相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。

小さな発見(新たなる展開)

 現在2008年5月17日6時07分である。


 今日の数式は、次の2本である。

 西暦0年=西暦1年
 0月=1月

 これだけでは分からないだろうと思うので、説明する。

 まず、私の5月7日と5月12日の投稿を読んで欲しい。

 そこで私は、アーべルが手紙で伝えたかった日付が、8月でなく7月であると主張した。

 実は、この論法には、1つの落とし穴がある。それは、私のような計算法をする場合、12月が表せない。

 もっと正確に言うと、12月31日は絶対に表せないことになるのだ。

 それはそうである。12や31に1よりも小さい小数をかけているのだから、当然、12月とか、31日という日付は出てこない。

 その原因はなんだろうか。


 それは、上に挙げた、今日の数式なのである。

 私達は、毎年、1月、2月、3月、・・・。と暦を進めていく。0月、1月、2月、・・・。とは、言わない。

 これが、原因なのである。


 数直線を思い浮かべなくとも、こんな例を考えたら、分かるのではないだろうか。



 赤ちゃんが生まれてから1年間、母親は、


Γこの子、まだ1歳になっていないのよ。」

と言う。

 この言葉を注意深く分析すると、

「この子、まだ0歳なのよ。」

と、言っていることになる。

 つまり、私達は、無意識のうちに、

「初めはゼロから始まる。」

ということを知っているのだ。

 ところが、世界史を学んだ人は良く知っているように、西暦0年というものはない。紀元前1年の次の年は、ひとっ飛びに西暦1年となっているのだ。


 私達が、子供の歳を数えるように、西暦の年も名付けるのであれば、イエス様の生まれた年は、西暦0年としなければならなかった。


 だから、

 西暦0年=西暦1年

が成り立ち、本当は等式で表すのは変なのだが、その後の西暦の年を全部1年ずらさなければならないのだ。

 でもそんなことをするのは面倒だ。

 また、元旦を1月1日と、覚え込んでいるのだから、それを、0月0日、と呼ぶのは、無理がある。

 そんなわけで、

 0月=1月

なのである。



 これで、12月31日を表せない理由がはっきりする。

 もし、0月0日を採用すると、1年は12ヶ月あり、1つきは31日間あるけれども、1年の最後の日は11月30日と、呼ばれるべきものとなるのである。

 これなら、私の計算法で、表せない日はなくなる。



 さて、ここまでで、一休憩。


 次に、新しい見解を発表しよう。

 1996年に書かれた、アーべルの最新の伝記(訳本は2003年刊)            ‐


アーリルド・ストゥーブハウグ著 願化 孝志(がんけたかし)訳
「アーべルとその時代」 (シュプリンガー) (注:現在は丸善出版


アーベルとその時代
アーベルとその時代
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によると、アーべルの時代、「普通の時計で秒を表示するものはなかった。」とある。

 今回、この伝記を拾い読みしようと思ったのは、私が、


「アーべルが、1つきを31日でなく、30日で計算していたら、本当は、何時になったのだろう。」

と、電卓をたたいたことに始まる。結果は、本当は今日の数式より長いので、書きたくないのだが、



√6064321219
≒1823+7/12+2/12×30
+16/12×30×24+45/12×30×24×60
+0/12×30×24×60×60
=1823年7月2日16時45分


となった。

 「16時45分」なんて、手紙の最後に書いたとしてもおかしくないような、ぴったりした数値であり、こちらの説が、定説になるかも知れない。

 もちろん、私は、この説の発見者であり、この説が有力であることは認める。

 しかし、私には、アーべルが一所懸命に計算するとき、時計では計れない、「30秒」という「いたずら」をやったような気がして、ならないのだ。


 だから、私は今でも、5月12日にブログに投稿した説の信者である。



 最後に、上で挙げた1996年での最新の研究による、日付の予想を書き写しておくのが、フェアだろう。

 この伝記の著者は、1年を365.2422日とする、太陽年と呼ばれる、天文学上の正確な数値を用いている。

 さらに、この著者は、アーべルが、数値的に8月と出るものを7月と勘違いしていたという説を書き、さらに、8月から5日分の数値を引かなければならないのに、5日分足してしまうという間違いをしたと仮定し、さらに、


手紙を受け取った、ホルンボーが、計算間違いをしたのではなく、アーべルが戻ってきてから、アーべルと一緒にこの3乗根の計算を旧交を温めながらやって、数値を出したのではないか?


という、大胆な仮説に立って、1996年時点での最も確からしい数値として、

1823年7月24日19時5分

を主張している。


 今までに、挙げただけでも、

・6月24日         (『近世数学史談』に間違いとして記述されているもの)
・8月4日          (『近世数学史談』で主張されているもの)
・7月2日18時54分30秒 (私の計算)
・7月2日16時45分    (私の計算)
・7月3日          (私の計算)
・7月24日19時5分    (『アーベルとその時代』で主張されているもの)


と、6通りの考え方がある。

 このどれであるか。

 タイムマシーンがあれば、決断を下せる。

 または、宇宙の93光年のはるかに、地球の方を向いた、もの凄い鏡があれば、それに、185年前の様子が写るかも知れない。

 もう一つの可能性は、この宇宙が閉じていて、4次元的に丸くて、うんと遠くをずっと見ていれば、宇宙を一周してきた光が見られるかも知れない。


 この3つの可能性は、どれも、21世紀中には解決しそうにない。

 実は、ねくすとの就労準備講座で、話題の作り方として、私の生まれた日と誕生日が同じ有名人を見つけてみましょう、というのがあった。私は、芸能人を余り知らないので、インターネットを調べまくって、2114年12月2日に、ドラミちゃんが生まれることを知った。

ドラミちゃんに頼むのが、1番、楽なような気がする。


 新しい発見については、このブログのリンク集にある「私の論文の生原稿」というリンクに、数学セミナーに前回送ったものと差し替えて欲しいと申し出た、新しい論文が

アーべルの計算カ(3つの説の比較)


という題で、Word で読めるようにして保存してある。


 こうやって、185年前の1823年から、1996までに分かったこと。そしてその1996年の成果を、12年後に記録を破るように、塗り替えていくということ。このことで私は、毎晩、


Γ世界でただ1人、このことを知っている人間なのだ。」


という喜びに、打ち震えながら、計算しているのである。


 これは、本当の数学者や物理学者が味わうのと同じ喜びであるように思う。私は幸せである。


 それでは、今日は、ここまで。

 現在2008年5月17日8時30分である。おしまい。



 2012年10月18日01時12分、一部修正した上で復活させました。