現在2009年2月6日1時06分である。
私がこのブログの先頭に、十数個の投稿へのリンクを張り、私らしい投稿へ、初めてやってきた人がコメントしやすいようにしたキッカケを覚えている方はいるだろうか?
それは、2008年の10月22日の「この世界の本当の姿は?」という投稿で、たかっぱさんと、激しい議論のやりとりをしたからだった。
この議論の最後で、私は、この投稿に他の人からも、コメントをもらえるかも知れないと考え、ブログを改良することを宣言したのだった。
私自身は、あの時提案した仮説に、その後不備を見つけ、誰かが、その不備に気付いて、コメントしてきたら、私自身の仮説を撤回しようと考えていた。だが、残念ながら、そういうコメントをしてくる人はいなかった。
そこで、余り大げさに書いて、傷つく人がいると困るのだけれどもなあ、などと慎重に考えをまとめていたのだが、今日、それを書くことにした。
まず、あの仮説のどの部分を撤回するのか、というと、ひと一人一人に世界がある、というメインの部分を撤回するというのである。
なぜ、私がそういう考え方に思い至ったのかということを書こう。
私は、そもそも、あの仮説を、一人でも多くの人が、幸せに生きられるようにという思いを込めて、書いたのだった。
しかし、あの仮説を書いてから、1月ほど経ったある日、私は、あの仮説で、全員が幸せになれる世界なんだ、と書いたことが、実際には、実現できないことに気付いた。
私は、小学校1年生の女の子が誘拐されて、殺された場合を例にとって、殺人魔にとっても、女の子にとっても生きやすい世界を思い描いて、あの仮説を書いていた。だが、実際の世界では、殺人魔ではなく、女の子を殺したいなどとは考えていない人が、女の子を殺してしまう場合もある、ということに気付いたのだ。
分かり易い例を挙げると、かなり古い歌になるが、さだまさしの「償い」(つぐない)という歌に描かれてい るような状況を思い浮かべたのである。
「償い」で歌われているのは、誤って人をトラックでひいて殺してしまった人のことである。
2002年の東京・三軒茶屋事件の判決では、裁判長が、この1982年の歌を取り上げて、被告達に心からの反省を促したという。
私は、故意に、小学校1年生の女の子を殺すことばかり、考えていたのだが、誤って、女の子を殺してしまう場合もある。
その場合、私の世界観だと、女の子の方では、殺されていない、という状態が実現できるが、殺してしまった人の方では、女の子が死んでしまったという事実は、変わりようが無く、この加害者の方は、どうやっても、本当に幸せな世界に生きられないのだ。
どんなに償ったとしても、死んでしまった女の子が生き返ることはない。こういう世界である以上、私の世界観には不備があることは、明らかで、決してすべての人を幸せにしてあげることは、出来ない。
私としては、残念であるが、2008年10月22日 の仮説は、撤回する。
この世界の歴史は、ただ一つであり、それは変えようがないものなのであろう。
だが私は、依然として、この世界は、それぞれの人の努力で、どこまででも、良くなっていくものだと思っている。
やっぱり、自分の人生を幸せに生きようと努力している人の人生は、例え周りから見て不幸せのように見えようとも、やはり、その人にとって、幸せなものになっていくのだと思う。
「幸せな人生」。私は、こういう時、いつも、マザー・テレサのことを思い浮かべる。彼女のやったことは、ある意味、途方もない、無駄なことであった。これから死んでいく人を、最後だけ幸せに、死なせてあげることに、どれほどの意味があるというのか。彼女が、少しくらい貧しい子供達に教育を施してあげたからといって、あの大きなインドの中で、何パーセントになるのか?
しかし、私は、マザー・テレサのやったことは、本当に尊いことだと思う。彼女の膨大な無駄は、無駄ではないと思う。

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ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの後に、2度と、モーツァルトが現れていないように、マザー・テレサ亡き後、彼女の仕事を引き継いだ人はいるが、彼女のようなカリスマはない。やはり、マザー・テレサでなければ出来ないことであったのであり、他の人では真似は出来ない。
一人一人の人が、それぞれの生きている理由を持っているのであり、それを実現していくことが、幸せに生きるということだと思う。
私は、殺されてしまう、小学校1年生の女の子を救うことは出来なかったが、そんな事件が一件でも少なくなることを祈っている。
これ以上書いても、蛇足なだけだからもうやめよう。
今日はここまで。
現在2009年2月6日2時45分である。おしまい。
この記事は、削除されたままになっていた。今日(2019年3月6日)復活させた。
これで、『この世界の本当の姿は?』のシリーズは、すべて復活させたことになった。