現在2021年7月16日20時20分である。(この投稿は、ほぼ2921文字)
私「いつも通り、割り勘にしようか」
麻友「嬉しいわ。結婚した後はともかく、今はね」
私「同じ道を帰るのは、つまらないから、別な方へ行こう」
麻友「余り、人のいない道ね」
私「うん。駅前と違って、この辺は、ほとんど歩いている人いない」
麻友「ちょっと、聞きにくいことを、聞いていい?」
私「私に聞かなかったら、誰に聞くんだよ」
麻友「うーん。その、先日も、太郎さん、山田詠美の名を挙げたじゃない」
私「ああ、『モヤモヤしている女の子のための読書案内』の中の、『いじめがつらくて死にたくなる』という人向けの本で、山田詠美『風葬の教室』が挙がっていたと、書いたね」
堀越英美『モヤモヤしている女の子のための読書案内』(河出書房新社)
麻友「私、余り、読書する方じゃないから、分からないんだけど、6年前に、『戦う!書店ガール』で、稲森いずみさんとダブル主演したとき、太郎さんが、山田詠美を挙げる男の人より、ファーブル昆虫記を挙げる男の人の方が、スケールが大きくて、私にはいいぞ、って、言ってきたじゃない。山田詠美って、そんなに駄目なのかと、見てるんだけど、山田詠美さんって、芥川賞の選考委員をしてたりして、すっごく売れっ子の小説家じゃない。センター試験の国語に、山田さんの小説の一部が、使われたことも、あるって」
私「そういう意味では、NHKのラジオの英語で、山田詠美の小説の一部が、英訳されて載ったこともある。初恋の甘酸っぱい思いというのを、山田詠美が、いちごミルクみたいだって書いてて、私、入院してたとき、本当に、甘酸っぱいのかな、と思って、いちごミルク実際に買って飲んだけど、甘いだけだった」
麻友「アッハッハッ。太郎さんも、山田詠美、結構注目してるんじゃない」
私「うーん。どう説明したらいいんだろう。正直に話すか」
麻友「正直って?」
私「私が、山田詠美を知ったのは、大学1回生のときだ。本の刻印では、『1992年1月9日中央書籍』とある。『ひざまずいて足をお舐め』という本だ。暮れに、クロイツェルソナタの女の人に、失恋して、『一体この世界の女の人というものは、どうできているのだろう?』と、分からないまま、学校の書籍部で、『SMクラブの女王様が、新人賞受賞の注目作家になった!』という触れ込みの、この本を、手に取った。文庫になっていたから、相当売れていたのだろうけど、そもそも、文学というものは、通常、雑誌(例えば、『週刊新潮』とか、『週刊文春』とか)に、連載されて、読者に受けたものが、単行本になり、それが売れたら、文庫になるというものだということも、知らない頃で、線まで引きながら、?マークまで付けて、読んだ」
麻友「そんな、難しい本だったの?」
私「いや、性描写がきわどい本だったんだけど、私は、そういうものに、免疫がなくて、びっくりしながら読んだんだ」
麻友「そんな、太郎さんが線まで引いた本。今でも残ってるの?」
私「文献を、大切にする私だ。あの下宿に、今でもある」
麻友「後で、見せてもらっていい?」
私「いいけど、今の正常な私の頭では、『エッチな本だな』くらいにしか、思えないけどね」
麻友「それで、山田詠美さんの本を挙げる男の人は、スケールが、小さいというのは?」
私「その本の中に、こういう話が出て来るんだ。主人公が属している、SMクラブで、『ちょっと助けて』と、他の女王様が、来るんだ。何だと思ったら、『お客の男の人が、自分の陰茎を、針刺しみたいに、針で何本も刺して欲しいと言ってる』というんだ」
麻友「うわっ、ちょっと、気持ち悪いわね」
私「ああ、確かに、マンガでこれを描くと、気持ち悪いだろうけど、文章だと、もっとドライになるんだよね」
麻友「それで、どうするの?」
私「一番長の、女王様が、『私が、やってあげます。でも、こんなことをしたら、出血がすごいですよ』という」
麻友「それで、いいって、本人は言うのね?」
私「そう。それで、そういうことを、するんだけど、十何本も刺したときに、その男の人が、恍惚になって、『おかあさん』って言うんだ」
麻友「えっ、男の人って、そういうものなの?」
私「違う違う。そこから、その男の人の過去が、描かれるんだ」
麻友「過去?」
私「その男の人は、身寄りのない子供で、ある家に預けられて、育ったんだ。そこのお母さんというのが、その子のお父さんのホストか何かに入れあげたあげく、振られてしまったということだった。自分を振ったホストの男の人が、憎くて、ときどきその子を奥の部屋に連れ込んで、憎しみを込めて、その子の陰茎に、針を刺していたということなんだ」
麻友「あ、だから、その男の人にとって、お母さんというのは、そういうものだった。だから、恋しかった。というわけ」
私「理屈は、分かるけど、私に取っても、何とも気持ちが悪くて、当時もう仲の良かった、藤田君に、『山田詠美なんていうのは、本当に小説家なのかね?』と、話して、藤田君が、『じゃあ、あの本屋で、ちょっと見てみるよ』と言って、別れた。なんてこともある」
麻友「今まで6年以上話を聞いてきてるけど、藤田君、藤居君、川口君、とは、本当に色んな情報交換を、しているのね」
私「大学って、そういうところだろ」
麻友「私も、分かってきた。ところで、その話は、気持ち悪いけど、それが、山田詠美を、ぼろくそに言うのには、もうひとつ何か、あるんじゃない」
私「私が、京都大学を中退していなければ、或いは風向きが変わったかも知れない。1994年夏に、横浜に連れ戻されて、頭は働かないから、何もすることがない。仕方ないから、母や、妹や、弟と、しゃべるのだけが、暇つぶし。そんなとき、母に、さっきの針で刺す話をしたんだよ」
麻友「えっ、お母さまに?」
私「そうしたら、母が、『どうして、そんな下らない本ばっかり読んでたの? もっと、ちゃんと数学の本を読んでいたら、中退なんてことに、ならなかったのに』と、言ったんだ」
麻友「太郎さんとしては、数学の本も沢山読んでいた。その1冊のことで、そんなことを言われるのは、心外だったのね」
私「それに、ことあるごとに、母は、山田詠美の本の紹介などが、新聞である毎に、『この著者名、見ただけで、読む価値ないと分かるね』と、少なくとも私の前では、言っていた」
麻友「ハッ、太郎さん。私に、お母さまの前で、失敗しないように、6年も前から、情報をくれていた?」
私「6年経つまえに、結婚しているつもりだったんだけどね」
麻友「ずっと、喉に引っ掛かっていた魚の骨が取れたみたいよ」
私「6年も付き合わなければ、分からないこともあるんだよね」
麻友「今日は、ここまでにしましょう。おやすみ」
私「おやすみ」
現在2021年7月16日22時50分である。おしまい。