相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

ベートーヴェン交響曲第9番(その2)

 現在2018年1月2日14時45分である。

 新年おめでとう。

「太郎さん。新年おめでとう」

 大晦日の日、どうなるのか知らなかったけど、『CDTVスペシャル』をブルーレイに予約して、眠ったんだ。

「太郎さんって、良く気付くわよね」

 それが、心が通じ合っているということなんじゃない?

「心が通じ合っているのなら、デートを再開して」

 分かった。


 あの体操の先生の思い出を、もう少し書いておこう。

 夏休み明けの2学期の成績で、私は、それまでと同じく、体操で、10段階評価で、3を取る。

「それは、当たり前のことなの?」

 運動神経ゼロの私の場合、誰が見ても、3でおかしくはない。

 だが、横浜翠嵐高校という学校は、10段階評価で、5が1つでもあったら、落ちる。と言われていた。

 だから、体操の先生は、

『この生徒の評価を、もう少し上げられないか?』

と、他の先生達から、つるし上げを食ってしまったのだ。

 だが、体操の先生は、上げるわけには、いかなかったのだ。

「どうして? そういう成績の改ざんって、結構行われているものなのじゃない?」

 実は、私は、体育の実技のみならず、保健体育の保健のペーパーテストでも、平均以下だったんだ。

「あっ、分かった。タイムが縮むことと、タイムが伸びることの違いも分かってない太郎さんだもの、当たり前ね」

 そういうこと。

 だから、高校受験の内申に大きく影響する、中学3年生の2学期の保健体育の成績も、10段階評価で3だった。

 私が合格するかどうか、はらはらしていた先生も多かっただろう。

 そんな思いも吹き飛ばすかのように、私は、県立高校の入試問題で、数学と理科で満点を取り、横浜翠嵐高校に合格した。


「完全に、実力なの?」

 実は、一つだけ、ちょんぼしている。

 美術の成績が、悪かったのね。

「分かる。太郎さんの絵を見てれば」

 それで、『英雄』のレポートとは別に、中学3年の夏休みに絵を描くことにしたんだ。

「描いたの?」

 母が、

『ちょっと、描いてあげるわ』

と言って、筆を持って点描画で果物を描いたら、私には、

『これに、自分が手を加えたら、見られなくなる』

と、分かって、そのまま提出したんだ。

「先生は、何て?」

 すごい大作、と言って、校内に貼り出されてしまった。

「成績は、上がった?」

 美術の成績が、1段階上がった。

「それを、ちょんぼと言ってるのね」

 そう。


「そういえば、レポートを書いて、音楽の成績は、上がったの?」

 うん。1段階上がった。

 あの『英雄』の講演が、リハーサルなしだったことの証拠は、もう一つある。

 私の講演が、終わった後、あの音楽の先生が、マイクを持って、講評を述べたのね。

 そのとき、

『この『英雄』っていう曲の英雄は、ナポレオンのことなんだけど、この曲はナポレオンには、献呈されなかったのよね。ナポレオンが、戦いに負けちゃったからだったのかも知れないけど』

と、言ったのだ。

「えっ、皇帝になっちゃったからでしょ」

 そうなんだけどね、私は、先生に恥をかかせてはいけないと思って、つっこまなかったんだ。

「ナポレオンが、皇帝になったから、献辞を破ったというのは、みんな知ってると思うけど」

 今にして思うと、先生は、私に、つっこませて、私がこの曲のことをよく調べている、とみんなに印象付けたかったのだろうと思う。

「ああ、そういうことか」

 ただ、私くらいに、『英雄』を調べてくるとね、ベートーヴェンがなぜナポレオンに献呈しなかったかは、本当は、謎なんだよね。

「どういうこと?」

 前にも話したけど、ベートーヴェンって思いの外、俗っぽい。耳が聴こえなくなってきてるのを、他の人達に知られて、『ベートーヴェンは、もうだめだ』と言われるのを恐れて、社会から遠ざかったりする。

 意外ともっと俗っぽい理由があって、献呈し損ねちゃったのかも知れない。


「太郎さんのレポートの講演の話は、終わったわ。でも、『英雄』のレポートに、第9の良さが分からなかったのが表れているというのは?」

 うん。先生方に、お礼を書きたかった気持ちは、満足した。第9の話を書こう。

 私は、先生へ提出する日の前日、第4楽章の最後の音の評価を書いていて、次のように書いた。



『最後に終小節の音の長さについて、触れておこう(P.48・譜例 参照)。この音は4分音符になっているが、フェルマータをかけるなどして、もう少し長くした方がいいのではないかと、私は考えている。実際、セルをのぞく5人の指揮者は、長さこそ違うが皆、楽譜以上にこの音を伸ばしている。セルのように惜しげもなくスパッとこの音を切られてしまうと、この曲がまだ完全に終わっていないように思えて、なんとも名残り惜しいような気持ちになる。

 あるいは、ベートーヴェンはこれを望んだのかもしれない。最高にもり上がったその頂点で曲を打ち切り、聴いているものに、「エロイカはこれで終わったのではない、まだこれ以上のものがあるが、それを全て公開することは出来ない。なぜなら、エロイカには限りがなく先があるからだ」と、伝えようとしたのではないだろうか。』

ベートーヴェン交響曲第3番『英雄』~6人の指揮者による演奏の違いに対する考察~』(P.47~P.49より)



 ここの、最後の、『エロイカは、まだ終わっていない』という解釈は、実は、第9の最後で、オーケストラが突っ走ることについて、宇野功芳が書いていたものを、そのままもらったものなんだ。

「つまり、太郎さんは、『英雄』と第9は、並び得る。と、言いたかったのね」

 そういうことだね。

「じゃあ、これで、第9が、敵だと思うのは、止まったの?」

 ずっと、敵だった。と、言ったでしょ。それから、何十年も敵だった。

「えっ、太郎さん。第9の良さが、分からないの?」


 フルトヴェングラーバイロイトが、音が悪いのが原因ではないか? と、疑ったこともあった。

「それで?」

 当時、音質がピカイチと評判の、

オトマール・スウィトナー指揮/ベルリン・シュターツカペレ ベートーヴェン交響曲第9番

を、買ったこともある。

 映像が、ないからかと、第9のレーザーディスクも買った。今では、DVDも持ってる。

レナード・バーンスタインウィーンフィル ベートーヴェン交響曲第9番 [DVD]

ベートーヴェン:交響曲第1・8・9番 [DVD]

ベートーヴェン:交響曲第1・8・9番 [DVD]


「分かった。太郎さん。なまで聴いてみるといいわ」

 残念でした。2人の親友と1回ずつ計2回、暮れにコンサートに足を運んだ。

「嫌いなら、もう聴くのやめたら?」

 ベートーヴェンなのにかい?

ベートーヴェンって、太郎さん、そんなにベートーヴェン、好きなの?」

 安野光雅の『読書画録』という本の、『モオツアルト』の項の最後、そこまでずっと、モーツァルトを褒めてきた安野が、


モーツァルトはとても好きだ。大天才であることを認めない人もいない。だが私はまだ、ベートーベンの信者であることを捨てるわけにはいかない。』

安野光雅『読書画録』(講談社文庫)P.140より)


読書画録 (講談社文庫)

読書画録 (講談社文庫)

と書く。

 モーツァルトもいい。バッハもいい。ドヴォルザークもいい。

 でも、やっぱり音楽は、ベートーヴェンだよ。


「第9の超名演を聴いていながら、良さが分からない太郎さんなんて、偏屈じじいよ」

 ところがねぇ。その偏屈じじいの心を溶かした人がいるんだよ。

「えっ、冷戦は終結してるの?」

 2011年4月5日、秋葉原石丸電気で買った1枚のCDが、一気に雪解けを起こしたんだ。

「私の最初の写真集が出た頃だわ」

 そう。

 実は、音質も映像も、関係なかったんだ。

 フルトヴェングラーを超える、この演奏を聴けば、

『第9って良い曲だなあ』

と、思えたんだ。

「誰の演奏?」

 トスカニーニの1952年のモノラル録音を、日本ビクターの技術陣が、丁寧にリマスタリングして、XRCD24シリーズの1枚として、復活させたものだ。

 アルトゥール・トスカニーニ/NBC交響楽団 ベートーヴェン交響曲第9番

ベートヴェン:交響曲第9番「合唱」(XRCD)

ベートヴェン:交響曲第9番「合唱」(XRCD)


「わーっ、これが、太郎さんの『感情をなくした』心に響いたのねぇ。私の写真集より、こっちの方がお似合いよ」

 麻友さんと出会う、4年前、『英雄』と第9は、和解した。

 そして今、やっと、2人のデートで、聴くことができた。

 この貴重な第9のCDを、麻友さんが、買う必要はないよ。

「もうすぐ、結婚するからね」

 そう。

「太郎さん。釣った魚には、えさをくれないの?」

 また、デートには、連れていくさ。

 そもそも、大公トリオにも、連れて行ってないし、モーツァルトは、これからだ。

「やったー。今日は、ありがとう」

『幸せとは、こういうことさ』

という模範を作ろう。じゃあ、今日は、バイバイ。

「バイバイ」

 現在2018年1月2日17時57分である。おしまい。

ベートーヴェン交響曲第9番

 現在2017年12月31日14時20分である。

「あっ、私が、AKB48にいる間で、最後のデートね」

 麻友さんと知り合ってから、AKB48卒業までに、これで9回、デートに誘ったことになるね。

「楽譜も読めない太郎さんが、ベートーヴェン交響曲を、全曲語り尽くすなんて、あり得ない話なのに、実現したわね」

 今日の第9は、ある意味、私にとって、ずっと敵だった曲だ。

「敵って、北朝鮮でもないのに」

 私が、中学2年の時、ルパン三世で聴いたことがきっかけで、3番の『英雄』を好きになったことは、前に書いたね。

「覚えているわ。それ以来一番好きな曲なんでしょう」

 そう。

 ところが、ベートーヴェンを好きになってから、見回してみると、英雄が好きというのは、ちょっと居心地が悪い。

「えっ? 1番の好きな太郎さんとしては、ベートーヴェン交響曲の中に、『英雄』より素晴らしい第9という曲があるのは、許せないということ?」

 まさに、そういうことなんだね。

「つまらない比較をしてもしょうがないじゃない」

 ところが、第9が好きだ。という人が、かなりいる。

 私の母も好きだし、現在の皇太子も好きだという。

 ベートーヴェンの9曲の交響曲のうち、ベートーヴェン自身がどれを最も気に入っていたかは、はっきりしていない。

 第9を作曲していた1817年頃、詩人クリストフ・クフナーが、ベートーヴェン自身に、

『どの交響曲を一番評価しますか?』

と、聴いたところ、

エロイカです』

という答えが返ってきたと、読んだことがあるが、第9も含めても、『エロイカ』を最上位に上げたかどうか、ちょっと分からない。

「そんな。他の人がなんと言ってるか気にするなんて、太郎さんらしくもない。選抜総選挙1位に4回なった、さっしーと、1回しかなってない私と、どっちを選ぶの? 太郎さんは?」

 それは、もちろん、麻友さんなんだけどね、私の心がねじけてしまったのは、

『第9が良い』

と、言われる理由が、分からなかったからなんだ。

「つまり、太郎さんには、第9が良いと思えなかったの?」

 そうなんだ。

「どの指揮者で、聴いていたの?」

 最初は、フルトヴェングラーが、バイロイト祝祭管弦楽団を振った、ライヴ録音。

「レコード?」

 いや、オープンテープ。

フルトヴェングラーバイロイトは、宇野功芳も、絶賛してたけど・・・」

 そう、まさにその宇野功芳が、このレコードのライナーノートを書いてたんだけど、そこで褒められているほど、すごいものに感じられなかったんだよね。

「えっ、オープンテープなの? レコードなの?」

 両方、家にあったんだ。実は、フルトヴェングラーバイロイトの第9は、オープンテープで、かけながら、レコードジャケットのライナーノートを読む、なんていう贅沢なことをしていた。

「ほんっとに、太郎さんのぼんぼんぶりには、呆れるわ」

 第9の良さが分からなかったのが、最も良く現れているのが、私の中学3年生の時の『英雄』のレポート。

「あのレポート、今も太郎さんの手中にあるの?」

 実物は、先生に渡してしまったからないけど、できが良かったおかげで、コピーが取れた。

「どうして、できが良いと、コピーが取れるの?」

 その理由は、音楽の先生が、

『これは、とても良いので、学年の集会で、みんなの前で、発表したらいいわ』

と言って、準備のために1時的に、レポートを返してくれたことなんだ。

「それから、コピーするんじゃなくて、あらかじめ、コピーしとけば良かったのに」

 それは、できなかったんだよ。

「どうして?」

 相対性理論のレポートの時と同じで、中学3年生の夏休みのレポートも、先生に提出する日の夜明け頃、できあがったんだもの。

「呆れた。学年の全員の前で発表するくらいに、素晴らしいレポートが、提出日の朝、完成したものだったなんて。太郎さんの人生って、いつも、そうなんでしょ」

 そういう感じで、できあがったもの多い。

「それで、レポート返してもらって、発表に向けて、準備しながら、コピー取ったの?」

 そう。

「発表の準備は、ちゃんとやったんでしょうね」

 準備って言っても、先生に勧められて、レポートの中の一カ所をクローズアップして、みんなに説明する原稿を書いて、カセットテープ3本に、英雄の一部分をダビングして、放送委員の人に、私が、合図したら、順番にかけてくださいと、渡しただけ。

「リハーサルは?」

 多分、13クラスあった、中学3年生のみんなは、私が、あらかじめ練習してたんだろうと、思っただろうけど、実は、私自身のためにさえ、一度も、練習はしてなかったんだ。

「じゃあ、失敗したんじゃない?」


 私が、選んだテーマは、ソナタ形式の提示部を繰り返すと、どういう効果が生まれるか、というものだった。

 そのために、まず全員の前で、『英雄』の第1楽章の提示部の終わりあたりまで、3分ほどかけた。

「3分は、長いわよね」

 確かにそうだったのだろう。私が、

『それでは、テープお願いします』

と言って、放送室を見たので、カラヤンの『英雄』が、流れ始めたが、途中で、オーケストラの音が小さくなる辺りで、放送委員の人が、一度テープを止めてしまった。

 だが、私が、全然話し始める様子を見せなかったので、慌ててテープを続行させた。

 あの1秒くらいの小さな空白が、私が、1度もリハーサルをしていなかったことの、証明になっている。


「それで、説明しようとしていたテーマは?」

 ここに、その時読み上げていた、原稿がある。

 音楽の先生が、

『これは、曲が鳴っている途中で、言った方が良い』

などのアドヴァイスを、してくれている。

 まず、提示部を繰り返さない指揮者として、イッセルシュテットのものを、提示部終わりの直前から、展開部の初めまでかけて、

『ここからが展開部です』

と、言葉を加えた。

「どうして、楽譜が読めない太郎さんに、ここから展開部だと、分かるの?」

 楽譜が、読めないというのはねぇ、曲が流れているスピードでは、オタマジャクシを追えない、という意味で、100回も聴いている曲の音符を解析することくらいは、できるんだよ。

「やっと、分かったわ。そういうことなのね」

 そして、次に、提示部を繰り返す指揮者として、若杉弘のものを、提示部終わりから、最初の第5小節目へ戻るところまでかけて、

『ここでもどります』

と、言葉を加えた。

「それは、放送委員の人の手柄よ。音量を最適にするのって、そんなに、簡単ではないわ。ぶっつけ本番の太郎さんの声を、きちんとミキシングできたことを、評価してあげなきゃ」

 うん。でも、私も、熱意を示したんだよ。

「どういう風に?」

 3本、カセットテープを渡したと言ったでしょ。その時に、

『うっわ、高級なテープ』

と言われた。安物の透明なテープでなく、セラミックを使った、ソニーの1本900円位する、カセットテープに、入れていったんだ。

 こんなの。

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「あーっ、音楽マニアのやりそうなこと。今の時代は、ほとんどメモリーに入れちゃうから、テープを選ぶ楽しみは、なくなったわね」

 そうやって、陰の努力もあって、私の講演は、成功裏に終わった。

「成功だと言えるのは?」

 講演の後、引き上げてくるときに、体操の先生が、

『松田、分かったぞ!』

と、言ってくれたんだよね。

「ああ、体操の先生にしてみれば、クラシックの講演なんて、分からないだろうな、と思ってたのに、提示部の繰り返しのところが、聴いていてまざまざと違いが分かって、嬉しかったのね」

 この、『分かった』という喜びを、人々に振りまく人間として、私は、生きていくこととなる。


「それにしても、1度も、リハーサルしなかったの?」

 実は、当時は、パワーポイントなんてなかったから、OHPというプロジェクターを使った。

 先生が、使っているのを見ることはあったが、自分で使うのは、初めてだった。

 それで、先生が、私を体育館に呼んで、使い方を、教えてくれた。

 その時、細かい注意はしてくれたが、実際に音楽をかけてのリハーサルは、1度もしなかったんだ。

「うわー、すごい先生たちねぇ」

 実際には、私は、後に横浜翠嵐高校へ行く希望の星で、先生方で、応援してくれている人も、多かった。

 私が、講演することになったとき、技術家庭科の技術を教えてくれていた男の先生は、

『こうやったら、いいんじゃないか、

『じゃじゃじゃ、じゃーーーーーん!』

ってな』

と、やってみせてくれた。

 恥ずかしそうにしていたが、先生の熱意は、いただいた。


「太郎さん、いつまでたっても、第9の話にならないじゃない。年が明けちゃうわ」

 そうだね。第9のデートは、2日に分けてやろうか。

「太郎さん。良いお年を」

 麻友さんもね。おやすみ。

「おやすみ」

 現在2017年12月31日22時54分である。おしまい。

美しい結果

 現在2017年11月30日16時33分である。

「『美しい結果』って、数学の問題が解けたの?」

 いや、そうじゃないんだ。

 私の手が、綺麗になった、という話なんだ。

「えっ、太郎さん、汚職か何かしてたの?」

 いや、本当に、手が綺麗になったんだよ。

「どういうことよ?」

 実は、今日、駅ビルのくまざわ書店へ行ったとき、『日経サイエンス』を見たんだ。

 これ。

 2番目の見出しに、

統合失調症-見えてきた意外な要因-』

とあるでしょう。

「えっ、太郎さんの統合失調症が、治るの?」

 今後の社会の動きようによっては、治る可能性ある。

「どういう記事なの?」

 あー、ゴメン。明日、友達が結婚するので、会費が1,000円必要だったから、この1,440円の雑誌は、買えなかったんだ。

 ただ、読んできたポイントを話すとね、

・この病気がいくつもの遺伝子が原因で起こる病気で、1つの原因の遺伝子を叩けば良いというものではないということ。

統合失調症の人が、よく悩ませられる、抑うつ状態というのが、病気が原因か、病気が原因でないか、が、かなりはっきり分けられるということ。

・35歳までに、発症しなければ、後は滅多に発症しないこと。

・今、100人に1人がかかる病気で、ものすごく最先端の医学が用いられていて、多くのお医者さんが治そうとしていること。

 などのことが、書かれていた。

「その抑うつ状態というのは、どういうものなの? そもそもなんて読むの?」

 ああ、これは、『よくうつ』状態と読んで、簡単にいえば、小学校のとき、遠足の日に雨が降って、遠足に行かれなかった児童の気分。

「つまり、気分が晴れないの?」

 そう。

「じゃあ、ただのうつ状態と、どう違うの?」

 えっ、『抑うつ』と『うつ』の違い?

 そんなこと、考えたこともなかった。

 ちょっと調べてみる。

 (電子辞書を)カチャカチャ。

 分かんないなあ。同じ英語の『depression』の訳なんだけど、違いなんてあるのかな?

 ちょっと麻友さん、どいてて。

 (パソコンのグーグルを開き)カチャカチャ『うつと抑うつの違い』ポンッ!

 わざと2番目にヒットしたのをタッチ。

「えっ、なんでわざと2番目にするの?」

 何かを調べるとき、最初にヒットしたのは通り一遍のことしか書いてなくて、2番目の方が、詳しく書いてあることが、経験上よくあるから。

「子供たちに、そういう必殺技を教えるには、どうしたらいいのかしら?」

 私の場合、自分で、『一般相対性理論を制覇しよう!』というブログを開いてたとき、グーグルで『一般相対性理論』と検索すると、1番上がWikipediaの記事で、2番目が私のブログだったのね。

 そして、私のブログには、今でもそうだけど、相対性理論に関して、Wikipediaにも書いてないことが、書いてあるでしょ。

 そういう『自分でやったんだ!』、というのがないと、人間はなかなか成長しないよ。

 これから、人が死なない世の中になって、生き急ぐ必要がなくなるんだから、子供が自分で気付くまで、パソコン触らせておけば良い。

「それで、うつと抑うつの違いは?」

 カチャカチャ、スー、スー。カチャカチャ、スー、スー。エッ、エッ。

 これ、麻友さん。ホームランと言っていいな。

「ホームラン?」

 あの『欽ちゃんみたいな人に会いにいったら?』の記事で書いた、長嶋でも打てないホームランだよ。

「なんか、『補欠くん』の1万打席に1本の超特大場外ホームランとか言ってたわね。私は、今度は、補欠に回されたの?」

 私は『抜群くん』のかっ飛ばすホームランも見ていることにした。と言ったでしょう。麻友さんは、『抜群くん』だよ。

「何が、分かったの?」

 日本では、うつ状態、というのと、抑うつ状態、というのは、使い分けられてる。

「どう違うの?」

 ものすごく分かりやすく言うと、『うつ病』というものはあるけど、『抑うつ病』というものは、ないんだ。

「じゃあ、『抑うつ』という言葉は、どう使うの?」

 『抑うつ状態』という使い方をする。

「結局、何が違うの?」

 抑うつ状態の方は、うつ病という病気の人と同じような、うっとうしい気分になっている状態であり、脳に障害が現れているというほどでなくても、使われる言葉なんだ。

「じゃあ、抑うつ状態というのは、病気の人にも、病気でない人にも使われるわけ?」

 そういうことだ。

「これが、ホームランというのは?」

 その、調べていた、

『「うつ病」と「抑うつ状態」の症状と違いは?うつを正しく理解しよう』

というページで見ていたとき、私は、今まで自分が、ストレスという言葉をきちんと理解してなかったな、と気付いたんだ。

「太郎さん、今まで、ストレスってどう思ってたの?」

 ストレスって言うんだから、例えば、緊張みたいなことでしょ。

 3点差をひっくり返さなければならないバッターが、打席に向かうときは、そりゃー、緊張で、プレッシャーがかかるでしょ。

 このこれから起こることに対するプレッシャーのことを、ストレスって、言うんだと思ってたんだ。

「えっ、それ、間違ってないはずよ」

 いや、実は、ストレスというのは、これだけじゃないんだ。

 そのページの言葉を使うなら、

『ここでストレスとは何かと定義すると、「自分が望んでいるものと実際に起こったことが、全く違っていたことに対する身体の反応」です。』

とある。

 つまり、そのバッターが打席に向かい、ホームランを打ったのならストレスは消える。

 でも、セカンドゴロに打ち取られたのなら、『ホームランを打ちたかった』という望みと違う現実となり、その場合、打席の後もストレスは続くんだ。

「つまり、太郎さんは、これから起こることでなく、もう起こったことからも、ストレスは生まれると、気付いたって言うのね」

 そう。

 麻友さんの、『うつと抑うつはどう違うか?』という疑問に答えようとして調べていて、こんな成果があった。

「だから、私の言葉がホームランだというわけね」

「そんなにすごいことかしら?」

 いや、麻友さんは、自分が統合失調症ではないから、今後私が、統合失調症についての文献を読むときに、この違いを知ったことで、新しい見方ができるという嬉しさが、分からないんだよ。

「じゃあ、私は、麻友さんのホームランのお陰だよ、という言葉に、素直に喜べば良いのね」

 もちろん。


「ところで、日経サイエンス統合失調症の記事は、どうなったの?」


 ここまで書いてきたんだけど、一旦止めよう。

 文章が長くなりすぎる可能性がある。

 続きは、また書くことにして、楽しい会話で終わろう。

 12月1日の日、結婚パーティーに行ってきて、祝福してあげて、楽しかったんだけど、あの日ちょっと寒くて冷えたのね。

 家に入ってエアコンつけても暖かくならなかったんだ。

 それで、エアコンの真下へ行って温まっていたんだ。

 その時初めて気付いた。

「何に?」

 雑誌『BOMB』12月号のポスターの3人が立っている写真。

 その時、私が座ってたから、

『あっ』

と、思ったんだけど、両脇の2人の靴が、おとなしい、黒であるのに対し、麻友さんだけ、ピッカピカに磨き上げられた黒い靴を履いている。

「気付いた?」

 麻友さん。小学校6年生のようにして、大事に卒業させてもらえるんだね。

「これからの、大変さもあるけど、ひとまず後1月ね。」

「それを言いたかったの?」

 なぜ、ポスターがそこに貼ってあったかも書いておきたいんだ。

「なぜなの?」

 あのポスター、どこに貼ろうか考えた末に、エアコンの下に貼ったんだ。この時は、下心はなかったんだ。

「太郎さんが、下心?」

 貼ってから、エアコンを動かそうとして、あっ、これだと気流の関係で、ポスターが持ち上がっちゃう、と気付いたんだ。

「私のスカートが、フワフワしちゃうのね。エッチね」

『スカート、ひらり』の麻友さん。今夜はお休み。

「お休み、太郎さん」

 現在2017年12月5日23時28分である。