相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。ブログの先頭に戻るには表題のロゴをクリックしてください

なぜ本を全巻そろえて買うか

 現在2017年7月10日2時30分である。

「あらっ、太郎さん、ホーキング-エリスのための話をしてくれるんじゃなかったの?」

 うん。その記事は、かなり書き進んでいるんだ。

「じゃあ、なんで、こんな題で?」

 ホーキング-エリスを訳す関係上、現在私は、大量の文献を参照しているんだ。

「それで?」

 私の家は、本であふれてる。

「ふーん」

 ところがね、昨日(2017年7月8日)、実家へ行ったら、いずみ野のもう死んだ祖母の家から、現在の家に移る際、あまりに狭い家なので、持ち込めなくて、実家にあずかってもらっていた本を、山積みにして、見せられて、

『これを、どうする?』

と、言われたんだ。

「どんな本があるの?」

 例えば、


朝永振一郎『鏡のなかの世界』(みすず書房

200CDヴァイオリン編纂委員会編『200CD ヴァイオリン 弦楽器の名曲・名盤を聴く』(立風書房

立花隆天皇と東大』(1)~(4)(文春文庫)


など、100冊くらい。

「えっ、太郎さん、自宅にも500冊以上あるんでしょ。まだ持ってるの?」

 当然だよ。

 私の読みたい本は、たくさんあるんだ。

「それで、『どうする?』って言われて、なんて答えたの?」

 ちょっとずつ、運ぶ、と答えた。

「大した根性ね」


 そのとき、父が、『天皇と東大』を見て、

『なんで、こんな本買ったんだ?』

と、言ったんだよね。

「なぜ、聞いたのかしら?」

 父は、自分が、大学生時代、親に負担をかけないようにするために、教科書は、図書館で借りて済ました、という人間なので、本を買う楽しみを知らないんだ。

「お父さま、本当に本を買わないの?」

 大学を卒業して企業に入社してからは、少しは買っていた。

 でも、一方、平凡社の『世界大百科事典』を買うくらいだから、どうしても必要なものは、買っていた。

「そういえば、『ファインマン物理学』も、買ってたわね」

 でしょう。

 ただ、新しい本に出会って、衝動買いする、という喜びを、知らないんだ。


「それで、太郎さんは、なんて答えたの?」

 そんな、当たり前なこと、聞くなよ、と思いながら、

『面白いかな? と、思ったから』

と、答えた。

「お父さま、なんて?」

『面白いかどうか、分からないのに、4巻全巻買うなよ。まだ、悪い癖が治ってないな』

って、言ってきた。

「そういう時、太郎さん、なんて答えるの?」

『ああ、お父さん、『自分は、絶対正しい』という妄想が、治ってないな。でも、もう76歳だから、今さらお父さんに、『お父さんの生き方、間違っているよ』っていうのやめておこう。後、2,3年で、生ききるんだもんな』

と思って、言い返さない。

「太郎さんは、全巻そろえて買った方が、良いと思ってるの?」


 これは、私の苦い経験が、影響している。

「苦い経験って?」

 『ファインマン物理学』を大学に入るまで、きちんと読まなかった、という話はしたね。

「ああ、小学校の時開いて、『躍るアトム』が、『鉄腕アトム』だと思っちゃったからなのよね」

 そう。

 でも、それだけじゃなかったんだ。

「他にも理由があるの?」

 父が、企業入社後、『ファインマン物理学』の初版を買って勉強していた、という話は、書いたことがあったね。ところが、父が『ファインマン物理学』の第Ⅱ巻を読み終えて、第Ⅲ巻を読もうとしたとき、第Ⅲ巻は、まだ訳されてなかったんだ。

「あっ、1968年頃だものね」

 第Ⅲ巻が出版されたのは、1969年9月30日のこと。

「お父さまどうしたの?」

 『The Feynman LECTURES ON PHYSICS』

を買ってきて、読んだんだ。

「米語版を読んだのね。さすがね」

 ところが、父は、そのことのために、

ファインマン物理学』日本語版第Ⅰ巻

ファインマン物理学』日本語版第Ⅱ巻

ファインマン物理学』米語版第Ⅱ巻

ファインマン物理学』米語版第Ⅲ巻

という組み合わせで持っていた。

「そういえば、日本語版の第Ⅰ巻と第Ⅱ巻が、米語版の第Ⅰ巻だったわね」

 そうなんだ。

 父は、読んだから分かってたけど、知らなかった私は、

『この『ファインマン物理学』って、全部そろってないじゃん』

と思って、中学時代に、読もうかな、と思って、

第Ⅰ巻第8章 運動

という章を読み始めたのに、やめてしまった。


「なぜ、中学生で、『ファインマン物理学』を読もうと思ったの?」

 以前話した、中学2年のときの数学の担任の、

『たもっちゃん』

が、中学生に分かるわけないのに、黒板に、

{9.8\mathrm{m/s^2}}

と書いて、

『地球ってのは、こうなってるんだ』

って、言ったんだ。

 クラスの誰も分からなかったのに、私が、

『加速度?』

と言った。

 『たもっちゃん』は、

『そう、重力加速度』

と、答えた。

 そうしたら、クラスで、私が、

『一番綺麗だな』

と思ってた女の子が、私の方を向いて、

『分かるの?』

と、言ったんだ。

 私は、うなずいた。

 その日、中学から帰ると、私は、

『分母に、秒の2乗があるのは、加速度だ。でも、どうやって加速度って計算するのだろう?』

と思って、

『岩波 理化学辞典』

当時は第5版でなく、第3版

 父や母の大学時代の

微分積分学――精解演習』

『演習 微分積分学』

などの教科書や、

ファインマン物理学』

を調べまくったんだ。

「それで、求め方、分かったの?」

 ファインマンの説明を読んで、少し分かったけど、完全には分からなかった。

「それが分かったのは、いつ?」

 高校1年で、

山口恭(やまぐち やすし)『微分積分入門』(コロナ社

を、読んだとき。

「じゃあ、2年間も、その問題を温めていたのね」

 そう。


「それで、けっきょく、なにが言いたかったの?」

 『ファインマン物理学』に限らず、我が家には、

バークレー物理学コース『電磁気 上』(丸善

電磁気〈上〉 (バークレー物理学コース)

電磁気〈上〉 (バークレー物理学コース)

アインシュタイン『物理学はいかに創られたか 上』(岩波新書

など、上巻だけあって、全巻揃っていない本が、いくつもあった。

 私は、中学時代、そんなにお小遣いをもらってなかったし、天体望遠鏡のために貯金してたので、高額な本は、なかなか買ってもらえなかった。

 父は、

『上巻を読んで、下巻を読みたかったら、買ってやろう』

というつもりだったのかも知れないが、私としては、全巻揃っていないと、どこで尻切れ蜻蛉になるか分からないので、読む気にならなかったのである。

 これが、私が、

『全巻そろえて買おう』

と思う、理由なのである。

『もっと前に、『ファインマン物理学』や、バークレー物理学コースの『電磁気』を、読めば良かった』

と今でも思っている。

「お父さまを恨んでいる?」

 いや、恨んではいない。

 あれが、父の正義なのだもの。

「でも、お父さまの正義の犠牲になったとは思わないの?」

 思わない。

 私は、我流を通したお陰で、ファインマンランダウの良いところを両方吸収できたのだもの。

「そういえば、ランダウとリフシッツの『理論物理学教程』というものも、あったわね」

 父は、『ファインマン物理学』で、止まったけど、私は、物理学の新約聖書である『ランダウ=リフシッツ理論物理学教程』まで、進んだ。

 父を恨んでは、いないよ。

 父は、わざと私の前で、上巻を買って、全部読んでから下巻を買ったりしてたけど、私は、父の押しつけは、全部、同情と共に、排除してきた。父のようには、なるまいと。

「お父さまから見たら、『なぜこの子は学習しないのだろう』と、思ってたでしょうね」


 父の、

『自分は、絶対正しい』

というの、統合失調症の妄想なんだ。

「えっ、お父さま、統合失調症なの?」

 統合失調症って、ほぼ100%遺伝するんだ。

 私の統合失調症は、父からの遺伝の可能性が高い。

「でも、お父さまは、一流企業で、働いてたんでしょう」

 統合失調症って、学歴や収入と関係ないの。

 ラッセル・クロウ主演のアメリカ映画『ビューティフル・マインド』の数学者ナッシュは、統合失調症だけど、ノーベル経済学賞をもらい、2015年には、数学のノーベル賞である、アーベル賞を受賞している。

統合失調症でも、そんなすごいことが、できるの?」

 だから、父が、統合失調症でも、全然変じゃない。

「どういうところが、統合失調症だと思うの?」

 例えば、自分のやっていることに夢中になっていると、他の人の声が耳に入らない。

「具体的には?」

 母が、おしゃべりだというのは、今までの投稿で分かるだろう。

「それは、分かるわ」

 ところがね、私が、京都大学を中退し、リハビリの一環で、父と共に小さい会社で働き出した。そこの社長さんが、父と母を誘って、何度も海外旅行に連れて行ってくれた。

 そして、私が、35歳になる頃、ニュージーランドに旅行に行ったとき、社長の運転する車の中で、母がいつものように、しゃべりにしゃべってたんだね。

「うん、うん、それで?」

 その時、初めて、父が、

『おかあさん、おしゃべりだなあ』

って、気付いたの。

「えっ、だって、結婚40年くらいになってるじゃない」

 父には、母のおしゃべりが、聞こえてなかったんだよ。

「でも、温かい家庭だったんでしょ」

 それは、本当。

「どうやったら、それで、夫婦関係が、円満に進むの?」

 二人とも、ものすごく小説を読んでて、こういう場合は、こうしたらいい、というのが、その場その場で浮かぶからなんだね。

「太郎さんは、そういうお父さまを、見習おうとは思わないの?」

 思わないね。

 私は、いつも言っているように、歴史上最高の数学者で物理学者だから、数学と物理学で、問題を解決する。


「じゃあ、お金を稼げないのを、どうやって物理学で、解決する?」

 私、この地球って、生き物というロボットを作っていたときの、失敗作のゴミ捨て場のように、感じられるの。


 例えば、イエス・キリスト

 救世主と言われているけど、実は、キリスト教って、魔女狩りとか、宗教戦争とか、恐ろしいものを生み出してるの。

 イエス様が、十字架の上で死んだりしなければ、離婚を認めないキリスト教なんて、できなかった。


 例えば、アルフレッド・ノーベル

 ノーベル賞を作ったことで有名だけど、その資金を稼ぐことができたのは、ダイナマイトを発明して、戦争で大儲けをしたから。


 例えば、マハトマ・ガンジー

 インドをイギリスの支配から解放したけど、無抵抗・非暴力を貫いたので、途中でおびただしい数の国民が犠牲になった。この恨みもあってか、暗殺される。


 例えば、ジョン・フォン・ノイマン

 プログラム内蔵型という最も普及している電子コンピューターを作った人として有名。数学者として、ハイゼンベルグシュレーディンガー、ボルン、ヨルダン、ディラックらの開発した量子力学に、数学的基礎付けを与えた。また、ゲーデルの第一不完全性定理の講演を聞いて、ただちに第二不完全性定理を感じ取り、ゲーデルに示唆を与え、肝心な論文にゲーデルは第二不完全性定理のスケッチを書き込んだ。悪魔のように鋭いとか、実は悪魔だったとまで噂されるのは、太平洋戦争において、原子爆弾を作るには、速く燃える火薬と、ゆっくり燃える火薬を、どう空間的に配置すれば良いかを、自分の作った真空管の大型コンピューターで、何ヶ月もかけて計算して本当に求め、そうしてできた原子爆弾の投下場所として、広島を提案したことからもうかがえる。ノイマンが広島を提案したことは、全科目優秀だったノイマンが、ただ一つ良だった習字の、下手な筆跡で、Hiroshimaと、原爆投下地決定会議のメモで書いていることから、分かるのである。大天才にして、悪魔。イエス様よりすごい。


 これだけ並べて、地球というのが、理想の生き方をできる柔軟な思考のできるロボットを作る上で、失敗した作品のゴミ捨て場ではないか、と気付けないだろうか。

「もしそうだったら、どうなのよ」

 失敗作でも、自分が生きたいと、微かに思っている。

 私は、それを頼みに、お金持ちが、自分のお金が減るのは、いやだ、というのを説得して、

『もうお金というものを、過去のものにしましょうよ』

という考え方に、賛同してもらう。

「お金を稼げないから、お金という概念をなくそうというの?」

 稼げないから、なくすのでなく、人類の幸せのために、なくすんだよ。

「成功するかしら?」


 イエス様の言葉に、

『どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。』

というものがある。

 ここでいう『しるし』というのは、奇跡のことである。

「どういう文脈なの?」


 マルコスによる福音 第8章第11節

人々はしるしを欲しがる

 ファイリサイ派の人々が来て、イエススを試そうとして、神から遣わされたというしるしを求め、議論をしかけた。イエススは、心の中で深く嘆いて言った。「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておくが、神は、今の時代の者たちには、けっしてしるしをお示しにならないのだ」。そして、彼らと別れて、また舟に乗って向こう岸(ガリラヤ湖の「向こう岸」)へ行った。


というところなんだ。

 みんな、イエス様が、十字架の上で死んで、その後生き返るまで、奇跡が起きたと信じなかったんだ。

「じゃあ、太郎さんには、奇跡が起こせるの?」

 この600冊の文献を用いて、それぞれの人が、自分が生きているというのはこういうことか、と納得させられると思う。

「そのために、今、何やってる?」

 『AKB48小学国語』と『AKB48小学算数』を、実際に解いてる。

「本当に?」

 うん。6月30日に、始めたんだ。

「どんなことをやった?」

 苦戦したのが、AKB48小学国語の2日目のかたかな。


次の野菜や果物のうち、ふつうはかたかなで書くものを四つ選び、(  )にかたかなで書こう。

にんじん もも みかん

とまと さつまいも なし

ごぼう めろん きゅうり

りんご れんこん ぱせり

だいこん ばなな たまねぎ


(    )(    )

(    )(    )


 これ、すっごく考えた。結果的に正解したけど、余り自信がなかったので、『やったねシール』は、『ごうかく!!』にした。

「前の日は?」

 『かんぺき!』のシールを貼った。

「小学校だもの当然よね」

 麻友さんは、できるかな?

「こういうふうに、後で使うかどうか分からない文献でも買っておくのが、太郎さん流なのよね。

 そういうこと。

 父と私の正義は、違うの。

 でも、この世界で一番重要なのは、正義じゃない。

「太郎さんは、何が一番重要だと思うの?」

『自分が、そして社会が、良くなるように、努力すること』

「社会と自分とどっちが重要なの?」

 社会が良くならないと、自分を良くすることができない。でも、自分を良くしないと、社会のためにした努力が空回りになる。

 だから、どっちも、重要なんだ。

「私、社会の役に立ってる?」

 もちろん。

「でも、選抜総選挙、2位だったわ」

 私が、こうしたらと言った。

162,277票

には、ならなかったね。

「がっかりした?」

 かえってほっとした。

 AKB48の票操作を手伝ったなんてことになったら、来年から選抜総選挙できなくなるところだった。

「私は、ちょっとがっかりだったけど」

 いや、麻友さんは、2年前に私が予想した、

『初めて、1回だけ1位になったきり、AKB48を去った人』

として、永遠に歴史に名前を刻まれることになるんだ。

「それだけじゃないわ。最初から最後まで、神5入りしたメンバーでもあるの」

 あっ、初めて麻友さんが、自慢した。

「太郎さんのナルシシズムが、うつっちゃったわ」

 人間は、ちょっぴり自慢して、

『あーっ、私、この世界で周りから褒められる人間なんだ」

と、安心することがあっていいの。

「ありがとう。太郎さんと話していると、新鮮な気持ちになるわ」

 私に取っても、麻友さんは、新鮮。

 7月4日に、駅ビルのCIALの中のくまざわ書店に行ったの。

「なぜ?」

 一つは、『ゲノム編集』の本を見るためだったけど、もう一つは、『SWEET』を覗くため。

「あの号は・・・」

 目次で、『まゆゆのメイクアップLESSON』のページ番号を見て、大体この辺だけどちょっと行き過ぎだなと思いながらページを開いた。

 黒いドレスに、鮮やかなブルーのスカートで、スッゴく輝いている人がいる。

『これが、麻友さんだったらな』

と、顔を見る。

『麻友さんじゃん』

『この雑誌ページ振り間違えてる』

と思った。

 このドレスとスカート、無茶苦茶いいと思って値段を見たら、

『トップス、スカートは共に、スタイリスト私物』

 私、この瞬間、自分のファッションを見るセンス、まんざらじゃないと思ったよ。

 あの雑誌で、宣伝できないくらいの、高級なトップスとスカートだったんだね。

 それが、似合う麻友さんも、さすが。

 一つ前のページに戻ったら、ブラウンチークのまゆゆのメイクアップLESSON。

 ページの振り間違いではなかったんだね。

 ブラウンを、粗っぽく置くとかそういうの、男の人の目からすると、ほとんど見えない。

 顔にどんなに高級な化粧品使っても、ほとんど意味ない。

 でも、あのトップスとスカートをお化粧品ほとんど諦めて手に入れたら、男の人の目を釘付けにできる。

 それが、本当のお洒落だと思う。

「うっ、うっ、あのページ見てくれたのね。あれだけは、見て欲しかった。太郎さん。私達、結ばれる運命よ」

 これ以上、書きたくないね。

「もう一休みして」

 じゃ、URLツイートするよ。

「お疲れ様」

 麻友さんこそ、お疲れ様。

 現在2017年7月10日10時13分である。おしまい。