相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

小学生に選挙権を

 現在2015年2月10日8時12分である。

 今年の2月7日の朝日新聞トップに、
「18歳選挙権 今国会成立へ」
という記事が載った。

 オーストリアでは、選挙権を16歳以上としているという。

 2013年現在、日本の18歳、19歳の人口はそれぞれ約121万人となっている。

と、ここまで書いたまま、この投稿は、下書きで、保存されていた。


 現在2015年4月1日15時02分であるが、これは、エイプリルフールの話題ではなく、真面目な投稿である。

 今回入院していた時、私は、まだ若い男の人に、

「私は、小学生に選挙権を与えるべきだと思うんですがね。」

と言ったことがあった。

 その人は、

「そんなの駄目ですよ。いくら最近の小学生が、スマートフォンを持っていて、賢くなっていると言っても、所詮小学生ですよ。」

と反論してきた。

 私は、滅多に人と議論して、自説を通そうとすることのない人間なのだが、この時だけは、

「ただね、数では、絶対、大人は、負けないと思うんですよ。だから、私が、小学生に投票させたいのは、『裸の王様』ってことがあるからなんです。」

と、言い返した。

 それに対し、その人は、

「あっ、そうか。だったら、いいかもな。」

と答えた。

 反対の意見の人に、私が、自分の説を、納得させたというのは、恐らくこれが、初めてだった。

 私が、こんなとんでもないことを、言い出すのには、理由がある。

 それは、私の幼き日の願望と、非常に恥ずかしい思い出に、関係している。

 私が、小学校4年生の時、母がこんな話をしてくれた。

「昨日、イスラエルが、他の国が原子力発電所を持つのを警戒して、建設中の原子力発電所を、空から爆撃したのよ。」

 その頃、私は、イスラエルというのは、アウシュビッツなどの収容所で、ヒットラーにひどいめに遭わされた、ユダヤ人達が、やっと作った国だ、という認識しかなかった。だから、人の痛みの分かる、ユダヤ人達が、他の国へ行って、爆撃するなんてことが、どうして起こったのか、分からなかった。だから、

「なんで、原子力発電所を爆撃する必要があったの?」

と聞き返した。

 母は、

原子力発電所があると、原子爆弾を作れるのよ。だから、爆弾を作らせないために、爆撃したの。でも、やっぱり、戦争をするのは良くないことね。」

と答えてきた。

 なぜ、原子力発電所があると、原子爆弾が作れるのか、分かるようになったのは、高校生になってからだが、私は、小学校4年生の頃から、この世界では、正義が勝利を収めるとは限らない、ということを感じ取ったのだった。

 そして、小学校6年生の時、大韓航空機撃墜事件が起こった。私の担任の先生は、非常に若い先生だったのだが、田中角栄の裁判があると、クラスのテレヴィをつけて、みんなと一緒に見てしまったりする人だったので、この時も、クラスのみんなで、なぜ大韓航空機があんな航路を飛んで、撃墜されるようなことになったのだろうと、話し合わせた。

 私は、

大韓航空機は、サハリンだけでなく、カムチャッカ半島の上も飛んでいるから、やっぱり、スパイ目的で、ソビエト連邦に、侵入したんじゃないかと思います。」

と意見を述べた。

 それぞれの人が、色んな見解を述べた。



 あの時の私の見解が、恐らく誤りだったということは、以下のページを読めば、分かる。

大韓航空機撃墜事件

 だが、少なくともあの頃、私は、政治にも興味があり、授業で習い、学校から見学に行った、国会の議員を、自分でも選びたいと思っていた。

 その気持ちは、高校1年生の時、自分が小学校6年生の時、自民党過半数割れを起こし、新自由クラブを吸収するようにして無理矢理、過半数を維持したのだった、と知った時は、あの頃私が、さらに1票加えられてればなあ、と思った。



 素晴らしい子供じゃないか、どこが恥ずかしいんだ、と思うだろう。この後なのだ。

 私は、1991年、二十歳になった。大人である。選挙を待っていた。

 そして、1992年7月26日、参議院選挙があった。

 私は、下宿の近くにある学校へ、選挙に行った。

 投票用紙を受け取って、鉛筆のあるところへ行った。


 その時である。


 私は、誰に投票したらいいか、分からなかったのである。

 誰がどの党かなど、何も調べていなかったのである。そこへ、行くだけで、良いんだ、と思っていたのである。

 だが、今さら、分かりません、と言って逃げ出すわけにもいかない。

 私がどうしたか。



 ただ、ひらがなだった、それだけで、1人の候補に票を入れたのである。



 しかも、それだけではない。ひらがなの候補は2人いた。その中の、なるべく書くのが楽な方の候補の名前を書いたのである。

 私は、後ろめたいような気持ちになりながら、投票所から出てきた。

 私の人生で、最も恥ずかしかったことの1つである。

 東京大学の医学部、そして、京都大学の医学部、その次に難関なのが、京都大学理学部なのだ。

 東京大学理一は、理学部と工学部を一緒に取るので、定員が1108人だが、京都大学理学部は単独なので、311人(私の時は、332人だったような気がするが)なので、難しさは3番目なのである。

 そればかりではない。東京大学が、漢文を課すのに対向し、京都大学は、高校でほとんど習わない、明治擬古文という、半分漢文のようなものを課す。明治擬古文というものを知らない人は、森鷗外の『舞姫』を思い浮かべると良い。

 本当は、あれより数段難しい、幸田露伴の文章などが、出てくるのだが、そういう漢字だらけの問題で、さらに、クイズ番組で出題されることもある、普通の人が書けないような、漢字の問題が10問、出るのである。そんな大学に受かるような人間が、ひらがなだったから。それも、書くのが楽なひらがなだったから、という理由で、候補を選んだのである。

 あぁ、私は、ここに書くために、あの時、ひらがなの候補に、投票したんだなあ。

 あの時の、投票用紙、残ってないよねぇ。

 でも、今、私は思う。

 この話をして、私を笑える人が、日本に何人いるだろうかと。

 私のこの話を読んで、

「松田さんでもそうだったなんて、安心します。」

というのが、多くの人の、感想ではないかと。

 だから、私は、小学校の少なくとも高学年になる、10歳から、選挙権を認めた方が良いのではないか、と提案したくなるのだ。

 恐らく、諸君が、選挙への熱が冷めてしまったのは、その国会というものについて、学んでいた時、投票できなかったからだ。

 そして、開票率1パーセントで大部分の議員の名前が確定するのを見て、1票の価値というものが、限りなく軽い、という感覚を持ってしまっているからだ。

 そして、さらに、世界の大部分が平和になってきている、というのも、投票に熱がこもらない理由だ。

 最後に、お金の問題がある。まず、大人は、自分の利益にならなければ、投票に行かなくなっている。さすがに、消費税で、生活を圧迫された1989年の参議院選挙では、多くの大人が、重い腰を上げた。

 本当に数回、そんなこともあったが、投票率は、どんどん下がっている。


 多分、10歳から選挙権を与えよう、と私が言うと、まず、与党から、反論が来る。

 なぜなら、子供は、買収できないから、与党としては、自分達に不利な方向に動くだろうと思うから。

 選挙に行かないような、大部分の大人は、

責任能力のない、子供に、国のことは任せられない。」

と言うだろう。

 一部の、本当に、日本の政治の弱点に気付いている人達だけが、私に賛成してくれると思う。

 私は、そんな大人が、1人でも増え、私のように、二十歳になってから、恥ずかしい投票をするような人が、日本中にいなくなることを祈っている。

 戦争は、いずれ、科学が解決するだろう。だが、その日までは、やっぱり人間は、平和になるよう努力しなければならない。

 そして、

「戦争は、絶対、悪い。」

と言うのは、

「王様は、裸だ。」

といったのと同じように、子供にしかできないことなのだ。

 もっと、子供を信じようよ。

 今日は、ここまで。

 現在2015年4月1日21時58分である。おしまい。