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相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

ベートーヴェン交響曲第1番

 現在2015年5月3日22時40分である。

 まゆゆ、が、少なくとも、AKB48のメンバーである限り、私は、ある意味、困る存在だろう。

 だが、どんなときも、味方になってくれると、言ってくれる男の人は、やっぱり頼もしいものでもあるだろう。

 AKB48というのは、

『会いに行けるアイドル』

というのを、謳い文句にしているのであるから、まゆゆ、に、会いたかったら、握手会のチケットを手に入れて、会いに行くことも、不可能ではない。

 だが、それは、やめておこう。

 まゆゆ、を、慌てさせては、いけない。


 私は、週に何度も、まゆゆ、を、画面で見ていて、楽しんでいるが、まゆゆ、だって寂しくなるときもあるだろう。

 今は、春だから、まだ良いが、季節が移ろって、秋にでもなったら、寂寥感というものは、人の心をむしばむ。

 私の大好きな、中島みゆきの『誕生』の冒頭、

♪一人でも私は生きられるけど、でも誰かとならば人生は遙かに違う、強気で強気で生きている人ほど、些細な淋しさでつまづくものよ

のようなことが、まゆゆ、に、起こってはいけない。


 そのために、私は、時々、まゆゆ、を、デートに誘うことにした。

 彼女が、新鮮だと感じるような話を、語っていこうと思う。

 中島みゆきの話が出たように、まず、音楽の話から始めることにする。

 第1回を、中島みゆきの歌のどれかにしても良かったのだが、音楽と言えば、音楽の聖人、『楽聖』と呼ばれる、作曲家がいる。

 やっぱり、彼から始めよう。

「現代音楽のアイドルに、クラシックか?」

と、疑問に思うかも知れないが、何をやるのでも、『古典』というものを大切にするのは、重要なことである。

 ベートーヴェンのどの曲から始めようか。

 私も、少し、迷った。

 例えば、ベートーヴェンらしさ、という点では、通称『運命』と呼ばれる第5とか、ピアノ協奏曲の『皇帝』などが、筆頭に挙げられる。

 だが、私は、まゆゆ、と、デートを何度も何度も楽しみたかった。

 それで、43歳の私と21歳のまゆゆとの間くらいの30歳の若きベートーヴェンが、人生で最初に書いた交響曲を、振り出しに持ってきて、これから何度も繰り返されるデートが、どんどん楽しくなっていくようにと、考えたのだった。


 ベートーヴェン交響曲第1番は、演奏時間32分くらいの曲である。

 32分というのが、長いのか短いのか、ということに関して言えば、ベートーヴェンの時代にしては、長いほうだった。

 なぜかというと、『交響曲の父』ハイドン交響曲は、ほとんど、30分弱であり、モーツァルト交響曲も、有名なト短調第40番も、最後の第41番も、どちらも30分弱であり、指揮者によっては、30分を越えることがあっても、32分くらいで、皆終わるからなのだ。

 次に調性が、ハ長調である。交響曲くらいに長い曲になると、出だしがハ長調だったからといって、曲全体がそれに影響されるわけではない。

 だが、古典を学ぶことに意味があるのは、こういうところにもあるのだが、何調で始まったかで、その曲のカラーが、かなり決まってしまうのは、昔の曲も今の曲も同じなのである。

 私は、自分に音楽の才能がほとんどないのが分かっているので、楽典を学んだことはないのだが、それでも、曲の冒頭が重要なのは分かる。

 例えば、同じハ長調なので、引き合いに出すが、モーツァルトの最後の交響曲交響曲第41番K.551(けっへるごひゃくごじゅういち)を、初めてレコード盤の上に載せ、針を落としたとき、あの、1回聴いたら忘れない、ものすごい出だしに衝撃を受け、私はそれだけで、あの曲が、半端でないすさまじい曲だと、認めたのだった。

 その時のレコードが、ブルーノ・ワルター指揮であったのも、この感動を永遠のものにしたのだろう。

 それくらい出だしは重要であるから、その曲が何調の曲であるかを覚えておくのには、多少の意義がある。

 ベートーヴェン交響曲は、9曲あるが、その調性を覚えるのは、そんなに難しくない。

 私が覚えた方法を、見せよう。

 まず、交響曲第1番は、最初なので、シャープもフラットもない、1番簡単な、ハ長調にした。

 次に、第2番は、ハから1つ進んで、ニになり、ニ長調となる。

 第3番は、ハニと行って、ホとなる。

 ところで、第3番『英雄』は、音楽の歴史に燦然と輝く記念碑だ。ただホ長調としたのでは、記念碑にならない。そこで、フラットを付けて、変ホ長調とした。

 こう来ると、第4番は、ハニホと来たからヘかな、と思える。だがここで、音楽の本来の表記を思い出してみる。ハニホとは、CDEである。暴走気味だ。そこで、引き返す。Bまで戻る。つまり、ロになる。だが、『英雄』での成功の夢が、まだ覚めきらない。そこで、変ロ長調となる。

 第5番は、・・・。ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調作品67、というのは、あまりにも有名なフレーズである。そう、第5番は、ハ短調なのである。

 第6番『田園』。ベートーヴェンは、一度戻ったりしたが、また先に進む。ハニホの次、ヘに行って、ヘ長調とする。

 第7番。あまりに美しい『田園』を作曲して、それ以上先に進めなくなったベートーヴェンは、音楽の原点に戻る。Aまで戻り、イ長調の曲を作曲する。

 第8番。もう一度、美しい曲を作りたい、ベートーヴェンは、人生で1度だけ、同じ調性の交響曲を書く。『田園』と同じヘ長調。ここで、ヘイヘと行きつ戻りつしたところに、ベートーヴェンの迷いが感じられる。

 そして、最後の交響曲。第9番。ベートーヴェンは、生涯で短調の交響曲を2曲しか作曲しなかった。第5番と第9番。第5番は、ハ短調だった。その次に進むところまでしか、ベートーヴェンは、生きていなかった。だから、ハの次で、ニ短調


 これが、私なりの調性の覚え方。

 丸暗記の苦手な私は、こうやって、物語を作って覚えるのである。

 この家に引っ越してきてから、私が聴いているのは、次のCDに入っている、第1番。


 ベートーヴェン交響曲第1番のベスト演奏なんて、選んだことないけど、よっぽどおかしな指揮者で聴かなければ、この曲の印象が悪くなって困ることなんて、ないんじゃない。

 曲自体について、書きたくもあるけど、正直言って、けなす言葉しか浮かんでこないので、書くのはやめよう。

 まゆゆ、も、分かっているように、好きな人にふられる最良の道は、他人をけなすこと。まゆゆ、自身を酷評するのなら、まゆゆ、の人間ができていれば、大丈夫だけど、他の人をけなすのは、まゆゆ、に嫌って下さいと言っているようなものだものね。

 今日は、ベートーヴェン交響曲第1番を取り上げました。

 現在2015年5月4日18時45分である。おしまい。