ランダウの理論物理学教程などをちょっと見ただけで、量子力学の本質が不確定性原理だけにあるのではないことは、すぐ分かってくる。大切なことは、もっと他にたくさんあるのである。

 私は小澤正直さんの業績を過小評価するつもりはない。数学セミナーに何年も前に1年以上にわたって連載された、量子測定に関する考察は、完全に完成されており、この原理の持っていた不確実な要素を数学的に厳密に書くことによって排除してくれた。素晴らしい業績だと思う。これによって、相対性理論と同じで、分からないために、これは間違いだ、などと言い出す人を、事実上なくしてくれたのは、物理学に対する大きな貢献だと思う。ただ、用いられている数学が、普通の人から見たら、難しすぎて、やっぱり理解できない人が現れそうなのは、やむを得なかった。

 さて、私が言いたいのは、この不確定性原理というものを、ハイゼンベルグが言い出してしまったために、物理学全体が、ある意味混乱に陥ってしまったことである。あのアインシュタインまでが、
「神は、サイコロをふりたまわず。」
などと言いだし、ハイゼンベルグの師であるニールス・ボーアと論争を繰り広げた。確かポール・エイドリアン・モーリス・ディラックまでが、
「やっぱり、アインシュタインが正しかった、ということになるんじゃないか。?」
などと言い出す始末で、物理学界は今でも、
「もしかしたら、アインシュタインの方が・・・」
という風潮のままである。

 私が言いたいのは、小保方さんの問題のために、ノーベル生理学・医学賞山中伸弥さんまでが謝罪会見をしなければならなくなったことである。小保方さんを攻める前に、子供向けの雑誌ニュートンにまで載ったSTAP細胞というものを分子生物学界の総力を上げて、作って見せろよと、私は言いたくなったのだ。

 もちろん、理論物理学者の私は、STAP細胞なんて作れなくても、科学の力で癌もエイズも治せると固く信じているけれどもね。

 まあ、STAP細胞のことはそれくらいにしておこう。

 あと、二人でしゃべったのは、例えば、ドメスティック・バイオレンスのことだった。私が、
「当分、結婚できそうにないけど、私が結婚しても、多分、妻になった人に、暴力を振るうことはないと思う。だって、私の父が、母に暴力を振るったところは、一度も見たことないもの。」
と言うと、その人は、
「こういう話を、母としていると、世代の問題になっちゃうんだよね。」
と言った。そして、
「暴力を振るう男は、前の世代の父親が、暴力振るっているんだよね。」
と、答えたのである。
 私は、なるほどそういう見方もあるのか、と思ったのだった。

 私が、女性経験もないのに、女の人のことをあれこれ話すので、例えば、
「私は、自分の頃の性教育がなってなかったから、最近の性教育をいつもチェックしているんだ。例えば、野毛山にある中央図書館で、「小学生のための性」と、「中学生のための性」というヴィデオを見たことがあるんだ。そうしたら、小学生たちに、同性愛というものを教えて、それについて劇をやらせるんだよね。」
と、言った時は、
「それは、頭でっかちだよ。」
と言われてしまった。
ソ連が崩壊して、同性愛の人たちが弾圧されるのが終わったのを、肯定的に捉えているんだよ。そういうのをヴィデオでしか知れないのは仕方ないじゃん、私、経験ないんだもの。」
と応じたら、
「そのヴィデオを作った人が頭でっかちなんだよ。」
と言っていたが、本当は、私のことも、机上の空論だけなんだなあ、と思っていたのだろう。
『Brother Sun,Sister Moon.』
という映画を私に観るように勧めたのだった。修道士と修道女の太陽と月が決して接触しないのと同様の愛の物語だと言っていた。

 その女の人は、ある時こう言った。
「私の汚らしいところで必死で生きている生活に比べて、太郎さんの生き方ってきれいだなって思う。」
 私は、その時はもう分かっていた。私が、常に、自分は天才だと信じることが出来、どんなに苦しくても、私の才能は必ず開花すると思って生きてきたこの人生は、誰でもが歩める人生ではないことを。
 その時私は、本音を話した。
「私だって、前回入院した時、物理学に限界があることに気付いて、絶望したんですよ。」
と。そして、
「私は、物理学の法則が全部完成して、宇宙の最初の状態をきちんと与えてあげられれば、そこから計算して、宇宙誕生から137億年後に地球のこの位置からオリオン座の方向を見た時、あの綺麗な馬頭星雲が見えるように赤い星雲の前に暗黒星雲が広がるのを導けるとずっと思っていたんです。でも、どんなに物理が進歩しても、それは無理だって、分かったんです。」
と、2ヶ月前に悟ったことを語ったのだった。
 この、私が吐露した内容を、その人がどこまで理解できたかは分からない。ただその人は、
「私なら、それを絵本にするなあ。」
と言ったのであった。

 その人が、天才であることを自負している私と異なり、辛い道をずっと歩んできたのは、中学3年生の時、精神病院に入り、そこから、いきなりフェリス女学院高校の1年生になって登校する自分を勇気づけてくれた歌として、次の小田和正の歌詞を暗唱していたことで明らかだった。

「水曜日の午後」
        詞・曲 小田和正
もう少し早く気がつけば
誇りと自信をなくして
どんなに小さくなった自分でも
夢さえあれば 何とか生きてゆける
あたたかい雨の降る水曜日
少しだけ心も落ち着いた
夕方には晴れるかな




 私がその人にプレゼントしてあげられたのは次の一つの事柄だけだった。

 その人は牧師になるためにヘブライ語なども勉強してあったのだが、
「これ、私のところへ来たクリスマスカードなの。」
と言って見せてくれたきれいなカードに、英語で数行言葉が書いてあった。

 その言葉を、その人はスラスラスラッと読んだ。
「慣れているな。」
と思った瞬間、その人は、
ワイルダーネス」
という単語の発音をしたのだ。
 その瞬間、私は反射的に、
「それは、ウィルダーネス」
と、訂正した。周りにいた人たちは、多分気付かなかっただろう。だが、私はその人がまだ英語の勉強が足りないということを、そういう形で伝えてあげたのだった。
 なぜ私が、wildernessをwild(ワイルド)という単語の発音に引っ張られずにウィルダーネスと発音できるのか。それは、私が日本で最高の物理学の教育を受けられる大学に行くために、1年浪人しているからなのだった。代々木ゼミナールの広島校で50万円の奨学金をもらいながら、島本先生という英語の先生の、
「英語が出来るようになりたかったら、一番大変な勉強をしなさい。」
という言葉に従って、東大・京大コースのハイレヴェルな英語の教材を全部日本語に訳していた時、その単語に出会い、まさかワイルダーネス以外には読みようがないよな、と思いながらやっぱり確かめようと思って辞書を引いたのだった。今のように電子辞書なら、一瞬で出てくるが、紙の辞書だから、一発では出て来ない。そして引いてみたら、ウィルダーネスと発音記号で読めるではないか。あれっこれワイルドの変化じゃないんだな、と思ってそのまま訳し続けた。
 さて、授業に臨んだところ、川崎先生という先生が、
「じゃあ、誰かに読んでもらいましょう。太郎君、予習できてるなら読んで。」
と言った。私は何気なくそのままその日予習してあった30行ほどの英文を読み終えた。いつもと同じだな、と思った瞬間、先生が、
「今の発音聞いていましたか。ワイルダーネスと読みそうな単語を、ウィルダーネスと綺麗に発音してましたね。」
と言ったのである。
 私は、なぜその一文を読ませたか、やっと分かったのだった。先生は私が調べてきているかどうか試したのである。
「ああ、調べておいて良かった。」
とほっとしたと同時に、その難しい単語の発音を覚えたのだった。
 その人だって相当英語の勉強をしてあったのだろう。英語の歌を歌ってくれたりもした。だが、私は後3年間修行期間があるのだから、もっと英語の発音を訓練してね、とプレゼントをあげたのである。

 その人にはこんな話もしたのだった。
武田鉄矢の『贈る言葉』っていう歌があるよね。あの歌は失恋の歌だけど、なぜ振られたのか分からなかったんだ。でも、つい最近分かったんだ。」
と言い、まだ発見したばかりのことを口にした。
「あの歌の最後のところで、『これから始まる暮らしの中で、誰かがあなたを愛するでしょう。だけど私ほどあなたのことを深く愛したヤツはいない』って言うでしょ、つまり、『俺を振ったら、あなたはもう幸せにはなれない。』って言ってるんだ。そんな男は振られて当然だよね。『私を振ったら、もっと良い男に出会えるといいね。』というのが、本当に愛している男の人の言葉のはずだよ。」
 その人は、
「所詮、武田鉄矢なんだよ。」
と言ったが、そういう返事しか返せないその人に、私はさらなる成長を期待したのだった。


 さて、その女の人からは色んなものをもらったので、長くなったが、その女の人が、私との議論に疲れ、私と余りしゃべらなくなった頃、新しく顔の整った女の人が入院してきた。

 当然私は、名前を知りたくなる。新しく入ってきたその人の部屋の位置からおおよその見当をつけ、呼びかけてみた。私は注意して調べたつもりだったが、名前は外れた。謝って名前を聞いた。

 その頃、母がやっと1月ぶりに面会に来てくれて、私は入院して1月目の12月11日、とうとうイッセルシュテットエロイカを聴けるようになった。それをかけているところへ、その女の人のお父さまがやってきて、
「私はこの第2楽章のこの旋律が好きです。」
なんて言ったものだから、私は、
「一番好きな曲は、何ですか?」
と尋ねた。
マーラーの『大地の歌』です。」
というので、
「ああ、あの第8番と、第9番の間に作曲された曲ですね。」
と理解を示した。向こうはさらに、
ブルックナーも好きで・・・」
と、言うので、
ブルックナーは、ダブル・ゼロから9番まで全部持っていますが、そんなに何度もは、聴いていません。」
と応えた。
「娘に色々聴かせてやって下さい。若い時に聴いておいた方が良いと言うでしょ。」
と言われたので、
「はい。」
と、答えた。

 さてその女の人。私より9つも年下だから、女の子と言っても良いのだが、その子は、言葉が悪いのだ。始終、
「てめえ、なに考えてんだよ。」
というような言葉をつぶやいている。
 私が、
「女の人がそんな言葉つかったら、周りの人、みんながっかりするよ。」
などと何度か言っていたら、私が取っていたメモを、
「見せてくれませんか。」
と言う。
 そのメモには、私が入院して以来会った、一人一人の看護婦さんや看護士さんなどの特徴が書かれていて、ちょうどその時は、その女の子の特徴が書きかけになっていた。本人のなら、読んでも個人情報のことをうるさく言う人もあるまい、と思って渡した。
 メモの最初は、
「顔の整った女の人がいるなと思って名前を・・・」
と書いてあった。それを読んでから、彼女が少しずつ変わりだした。
「お日柄も良く。」
なんて言い出したので、
「言葉が綺麗になりましたね。」
なんて返し始めた。
 そして、段々と彼女の様子が分かりだした。
 まず、彼女の言葉が悪かったのは、現在同棲している男の人の影響だと分かった。それから、お父さまは、クラシック・ファンだが、お母さまは、クラシックは嫌いのようだった。彼女は、何度も、
「悲しいことがあったらどうやって乗り越えるのですか?」
などと聞いてくるので、
「人生で本当に悲しいことに出会ったら、人間は、どうすることも出来ないよ。ずっと、悲しいよ。それを、忘れる頃になって、ようやく立ち直れるんだよ。」
と、正直に話した後、
「でも、本当に人生でどうしようもなく悲しいことっていうのは、自分の子供が死んだりすることなんだよ。たぶん、君のお父さんとお母さんも、君が死ななかっただけで、本当に良かったと思っていると思うよ。」
と続けた。彼女が自殺を図ったために、精神科に入院してきたのを私は調べ上げていた。


 さて、水曜日になった。売店の人が、食べ物や飲み物を売りに来る日だ。
 私は、母からお金を受け取ったので、楽しみにしていた。

 売店の人とも仲良くなっていたので、色々話しながら、ホワイト・チョコレートやプリンやマドレーヌを買った。売店の人との話は長くなるので、ホワイト・チョコレートを前から頼んであって、持ってきてもらったことだけ書いておこう。

 さて、チョコレートはその場で食べて、プリンは冷蔵庫に入れておいた。

 閉鎖病棟の外にある図書室に行くのも、付き添いがいるので、
「15分だけですよ。」
などと言われながら、図書室へ行った。
 帰ってきて、さっきのプリンは、と思って、冷蔵庫を見たが入ってない。
「看護婦さんか誰かに、別の場所に移されたかな、それとも、あの女の子隠したかな。」
などと思いつつ、看護婦さんや看護士さんに言って、彼女の犯行ということになるとまずいと思って黙っていた。

 さてその晩夕食を食べた後、彼女が私達の部屋に来て、
「ごめんなさい。お腹空いて、プリン食べちゃった。」
と言って謝った。やっぱり彼女か、と思いながら、
「今度売店に行った時、プリンを買ってきて、渡してくれれば、それでいいよ。」
と赦した。
 彼女は安心して、
「遊びに行こうよ。」
と言った。メモを書いている途中だったが、病院にいる以上急ぐ必要も無いので、ディルームへ行った。
 彼女に、
「小学校の時、どの科目が一番得意だった?」
と、聞いた。その時までの経験で、看護婦さんも、看護士さんも、
「高校時代、どんな科目が好きでした?」
と聞くと、
「勉強は苦手で・・・」
なんて言うので、私も作戦を変えたのである。小学校なら、まだみんな勉強を嫌いになっていない、というわけだ。
 彼女は、いきなり、
「英語。英検3級持ってる。」
と、嬉しそうに言った。
「あっ、そうなの。それは、すごいね。」
と、とりあえず誉めてから、
「じゃあ、『今日は良いお天気でした。』というのは、なんて言う?」
と、聞いてみた。
「It’s fine day、isn’t it now?」
と応えてきた。それで、
「『It』を主語にしたのは、さすがだね。日本人だと『Today』から始めちゃうからね。」
と誉めた。すると彼女は、
「どんな英語を知ってますか?」
と、聞いてきた。とっさに思い浮かんだ言葉を答えるしかなかった。
「例えば、『Time flies.』。時は飛んでいく、つまり、時間を大切に、という言葉だよ。」
「ふーん。」
余り嬉しそうじゃない。もう少し長くないとダメか、ということで、
「『Every dog has his day.』というのもある。すべての犬にその犬だけの特別な日がある。つまり、誰の人生にだって、輝ける時があるっていう言葉。君にだって、幸せは訪れるってことだよ。良い言葉だね。」
と、話した。彼女は嬉しそうに、
「先生、すごい。」
と言った。彼女はいつの間にか私を先生と呼び始めてしまった。
 こうなると、私も調子に乗る。
「でも、この言葉、ちょっと悲しいんだ。『day』って単数形でしょ。もし、人生の幸せが一度やってきたらもう来ないって言っているんだよ。だから、『has his days.』にした方が、幸せな日がたくさんあって良いよね。」
と、その場での思いつきを話した。彼女もうなずいていた。
 彼女が満足して、部屋に戻って行ったので、私は自分たちの部屋に戻ってメモを書き始めた。
 そこへ、また彼女がやってきて、
「先生何しているんですか?」
と言うので、部屋から出て行って、
「メモを書いていて、これからパズルをやろうと思っていたんだ。」
と話した。この時のパズルこそ、後で父が賞金稼ぎをするよう言い出した、数独だったのである。
 なぜそれを持っていたのかというと、転院していった人が、数独のいっぱい乗った、SUPERナンプレポータブル11月号、という雑誌に、
「おにいちゃん、げんきだいすき」
と幼稚園児と思しき字で書かれた便箋を挟んだまま、置いていったので、私がその人のお母さまに電話して、
「もしかして、形見か何かの大切な紙だったら、病院の人に送ってもらいますが。」
と言ったところ、
「破いて下さって結構です。大切な紙ではありません。ありがとうございました・・・」
と向こうがしゃべっているうちにこちらの10円玉が無くなったので切れてしまったということがあったからなのだった。
 私は、そんなパズルどうせ解けて当たり前なのだから面白くない、と思っていたが、電話しているうちに、解いて答えを送ると、ブルーレイ・レコーダーが当たることに気付いた。私の家には、もうブルーレイ・レコーダーがあるので、だったらこれを当てて、精神科の病棟に寄付したら、ここでもブルーレイ・ディスクが見られるようになる、と思い当たり、そのナンプレナンバープレースの略。数字の置き場所と取るか、数字の家と取るか、それぞれの人の感性で違ってくるだろう。数独というのは、1つ1つの数字が、それぞれの行・列・マスで、独り身であることから名付けられたらしい。)を解き始めようとしていたのだった。
 彼女に、
「今日からは、個室じゃないんだから、夜中明かりをつけていたらダメだよ。」
としゃべっている最中に、いきなり彼女にハグされてしまった。
 別に『カリオストロの城』のルパンⅢ世みたいな気分だったわけではなく、単に、この病院にはあらゆる場所にカメラがあるから、私の方も抱きしめてしまうと,看護婦さんや看護士さんが駆けつけてくる、と思ったので、ハグされたままこちらからは、ハグしなかったのだった。彼女が女性として魅力がないとか、私の美的センスに合わないとか、9歳年下だから、というような理由だったのではない。私としては、人生で一回切りの経験かも知れなかったので、とても嬉しかったのは、偽らざる気持ちである。これだったら、キスというのは、もっと素敵な経験になるのだろうな、と思っている。
 女の人は、性的な交わりより、キスの方を、一番好きな人に与えたいと思っているらしいと、今までに読んだ文献が物語っているので、たぶん、精神的な歓びは、キスが最高なのだろう。でも、ハグされたのだって、私には嬉しかった。彼女には感謝している。
 2014年12月17日20時頃の出来事だった。


 それからも、彼女は毎日私としゃべっていた。そして、クリスマス・イヴ。私は、イッセルシュテットエロイカをかけながら、
「これが、私の一番好きな曲の一番好きな演奏なんだよ。」
と言いつつ、曲名と指揮者と楽団名を書き、同じカードを2枚作って、
「本当にベートーヴェンの若さが感じられない?」
と言いながら、カードの裏に私の実家の住所と私の新しいメールアドレス、携帯の番号、携帯アドレスを両方に書き、
「退院して、連絡を取りたくなったら、ここへ連絡すれば良いよ。そうしたら、私は、君が退院できたんだなって分かるから。」
と言って、カードの1つを渡した。
 彼女がそれをどうするかは知らない。私と会わなくなったら、以前の彼氏の元に戻るというのが常識的な見方だろう。私としても、彼女は、結婚するには努力が足りない、と思っていた。私の妻となるとしたら、その人は大変なのだ。
 入院したばかりの頃、私は看護婦さんや看護士さんを捕まえて、
タイタニック号が零下2度の海に沈んでいく、というのを絵で伝えるとしたら、どんな絵を描きます?」
という質問をぶつけて困らせていた。
「海の絵を描いて、横に温度計を書いておいたら良いんじゃないですか?」
と、ある看護士さんが言ったので、
「それじゃ、海そのものの温度が零下2度ということにならない。」
などと打ち消し、次の看護士さんが
「氷を浮かべておいたらどうですか。」
というので、
「海は塩水で動いているから、零下2度で必ずしも凍ることにならないんです。」
と、無茶苦茶な注文をつける。
 しまいには、絵を諦めて、
「英語でも何語でも良いから、日本語以外で、『タイタニック号は零下2度の海に沈みました。』というのを言ってもらえませんか。」
などと言い出した。
 後で、種明かしをするつもりだったのだが、このブログは、全員の看護婦さん、看護士さん、准看護婦さん、准看護士さんに伝えてきたので、ここに書けば良いので書くことにする。
 私が、知りたかったのは、負の温度を人間がどう捉えるか、ということだった。
「なんだそんなことなら、何でもないじゃないか。」
と一般の人は思うだろう。それは、摂氏や華氏で考えているからだ。もし、絶対温度で考えたらどうか。物理学において有名な、熱力学第2法則の陰に隠れて地味だが、熱力学第3法則というものがある。
 絶対温度0度、つまり0K(ゼロケルビン)には、到達できない、という法則である。
 だとしたら、絶対温度で、マイナスになることは無いんだ、と普通の人は思うだろう。
 ところが、負の温度というのがあるのである。
 信じられないだろうが、0にはならないのに、0より下になれる。
 私は、絶対零度特異点だということに気づき、じゃあ、どうやって、負の温度に行くかの道筋として、温度を複素数にしたら良いのではないか、と気付いた。
 それで、日常の温度の感覚の中に、複素数という膨らみを感じさせるものはないか、と思って、皆に質問しまくっていたのだ。
 だが、温度を複素数にすることで新しく得られる発見には、まだ出会えないでいる。これは、皆が悪かったのではなく、私のアイディアが熟していないということなのである。


 こういう風に、私は、とんでもない質問を周囲の人間にぶつける。妻ができたら、当然その人が矢面に立つことになる。だから、常に自分を磨くことを心がけている女の人でないと、辛い思いをすることになるのだ。彼女には責任が重すぎる。
 だが、私は怪盗アルセーヌ・ルパンの『結婚指輪』という話こそ、愛する女の人のためになら献身的に尽くす男の人の鑑だと思うので、カードを渡したのだった。実家の住所を書いたのも、今いる家にあと何年いるか、分からないからだった。

 私は、友達を大切にする。彼女のことも、決して忘れない。以後、彼女のことは、ハグしてくれた女の人、と呼ぶことにする。

 今日は、ここまで。
 現在2015年1月22日23時20分である。おしまい。