相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。ブログの先頭に戻るには表題のロゴをクリックしてください

読書の秋ということで

 現在2005年10月5日23時21分である。

 10月も5日目にしてようやく秋らしくなってきた。本来なら、9月から、秋なのだが、秋だと気付くのは、やはり10月くらいになってからだ。

 ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「和声と創意への試み」の最初の4曲、「四季」でも、「秋」の第2楽章からようやく木の葉が散って、寒さが近づいてくる描写がある。

 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

と、藤原敏行(ふじわらのとしゆき)が詠んでいるように、秋とは、いつの間にか来るものなのだ。

 私は年中本を読んでいるので、改めて、読書の秋、などというのもおかしいのだが、せっかくこの時期、本を読もうかという人のために、私が今までに読んだことのある本で、特にお薦めの本を紹介してみよう。

 

ガラスの仮面 49 (花とゆめCOMICS)

ガラスの仮面 49 (花とゆめCOMICS)

 

 

 まず、まともな本を読むのはおっくうだという人のために、マンガを一つ。かつて女の子だった人なら、知らない人は恐らくいないであろう、少女マンガの名作、「ガラスの仮面」は、男性が読んでも面白い、本当に万人向けのマンガだ。

 物理学者の米沢富美子さんも、書棚の前面には、物理の本が並んでいるが、一段奥には、ガラスの仮面が、ちゃんとずらーっとあるんだと、新聞に書いていたのを読んだことがある。

 初めに断っておくが、このマンガはまだ、未完だ。作者は生きているので、まだ、未完のまま終わるのかどうか、定かではないが、現在42巻まで進んでいて、ここまで読むだけでも、十分楽しめる。

 どこが面白いのか。そんなことは、読み始めればもう意味のない質問であったことが分かる。とにかく、初めに写真を出しておいたが、あの写真のイメージで、いかにも少女マンガ的で本屋で買うのがはばかられる。という男性は、文庫にもなっていて、こちらは、23巻まであるのだが、その方がもう少し、少女っぽくなくて良いかも知れない。

 付け加えておくと、このマンガが、42巻まで全部揃っているのは、私の知る限り、池袋のジュンク堂書店の地下だけだ。

 文庫の方は、もう少し揃っている書店が何軒かあるが、いっぺんに揃えようとすると、無理があるかも知れない。

 まず1巻を買って、読んでみよう。1巻の最初に出てくる、横浜港では、大晦日の真夜中に、港の船が一斉に、汽笛を鳴らす。というのは、本当のことである。私の実家からも、その汽笛が聞こえるからだ。

 

嵐が丘 (新潮文庫)

嵐が丘 (新潮文庫)

 

 

 さて、次は小説を紹介しよう。私がこれまで読んできた小説の中で、どれか1冊一番面白かったものをあげろ。といわれたら、迷わずエミリ・ブロンテの「嵐が丘」をあげる。

 私はこの小説を読むまで、小説というものがこれほど面白いものだとは知らなかった。もちろん、ロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」とか、レフ・トルストイの「戦争と平和」とか、ドストエフスキーの「罪と罰」とか、日本の作家では、夏目漱石の「三四郎」や「こころ」や「明暗」とか、芥川龍之介の「河童」とか、小説といわれるものを、それまで読んだことがなかったわけではない。

 しかし、この小説ほど、最初から最後まで、本当にマンガでも読んでいるかのように、面白くて面白くてしょうがなかったというものは、他になかった。

 エミリ・ブロンテのお姉さんの、シャーロッテ・ブロンテも、「ジェーン・エア」という面白い小説を書いている。立花隆(たちばな たかし)は、子供の頃の作文に、「ジェーン・エア」の方が面白かった、と書いているし、ジェーン・エアの方が、美男美女の話ではなく、潔くて良いなどと、私の母も言っていたが、そんな理屈をいくら言っても、実際に、両方を続けて読んだ私には、嵐が丘の方のおもしろさは、消しようがない。

 本当のことを言うと、私はまずジェーン・エアを読んだのだ。そして、結構面白かった。それで妹の嵐が丘を読み始めたのだが、読んでいて、この本に、ジェーン・エアのようなおもしろさを期待してはいけないのだろうな、と思って、読み進めた。

 しかし驚いたことには、嵐が丘の方が、はるかに面白かったのだ。それも、ちょっとやそっとではなかった。あんな楽しい思いをしたのは、私の人生の上でも、なかなかない。

 疑い深い人は、図書館で借りて、30ページくらい読んでみると良い。その本を買わなかったことを、後悔するだろう。

 

 もう1冊、是非お薦めの本がある。私がこのブログで何度も、登場させている、ファインマンの自伝のような本である。本人が、自伝ではないのだ。といっていたそうなので、一応自伝のようなものとしておく。

 

リチャード・フィリップス・ファインマン

  「ご冗談でしょう、ファインマンさん(上・下)」

 

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

 

 

 

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)

 

 

 

 物理学者の語ったものなので、私などには、何でもなく読み流せるようなことで、一般の人には、難しい言葉がいっぱい、と感じられるようなところもあるが、読み進むに従って、面白くてたまらない、ということになる。上巻の一番最後の話が、この世界の一つの物理法則を、ナイトクラブの司会者から教わった貴重な話だ。男性が読んでも、女性が読んでも、これは面白いに違いない。

 この本には、続きとして、「困ります、ファインマンさん」という本もある。上の本を読んだら、きっとこちらも読みたくなることだろう。

 

 

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)

 

 

 

 さて、本の紹介は以上にして、数学を進めよう。

 今日は微分の話だった。51ページから52ページにかけてある、微分の定義をしっかりと受け止めよう。具体例もあるので、理解不能と言うことはないだろう。

 右微分係数とか、左微分係数などという言葉も、現れているが、これらは忘れてしまっても、余り困らない。覚えておかなければならないのは、54ページの導関数というものである。これは重要なだけあって、書き方も色々工夫されているので、慣れて欲しい。

 54ページには誤植もある。例題3-1の解の中で、f’(x)=1/√xを得る。

とあるのは

f’(x)=1/2√xを得る。

の誤植である。

 ここまで読んで分かるように、εーδ を知らなくても、微分をある程度知ることが出来る。実際、かなりの部分まで進むことが出来る。だが、この本では軽くしか触れていない合成関数の微分などをやるときには、必要になってくるのである。

 

 今日はここまでにしよう。

 現在2005年10月6日2時12分である。