相対性理論を学びたい人のために

まだ一度も相対性理論を勉強したことのない人は、何か一冊相対性理論の本を読みかじってみて、なぜこんなことが?という、疑問を持ってからこのブログに来てください。ブログの先頭に戻るには表題のロゴをクリックしてください

親友2人のお誕生会(男性の親友の面白かったこと)

 現在2008年5月14日21時20分である。

 5月8日のお誕生会について、女性の親友については書いたが、男性の親友については書いてなかったので、今日は、彼を中心に書こうと思う。

 まず、本当は2人の誕生日だったのだが、会の幹事をやってくれたのは彼だった。彼は、そういう面倒見の良いところがあるのだ。

 もちろん、大学時代3人で会ったときは、中心が、女性の親友の方にあったので、彼女が幹事をしてくれた。私の無理な注文、プラネタリウム、も、彼女が手配してくれた。

 だが、こっちへ戻ってきてからの3回は、いつも彼が幹事である。

 お兄さん、お姉さんがいて、大人の世界を早くから知っていたというのも手伝って、彼は、私よりはるかに大人なのだ。


 さて、彼の企画してくれたお店で食べ始め、プレゼントを渡した後、大討論をしたことは、先日書いた。

 そのやりとりをするうちに、彼がこんなことを言ったのだ。

「俺たちは、太郎の言うことに、ボロクソなことも言っているのに、太郎って、正面から反撃してこないんだね。」

 これに対し私は、自分がなぜそうしているかを話した。

 まず、

「確かにそうしようとしているんだよ。例えば、私の大学時代の親友の一人の家に行ったとき、その親友の友達で、オーボエ吹奏楽部でやっている友達に初対面で会ったんだ。その時、彼が、『オーボエをやっている。』というから、『ヴィヴァルディの“和声と創意への試み”の第9曲は、素晴らしい曲ですね。』って言ったんだ。そうしたら、その途端、『オレ、バロックのパカパカしたオーボエって嫌いなんだよね。』って言われちゃったんだ。」

と言い、さらに続けた。

「私だったら、もし、バロックオーボエが嫌いだったら、『あの曲も良いかもしれないけど、私は、ベートー ヴェンの第5交響曲の第1楽章の中間部のカデンツァあるような、オーボエが好きなんだ。』と、対応するんだよね。これは、高校時代に一つ心に決めたことがあったからなんだよ。」

 そして、その理由を話し始めた。

「中学2年の時、私は、科学部の天文班にいたでしょ、その時、中学高校の親友となった、親友に、『ビクセンのセレストロン200という20cmのシュミットカセグレンの望遠鏡を買おうと思っているんだ。』と言ってみたんだ。そうしたら、その親友が、『あれは良くないよ。ミザールのALTAIR(アルテア)15という、 15cmの望遠鏡の方が良い。』と言ったんだ。その友達というのは、私に、東京図書の『わかる相対性理論』 という本を紹介してくれた人で、私としては尊敬していた。だから、その親友の意見を入れて、私は、実際にアルテア15を買ったんだ。」


 ここで、豆知識。望遠鏡の性能というのは、基本的に、その口径の大きさで決まり、15cmの望遠鏡よ り、20cmの望遠鏡の方が、より暗い星まで見られる。世界中で、電波望遠鏡にしても、より大きなパラボラアンテナを作ろうとするのはそのためである。だから、私の親友の言ったことは、余り合理的なことではなかった。ただ、望遠鏡の精度というのは、メーカーによって異なり、ビクセンよりミザールの方が、良いメーカーであったのは確かであった。だから、私の親友は、滅茶苦茶を言ったわけではない。


「その時は分からなかったんだけど、彼と一緒に横浜翠嵐高校の生物部に入ってからしばらくしたとき、何かの話のきっかけで、その親友が、『僕は、誰かが何か意見を言ったら、取りあえず、逆の意見を言ってみることにしているんだ。』と言ったんだよね。その時、『ああ、そうだったのか』と、私は分かったんだよ。そして、『彼はそうかも知れないけど、私は別のやり方をしよう』と思ったんだ。それで、正面から、反撃しないんだよ。」

と、2人に話したのだった。

 その後、男性の親友の方が、

「太郎は、大学時代、サークルには入らなかったの?」

というので、そのエピソードも話した。


 実は、私は大学入学当初より、グライダー部に入りたいと思っていたのだ。空を飛ぶ、というのは、ナウシカメーヴェみたいで、素晴らしいではないか。妹に、

「もしかしたら、2人乗りのグライダーの免許を取って乗せてあげられるかも知れないよ。」

と、葉書を書いたこともあったほどだった。

 だが、1回生の時、私は、グライダー部の説明会にまで行ったのに、入らなかった。それは、私が入学前から、京都大学へ行ったら、この人に会いたいと思っていた人と、数学のゼミが出来ることになり、そのゼミの日を決めてみたら、グライダー部のミーティングの日だったのだ。私は、選択を迫られた。

メーヴェか数学か?」

 その相手の人というのは、その後ちゃんと京都大学の助手になり、本も書いたから、名前を出して良いのではないかと思う。川口周(かわぐち しゅう)君といい、次の本を共著で書いている人である。

代数幾何学

代数幾何学

  私は最終的に数学を選び、川口周君と他に8人ほどで、自主ゼミを始めた。このゼミがどれほど、私の数学や物理学の能力を伸ばすために役立ったか、というのを、1つのやりとりで紹介しよう。

 ある時、ゼミが始まる前に、私がちょっと、他の物理のゼミで話題にした、量子力学波動力学についての話を川口君達に話していた。そして、

「波長の違うサイン波をこうやって3つとか4つとか足していくと、一カ所に局在した粒子を表すものとみられるようになるんだ。」

と、グラフを見せた。その時すかさず川口君は、

「どうして、周期関数のサイン波を足すだけで、周期的ではない、一カ所に局在した波になるの?」

と、質問し、

「えっと」

と、頭をクルッと回して、次の瞬間、

「あっ、大丈夫なんだ。」

と、自分で答えを出した。

「そうなんだ。周期の比が無理数だったら、 元には戻らないんだ。」

と、私は応えた。

 その一瞬に、周りにいた友達の何人が、私達2人の間に、どれほどの情報交換があり、そしてお互いに、フーリエ変換というものの本質を共有したか、ということに気付いただろうか。

「あの電光石火のやりとりの間に、世の中に出回っている、「フーリエ変換」と題する本のうちほとんどの易しい本の内容が、2人には、もう分かってしまったのである。

 私は、川口周君に、あの時どこまで気付いた?なんて、質問したことはない。私には分かっているからだ。 私が数学についてその場で気付いたことは、川口周君にもすべて同じように分かって行っているのだ、ということが。川口周君という人は、それくらい、頭の切れる人だった。私が、京都大学に入る前から、会いたいと思っていたのは、間違いではなかったのだ。

 ただ、川口周君だけが凄かったのではないことも確かであり、そのゼミには、やはりもう本を書いたから、名前を書いても良いだろうと思うのだが、橋本幸士君という人もいたのだ。次の本を書いている人である。

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像 (UTPhysics)

Dブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像 (UTPhysics)

「彼もまた、物理をやりながら、川口周君と数学のゼミをやっていた1人なのだ。他にも、数学オリンピックに行った伊山修君なんていう凄い人もいた。彼は去年、立派な賞を受けたから、名前を書いても許されるだろう。

伊山 修会員のICRA Award受賞について

 だから、あの時、議論に加わらなくても、あの会話を聞いただけで、4人以上が、フーリエ変換が分かってしまったのである。そういう凄いゼミだったのである。

 この時の、どんなに遠くへ行っても、波は元に戻らない、という考え方を応用して、後に私は、統合失調症の陽性症状が発病した頃、

漢詩の世界において、なぜ、李白杜甫のような天才が、ある時期に固まって現れ、それ以前にも、それ以後にも現れないのか?」

ということの証明ができるように思った。音楽の世界では、モーツァルトと、ベ ートーヴェンである。常に、波が、固まって現れ、もう2度とそんな天才は現れない。 これが証明されてしまったら、芸術家達は嘆くだろう。

 大丈夫、私の証明は、完成していない。


 大分脱線したが、1年間、このゼミのためにグライダ一部を犠牲にしたことは、数々の収穫をもたらした。


 さて次の年、今年こそ、私は、グライダー部に入ろうと思っていた。私と、現在も親友同士であり、私の大学時代の親友といって書いている2人のうちの1人と、一緒に入ろうか、などと思っていた。

 だが、運命とは皮肉なもので、2年目は、私が大学時代の親友と書いているもう1人の方の親友と、物理のゼミをすることになってしまったのだ。

メーヴェか物理か?」

 私はまた選択を迫られた。そして、やっぱり私は、メーヴェを諦めたのである。部に入ろうとしていた親友の方は、物理のゼミを諦め、グライダー部に入った。そして、ちゃんと免許を取り、先日も、

「オーストラリアへ行って、グライダーに乗って、銀メダルを取りました。」

なんて、英語で、メールを書いてきたりした。

 理学部なのに英検1級で、1級翻訳士の資格まで持っているという、多才な人なので、そんなメール、辞書なんて引かなくても書けるのだ。

 もちろん私は、和英辞書を一所懸命引いて、返事を書いた。それに対しては、

「たろちゃんは、英語苦手なんて言いながら、結構手堅い英語を書きますね。」

と、日本語で褒めてくれた。もちろん辞書のお陰である。

 その話を、3人で食事をしながら、話していて、

「こういうわけで、私は、サークルに入らなかったんだ。」

と話した。

 そしてうっかり、

「ここで、物理を選んだか、グライダーを選んだかが、彼が、公認会計士に甘んじた原因かもね。」

と、口を滑らせた。男性の方の親友が、すかさず、

「イヤー、それは、オマエ、間違っているよ(笑)。その親友は、公認会計士になって、幸せに暮らしているのかも知れないじゃないか。お前には、『物理の本を読みたい。』って言ってくるかも知れないけど、それは、お前に合わせてるのかも知れないじゃん。」

と、突っ込んできた。

 これは、言われてみれば、確かにそうであった。私が、物理学者になっているのならともかく、私はまだ、職もない状態だ。

 公認会計士になっている、あの親友の方が、人間として、まともな生き方をしている。確かにその通りだった。

 また、その男性の親友は、私のブログを評して、

「コイツは、おとうさんのことは、酷いこと書くのに、おかあさんのことは、一度も、けなしていないんだ。」

なんて、鋭いことも言っていた。


 そんな風にして、物理や数学ばかりしか頭にない私に、2人の親友は色々と、世の中での大人の生き方を教えてくれたのであった。

 そして、最後は、幹事の手配通り、

HAPPY BIRTHDAY

とチョコレートで書かれ、キラキラ瞬く花火に彩られたアイスクリームが来て、お開きになった。

 帰り道、車の特許の仕事をしている男性の親友に、

「スポーツカーは、やっぱりポルシェだよね。」

と、話しかけた。

「そうか?」

と言うので、頂度その日、ねくすとの帰り、ねくすとで出来た友達と話した会話を繰り返した。

「だって、山口百恵の、『プレイバック part2』だって、そうじゃない。」

 これに対し、親友は、

「オレは、『スポーツカーと言えば、フェラーリ。』とも思うぞ。」

なんて、切り返してきた。

 私も一所懸命、

「確かに、ポルシェはヒトラーのために売れる車を作ったけど、フェラーリは、イタリアの道楽息子が、自分がスポーツカーを欲しいから、作った会社だからね。」

と、中学時代の知識を総動員して応じる。そうすると、彼は、

フェラーリのエンジンというのはなぁ、ある点から90度の角度のクランクだけからなっている構造をしていて、他の会社の車が絶対に採用しない構造になっているんだ。あれは、高速走行したときの音が、あの、フェラーリの音になる特別な構造なんだ。だから、『フェラーリ355の音は最高!』なんていうことだけで、うっとりしちゃうカーキチもいるぐらいでなあ。」

なんて、車を仕事にしている人にしか分からないことを教えてくれた。

「音かあ!?」

 私は、車でも音が大切、ということをこの時、初めて知ったのだった。


 もちろん、彼は、ポルシェを否定したわけではない。私が、以前、「私の憧れの人」という題で投稿したものの中で、フェルディナンド・ポルシェ博士の生涯に憧れていることを語ったのも知っているし、また私以上に、ポルシェという会社の車の素晴らしさも知っているのだ。

 その証拠に、

「ポルシェが、2003年に、1500台限定車とし て、発売した5000万円の車の名前なんとしたか知っ てるか?」

「??」

「『カレラGT』。まったくネーミングセンス・ゼロ(笑)。素晴らしい車なのにな。」

 彼はここまで知っているのである。だからこそ、私も、逆らったりしない。

 それにしても、最後まで、温かい彼であった。

 今日は、中学時代から、車のことは何でも知っていて、私を驚かせた、彼。

  プロ・ゴルファーを目指していたのだが、今は、まだ、時々、打ちっ放しで打っているだけの、彼。

 家族思いの、車の知識で、食べている、彼。

 その面影を描いたところで終わりとしよう。

 彼も、大切な私の親友である。

 現在2008年5月15日1時38分である。おしまい。



 今日(2018年12月2日)この投稿を、印刷してあったものから、復活させた。

 ただ、川口周君のエピソードが、実は、以前書いたものは、周君が切れる人だと分かってもらおうと、わざと誇張して書いてあったのを、実話に戻した。以前どう書いてあったかは、以下に添付する。上に書いたものだけで、周君が優れた人であることは、分かるだろうと思う。周君、申し訳なかった。


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「どうして、周期関数のサイン波を足すだけで、周期的ではない、一カ所に局在した波になるの?」

と、質問してきた。一瞬考えて、私は、

「うんと遠くの方で、また、この波は大きくなるんだよ。」

と、答える。川口君も電光石火で考えて、

「あっ、そうか。だけど、周期の比が無理数だったら、 元には戻らないね。」

と返事をしてくる。私も考え、

「そうだね。実は、ギヤをかみ合わせる時を考えると、 整数比しか考えられないけど、もし、無理数比のギヤが あったら、どんなに回しても、絶対、元の状態には戻ら ない、ということを高校時代に考えたことがある。それと同じだね。」

と、答える。

 この一瞬に、周りにいた友達の何人が、私達2人の間に、どれほどの情報交換があり、そしてお互いに、フーリエ変換というものの本質を共有したか、ということに気付いただろうか。


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 これが、以前のバージョンだった。

 以上で、復活および修正を終わる。

 現在2018年12月2日15時00分である。おしまい。