現在2019年8月11日19時52分である。
麻友「とんでもない題名だけど」
私「これは、7月11日に、妹と母を含めて、中学で、数学はかなり出来るが、国語と英語が振るわない姪に、どうやったらそれらができるようになるか、尋ねられたときの、会話である。本当は、私学に行かせるほどお金がないから、国公立へ行かせたいが、東大が良いと言っても、妹自身なぜ東大が良いのか、説明できないのだと、申し送りがあった。それが、後半に生きている。ただ、国語に関しては、申し送りがなかったので、あの瞬間、思いついたのである。子供を持つというのは、このように、賢くなるのだと、初めて知った瞬間だった」
麻友「それを、ここへ持ってきたのは?」
私「麻友さんは、もう受験なんてことは、しないのかも知れないけど、社会の多くの人が、大学受験という競争を、している。何のための競争で、勝つと何がもらえるのか? そういう、他の世界を知るのも、悪いことでは、あるまい。それでは、始めるよ」
私「公文、英語は、どのあたり?」
姪「私は、英語I-1から、I-2のあたり」
妹「太郎ちゃん。数学はどの辺まで、やったの?」
私「Hくらいまでだと、思うな」
妹「えっ、そんなとこ? もっと先に進んでなかった?」
私「広島に行くとき、教材全部もらったから、広島でやったんだよ」
妹「えー?、H?」
私「高校になってからは、週に1回くらいしか、行ってなかったし」
妹「高校行ってからも、やってたんだ」
私「あの塾では、『翠嵐へ行ったお兄ちゃんがいる』、っていうのが、もの凄い宣伝になってたんだよ」
-どうやって国語の問題を解くか-
姪「私、国語駄目。古典も分からない。宮沢賢治の『なめとこ山の熊』で、なぜ、「お前を殺すつもりはなかった」って言ってるのに、殺したのでしょう?って、問題出されても、書けない」
この瞬間、私は、どう答えてあげたら、いいのだろう?と、頭をフル回転。
次の瞬間、マンガ『東京大学物語』で、ヒロインの遥ちゃんでなくて、文三(文学部)に受かった方の、池之幡由貴(いけのはた ゆき)が、「試験なんて、なんでそんなつまらないものに、頑張るんだ?」と、聞かれたとき、「解答欄に、出題者が望んでる答えを、書いてあげるだけで、いいのに、そんなことすら、あなたは、してあげる気に、ならないの?」と答える場面を、思い出した。
それで、
「若菜ちゃん。宮沢賢治が、どう思って、そう書いたかは、分からないかも、知れない。だけどね、その問題を作った人が、どういう答えを書かせようとしているのかな?って、考えると、もしかしたら、答えが、書けるかも知れない」
姪「えー、でも、私、問題作った人の気持ちなんて、分からない」
私「問題出す側は、なんとか、引っ掛けようとしてるんだ。だから、どこにワナがあるかな? って思いながら、答えを考えたらいいんだ。とにかく文学じゃなくて、目の前の問題を解くのが、目的なんだから」
姪「うーん」
私「伯父さんはね、京都から戻ってきた後、もう一度大学へ行こうと思って、Z会を、始めたんだ。Z会って知らないか。通信添削なんだけどね。それで、高校1年のところから、始めたんだ。国語、数学、英語ね。それで、最初の添削で、もちろん数学は、100点よね。英語も100点だったんだけど」
妹「えっ、英語も、100点だったの?」
私「まあ、それは、置いておいて、国語は、96点だったんだよ。何を、間違えたかっていうとね、
『権利を行使する』
みたいなことを、書いたんだけど、
『権力を行使する』
と、答える方が、相応しい、として、減点されたんだ」
私「だけどね。実は、日本中で、その問題で、完全な正解をもらった子供は、ひとりもいなかったんだ。
『権力のようなもの』
というような答えを書いた、女の子が、一番良い点を、もらってた」
妹「えっ、でも、96点でも凄くない? よくそこまで、覚えてるよね」
私「悔しかったからなんだよね。100点取れてるつもりだったから」
妹「太郎ちゃんって、今でも、凄いんだね」
-どうやって英語を勉強したか-
母「若菜ちゃん。太郎ちゃんって、今では、英語で、100点取ったなんて言ってるけど、中学時代とかは、英語そんなにできなかったのよ。どうやって、英語ができるようになったか、話してあげてよ」
私「それはね。結局、伯父さんには、目的があったからなんだよ。伯父さんは、日本で最高の物理学の教育を受けたいと、思ってたんだ。だったら、京大理学部でしょう。ただ、実は、伯父さん、高校2年くらいまで、数学しか、やってなかったんだ。私の高校時代の友達に聞けば、『松田君と言えば、数学』と、答えが、返ってくるよ。だけどね、高校3年生になったとき、さすがにこれではまずい、って、気が付いたんだよね。模擬試験なんかでも、E判定だったし」
母「E判定だよ。ABCDEのEだよ。Cじゃないんだよ」
私「それでね、これは英語を頑張らなくちゃいけないというので、高校3年生になったとき、この1年間だけは、数学の研究休もうと思ったんだ。そして、京大は、長い英文を出すんだけど、それを、全然読めないから、紙の表に英文が書いてあって、裏に訳が書いてある、問題集みたいなのを買ってきて、毎日それを1枚ずつ、ミシン目が付いてたから、切り取って、通学の電車の中で、読むことにしたんだ。最初のうちは、全然分からないから、裏ばっかり見てたけど、1年続けたら、かなり分かるようになって、裏見なくても、分かるようになった」
妹「太郎ちゃん。ビリガールみたいだね」
私「まあね」
母「ビリガールって?」
私「偏差値38だっけ? から、慶応だったか早稲田に受かったんだよな」
母「そういう、お話があるの?」
私「いや、あれ、実話なんだよな」
妹「でも、あれ、早稲田か、慶応だったから、受かったんだと思う。東大には、受からないでしょ」
私「ただ、今、東ロボ君だっけ、AIを東大に受からせようと、してるだろ。march(マーチ)までは、受かったんだよな」
妹「受かったって?」
私「その大学の試験解かしたら、合格点取ったんだよ」
妹「まあ、marchだからね。東大は、無理でしょ」
姪「いや、10年以内に、AIは東大に、受かると思う」
私「そうだよな。だって、グーグル翻訳だって、5年前に比べて、もの凄くいい英文になる」
姪「でも、グーグル翻訳、駄目だよ」
私「いや、5年前は、もっとひどかったんだ。5年で、あそこまでなるって凄い」
妹「太郎ちゃんの英語のやり方って、結局王道だよね。それに、太郎ちゃんは、続けられるからなんだな」
私「いや、色んな方法を、試したんだ。それで、残ったのが、これなんだ。例えば、お前は、たった1枚の緑の下敷きだっけ? あの赤いマーカーで塗ったところが見えなくなるの、を大事に使ってるのに、私は、何枚も買ったけど、結局、あの方法は合わなくて、全然使わなかった」
妹「確かに、太郎ちゃん、英語の書いたの、ミシン目で切って、持って行ってたよね」
私「うん。本当だろ。とにかく、その大学のことを、良く知って、入りたいと思わなきゃいけない。その大学を知るには、良く言ってるけど、文化祭に行ってみるとかね。それから、高校1年になったら、もう赤本でも、青本でもいいから、行きたい大学のを買ってきて、問題を解いてごらん。試験問題を見てみるというのは、重要だよ。伯父さんは、高校に入ったばっかりの頃に、京都大学の入試問題の青本を買ってきて、解いてみたんだ」
母「青本というのもあるの?」
姪「じゃあ、英訳しよう。私」
私「よし、やれ!」
私「それでさ、学費が出せないから、国公立を目指させようとしてるんだって?」
妹「うんまあ、そうだけど。関東で、国公立というと、東大、一ツ橋、横浜国大、後・・・」
母「東工大も、あるわね」
私「筑波大学もそうだな」
妹「本来なら、東大が、いいんだけどね」
私「なぜ、東大が、いいんだ? 東大がいい理由は?」
妹「そりゃー、ほとんどの学科があるから、東大行けば、なんとかなる」
私「それだけか?」
妹「奨学金が、もらえるかな?」
私「それは、確かにそうだ。企業からの奨学金も、東大が一番多いし」
妹「やっぱり、先生も、いいだろうし、・・・」
私「じゃあ、京大へ行った、伯父さんの話を、してみよう。まず、東大だと、友達が違う。勉強しようと思って入ってきてる人が多いから、こっちもやる気になる。先生の教え方も違う」
私「それから、お前は本当は、分かってるのにな」
妹「何が?」
私「お前、司書の資格取っただろ。あのとき、
『東大は、なかなか、本を貸してくれないんだよね。自分達は全部持ってるから』
って、言ってたじゃないか」
妹「ああ、自分の方が、借りることがないから、貸してくれないんだったね。あれ、全部マイクロフィルムに取ってあったのに、学生紛争で、ビチャビチャになっちゃったんだったね」
私「とっくに、全部、今度は、マイクロチップなんかに、保存されてるだろうけどね。若菜の合格祝いにあげた、『はやぶさ/HAYABUSA』の映画の中で、主人公の女の人が、ものすっごい文献の中で、勉強する場面があるだろう。あんな文献は、東大くらいじゃないと、ない」
私「実は、天文学科って、東大にしかないんだよ」
私「『伯父ちゃんも、宇宙のことやってたじゃないか』、と言うかも知れないけど、伯父ちゃんがやってたのは、宇宙物理学科、というので、ちょっと違うんだ」
私「簡単に言うと、望遠鏡を使ったり、探査機を飛ばしたりして、今の宇宙を調べるのが、天文学なんだ」
私「それに対し、この宇宙は、どういう風に始まったんだろう、なんていうことを、数学を使って、計算して調べるのが、宇宙物理学なんだ」
私「同じ宇宙でも、全然違うだろう」
姪「伯父ちゃんのは、宇宙がどうできたかか」
私「まあ、すべての文献が揃っている、というだけでも、東大を選ぶ理由には、なる」
私「まあ、まだ3年半ある。納得いくように、やればいいよ。若菜の頃には、センター試験はなくなっているし、新テストをどう攻略するかは、私にも分からない。頑張ってね」
私「大学へ行くのは、誰にとっても良いことだと思う。『麻友さんはどうなんだ?』と言われたら、麻友さんは、AKB48という大学へ、行ったのだろうと、答える」
麻友「太郎さんに取って、少しでも多くの人が、自分に自信を持って、生きて行かれる社会を作るのが、今の目標なのね」
私「本当に、すべての人が、それを望んでいるのかどうかは、分からないんだけどね」
私「これ以上書いても、書きすぎになるから、ここで、止めるよ」
麻友「おやすみ」
私「おやすみ」
現在2019年8月11日22時08分である。おしまい。
2023年8月4日に、付けた注
この投稿をして、4年になるが、私が、英語を攻略していった話の一部が、他のところで書いたのとで、干渉して、書き忘れられている。
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姪「じゃあ、英訳しよう。私」
私「よし、やれ!」
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という言葉が出て来たのには、理由があるのだ。今日、時間があるので、補うことにする。
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以下のやり取り、
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妹「確かに、太郎ちゃん、英語の書いたの、ミシン目で切って、持って行ってたよね」
私「うん。本当だろ。とにかく、その大学のことを、良く知って、入りたいと思わなきゃいけない。その大学を知るには、良く言ってるけど、文化祭に行ってみるとかね。それから、高校1年になったら、もう赤本でも、青本でもいいから、行きたい大学のを買ってきて、問題を解いてごらん。試験問題を見てみるというのは、重要だよ。伯父さんは、高校に入ったばっかりの頃に、京都大学の入試問題の青本を買ってきて、解いてみたんだ」
母「青本というのもあるの?」
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この後に、本当は、続きがあった。
私「ただまあ、伯父さんは、浪人しちゃったんだよな。だけど、代々木ゼミナールの入学式で、島本という英語の先生が、「英語が出来るようになりたかったら、一番大変な勉強をして下さい。」って、言ったんだよ」
姪「一番大変な勉強って?」
私「それは、自分で、考えるんだよ。伯父さんは、『自分に取って、一番大変な勉強って、何だろうな?』と、考えた。それまで、高校3年のとき、代々木ゼミナールの英語の授業で、テキストを、先生が、訳してくれて、解いてくれるのを、後ろの方の席で、書き写しているだけだったことを思い出した。『じゃあ、浪人中は、授業の日までに、テキストを全文和訳して行こう』と、決めたんだ。これ、1年続けたから、英語の偏差値60くらいだったのが、終わり頃70に届くくらいになったよ」
姪「じゃあ、英訳しよう。私」
私「よし、やれ!」
と、繋がっていたのだ。
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もし姪が、今でも英訳していたら、いや、もう姪にとって、英訳ではなく、英語は半分、母国語になっているが、その決心の誕生の瞬間を、補強しておくよ。
2023年8月4日20時31分 以上のように注を付けておく。